身を切るように冷たい風が頬を打って、足元に引っ掛かっていた乾き切った葉が
かさかさと音を立てて流れていった。
空には今にも雨粒を落としそうな低い灰色の雲が広がっていて、吐く息を微かに白に染める。
カフェテラスに出ている物好きな客は二人だけ、
街を歩く人も昼間と思えないほど少なかった。
「今日はこれから雨が降るって。」
とうに冷め切ったカフェラテの上を風が吹き抜けて、
薄く張った膜に皺を寄せた。
「白蘭さん、」
どこか頼りない呼び掛けにも、色素のない唇はいつもと同じように弧を描いているだけだった。
「正ちゃんそういうの無頓着だからね。傘持ってないでしょ?また濡れちゃうんじゃない?」
「白蘭さん・・・!!」
荒げた声に白い息が尾を引いて、伏せらていた目はようやく目線を上げた。
白蘭はポケットにしまい込んでいた手を出すと、華奢な細工の冷えたテーブルに頬杖を突いた。
「やだな正ちゃん。そんなに怒る事じゃないでしょ。」
正一は寄せると苦しげに一度首を振ってから、もう一度強く首を振った。
乾いた唇から声は出なかった。
「ただの蘇生処置と同じだよ。」
「・・・可能性は、低いですよ、」
「嘘。正ちゃんは実現出来ない事は言わないよ。」
分かり切っているのだと、暗に告げる薄いバイオレットの瞳は一瞬だけ鈍い光を宿した。
それでも馬鹿みたいに小さく首を振ると白蘭はくす、と笑った。
「ああそれとも、仮にでも僕が死んだら泣いてくれるの?」
「あなたの呼吸が一瞬でも止まるのなら僕は、泣いてしまうかもしれない・・・」
言い切らぬ内に深い緑の瞳からただつう、と静かに涙が一粒零れて落ちた。
僅かに見開かれた白蘭の瞳は、それからほんの少しだけ間を置いてから小さく笑った。
正一は微かに震えた唇を噛み締めた。
「まさか、泣いてくれるとは思わなかったな。てっきり死ねって言うと思ってたよ。」
色を失くした頬の涙の筋を辿って指先が滑る。
顎まで辿り着いた指は、柔らかな髪に伸ばされて、癖の強い髪をそっと梳く。
「今日はどうしたの?触るといつも、嫌がる癖に。」
調子に乗っちゃうよ?と
再び零れた涙を今度は逃すまいと
頬杖を突いたまま、空いている手で零れる涙を掬った。
白い指に伝った涙はとても温かいもので白蘭は赤い舌でちらりと指に伝う涙を舐め取った。
「ねぇ正ちゃん。セックスしようか。」
「・・・いいよ。」
白蘭は小さくふふ、と笑う。
「何か照れるね、こういうの。」
指先はただそっと柔らかく、正一の冷えた頬を包んで滑る。
垣間見せる狂気も何も、今はその指先からは感じられずに
ただ、ただ、柔らかかった。
人なのだと感じさせるその、体温。
意味も分からず涙が頬を伝っていく。
「ねぇ、賭けをしようか。」
場違いに明るい声はいつものことで、正一はただゆったりと睫毛を揺らした。
「正ちゃんの献身的な愛で僕が考えを改めるのが先か、それとも正ちゃんが呆れて僕の元を去るのが先か。」
散歩にでも誘うような軽い言い草は、けれども強固な意志を宿す瞳に消されていく。
交錯した瞳はただ互いを見詰めている。
「言っておくけど、適当に愛しちゃ駄目だよ。ちゃんと愛してくれないと、僕の勝ちは決まりだからね。」
するりと立ち上がった白蘭を目で追って正一は、まだ濡れた瞳で見上げる。
「・・・勝算は?」
白蘭は静かに微笑むだけだった。
「行こうか。」
並んで歩けば冷たい風がとうとう雨粒を運んできた。
湿った風に髪を撫でられ、白い手がそっと正一の頭を抱え込む。
「今日はこれから雨が降るって。」
髪に寄せられた唇、冷たい風に似つかわしくなく、柔らかな体温は確かにそこにあった。
「傍にいてよ。ねぇ、傍にいて。」
頬に落ちた冷たい雫が彼の涙ならいいのにと思って、
正一はそっと瞼を落とした。
09.11.29
白蘭の能力が発覚するよりだいぶ前に書いたので
ふわっと読み流して頂けたら幸いですv
この二人にも幸せになって欲しいものですが・・・
他に書いている白正もちょっと切なめになっているかもしれません(自分ではよく分からないorz)