性描写アリ


好きに使っていいよ。

そう言われて渡された鍵は、最新式のカードキーでもなければ
厳重にセキュリティでロックされているものでもなかった。

ごくごく普通の銀色の、差込式の鍵だった。

白蘭の事だから、またどうしようもない悪戯なのだろう、とは思わなかった。
正一にしてみれば不思議なくらい、何も疑わなかった。


たまにぜんぶ忘れたくなるんだよね。


そう言った彼の目が、本心のように思えたから。

地図と一緒に赴いてみればそこは、古びた映画に出てきそうなほど
古くくすんで、それでも柔らかい色のアパートメントだった。


そこを、白蘭も使っているのだという。


アパートメントに合わせた淡く白い色の家具が白蘭の趣味なのかと思うと、可笑しかったのを覚えている。

結局のところ、正一が好きそうだったからという理由だった。
一体誰のための避難所なのかと呆れもしたが、同じくらい嬉しかったのも覚えている。

大きめのベットに体を横たえてうっかり眠ってしまった時は
目が覚めると横に白蘭が寝ている事もあって、
無邪気な寝顔に、意味も分からず安心したりもした。


一緒に本部に帰る事はなかったし、一緒にここへ来る事もなかった。

だから肩を並べてこの部屋に入る時の意味をなんとなくは分かっていたし
もしかしたら鍵を受け取った時から、それなりの予感と覚悟のようなものはあったのかもしれない。


薄暗い部屋の中、窓の外ではゆったりと雨が降り始めていた。


扉が閉じればそこは酷く静かで、耳が痛くなりそうだった。

不意に頬を包むように両手が添えられて、感情のままに視線を上げるとすぐに唇が重なった。

柔らかく温かな唇に、舌に、眩暈がした。

固い扉に背中を押し付けられて、食むようなキスの乱暴さに窒息しそうになって
噛まれた唇が柔らかな小さな傷を作り、白蘭の唇も僅かに赤くなった。

初めてのキスがまさかこんな乱暴なものだとは予想だにしなかったが
相手が白蘭である事で納得は出来た。

少し呼吸を乱した正一に、白蘭はすぐそこで瞳を細めて笑った。

「ごめんね、ずっと我慢してたからさ。止められなくなっちゃった。」

瞳を揺らして見上げてくるばかりの正一にまた笑って、
謝罪の意を込めたような優しいキスが唇に落ちた。


「もう大丈夫。・・・おいで、」


繋ぐような仕草で握られた手を引いて白蘭は柔らかく笑う。


何て優しい顔をするのだろうと、正一はぼんやりと思った。

(昔はこんな顔で笑っていたっけ、)

思考が逸れていくのはやっぱり、緊張しているのかもしれない。


ゆったりと体を横たえるとベットのスプリングが緩やかに軋んだ。


「緊張してるね。」

はっと視線を上げれば正一の体を跨ぐように膝をついていた白蘭は体を屈めて笑う。

「僕もだよ。」

「え!?」

「何その反応、酷くない?」

「だって、」

くすくす笑って首筋に顔を埋められて、正一も釣られるようにして笑った。

「ね、こういうとき好きって言った方がいいのかな?」

「・・・いいですよ・・・恥ずかしい、」

「好きだよ。」

「な・・・!」

「好き、」


柔らかくそっと脇腹に手が滑る。



温かな皮膚の感触、「好きだよ、」と繰り返された言葉は
ただ一瞬で、すべてを忘れてしまうほどの熱を孕んで。



触れられるのが嫌だったわけではない。



溺れてしまうのが目に見えていたから、奪い尽くされて抜け殻みたいに白蘭だけを待つのが嫌だったから。


けれどこれは奪い尽くすようなものでもなくて、壊し尽くすようなものでもなくて、
触れた指先から想いが流れ込んでくるような、心を重ねるために体を重ねるような、
そんな柔らかさしかなくて、泣き出したくなった。


全てにおいて悪趣味だから乱暴にされる事も覚悟はしていたが、それは無駄なことだった。


纏った茨がぱらぱらと落ちて、柔らかくて、この人がこんな顔も出来るのかと、



汗が滲むような背中、繰り返される呼吸の熱に、

(生きている、)

なんて当たり前のこと、そんなことを思った。



もっと早く、体を重ねてしまえばよかった。


そうしたらもっともっとずっと早く、分かり合えたのかもしれない。



長い指が、緩やかに体の中を探る。


窓の外では雨が強くなって、部屋の中は雨の音で満たされていく。



「考え事?」

不意に声が掛かって天井ばかりを見詰めていた視界が遮られる。

「・・・あなたのことを、」

すぐ鼻の先で白蘭がぱちりと瞬きをしてから、微笑んだ。

「正ちゃんって意外に煽るの上手いね。」

「え?」

「この状況でそんなこと言われたら、はりきっちゃうよ。」

「・・・馬鹿なこと言わないでください・・・」


重なった肌が熱い、汗が滲む。



背中に手を滑らせれば、肺は呼吸を繰り返し、心臓は鼓動を刻み、熱を生む。



(生きてる、)


生きている、このひとも同じに。



「・・・いい?」


瞳を揺らした正一は、静かに頷いた。


微笑んだ白蘭は正一の眼鏡を外して、ベットサイドのテーブルに置いた。


「眼鏡外すね。怪我しちゃうかもしれないから。」


滲んだ視界の中で白蘭が笑う、少し照れたように。


痛かったら言ってね、とその声はどこまでも優しく
体の中に入ってくる熱に、痛みなどなかった。

「白蘭、さん、」

「ん、」


色を孕んだ声に我を忘れそうになる。


頬に、鼻先に、瞼に、唇にキスを落として、熱は体の中を緩やかに往復を始め、
スプリングが軋み始める。

「正ちゃんは、僕のこと、好き?」



重なり合う体はきっとこのまま溶けて混ざり合うんだ。



「すき?」



絡めた指先を強く握り返した。



「すき、」



悪夢のような話しもなくて、血の匂いもしないこの時間の中に二人していられるなら
この水槽のような部屋に閉じ込められても構わないと、本気で思った。



2010.01.17
so as farの続きのような雰囲気で書き途中だったものを(半年くらい前に・・・)書き上げました。
ちょっと白蘭に夢を見過ぎたと思いますがw
正一の前だけでは素の部分も見せたりしてたらいいな・・・と妄想してます。
初めてのときっていいですよねはぁはぁ
もっと事細かく書いてみたいとも思いますw