しまった、と思った時にはもう遅かった。

黒塗りの不穏な車に囲まれて、綱吉の乗っていた車も停車せざるを得なくなった。

今日はボンゴレ側の人間も車5台に分けての大人数の移動だったから
当然相手はもっといる訳で、これは結構派手な喧嘩になるなと綱吉は溜息を吐いた。

申し訳御座いません、と同乗者に謝られて仕方ないよと笑ってみたものの
怪我人が出ないようにと覚悟を決めて車から飛び出した。

飛び出して間もなく、突然不穏な車が紙切れみたいに吹っ飛びだした。

え、と思った時、1台前の車の天井に足音もなく降り立った男がいた。


爆風に長い髪と漆黒のロングコートを強くなびかせてゆるりと振り返った男は
間違いなく霧の守護者六道骸で、骸は綱吉に視線を落とすと
赤く濡れた舌先で、緩やかに弧を描いた唇をちらりと舐めた。


あ、と綱吉が口の中で声を上げたかと思うと
次の瞬間には体がふわりと浮いていて
視界には揺れる長い髪と、ぽかんと口を開けて見上げているボンゴレの人間の顔があって
ああ俺肩に担がれてる、と他人事のように思った。


骸は事もあろうに味方サイドまで撒くような真似をしながら
少し離れた廃ビルの屋上に足を下ろした。

ついさっきまでの敵味方関係ない手荒い仕打ちとは打って変わって
骸はそっと壊れ物を置くように綱吉を肩から下ろした。

かと思えば給水塔のすぐ下のボイラー室の扉を長い足で蹴破った。

そして何が何だかという顔の綱吉をちょいちょいと手招きする。


しばらくここに身を隠しましょう、という骸の言葉はごもっともなのだが。

まあごもっともだけれども、と何かしら引っ掛かりながらも
綱吉は言われるままにボイラー室に足を踏み入れた。


もともとボイラー室は人が居座る造りにはなっていない。
けれど骸は狭い通路に優雅に腰を下ろして
自分の足の間をとんとんと叩いてにこりと笑った。

まあ狭いのでそこに座るしかないのだろうけれど、も。

綱吉は折り曲げられた骸の長い足を跨いで骸の足の間に佇んだ。


「なぁ、ここで見付かったら終わりじゃない?」


出入り口はたった一つで、ボイラー室と階下は繋がっていない。
通気口変わりの窓はとても細く小さく、とてもじゃないが人は通れない。


「おやおや、随分状況確認が出来るようになりましたね。」


ご名答、と笑った骸はすぐに不敵な笑みを浮かべた。

ああ、と綱吉は脱力した。


分かり切った事ですよね。


観念して腰を下ろすと骸は上機嫌に綱吉を抱き込んだ。


分かり切った事なんだ。
だって「撒くだけ」なら骸には造作もない事で
わざわざ隠れるまでもなく、このビルごと相手に見えないようにも出来るのだから。


視界に入った骸の唇、その唇の上を赤い舌が這っていって唇を濡らした。


したくなりました、と官能をくすぐるような声で囁かれて
うっかりそわりそわりと背筋を波立たせた後、
やっぱりか、と大きく頷いた。


何でも車を飛び出した時の綱吉の体のラインと
車の扉を閉めた時の腕の角度に欲情したらしい。


マニアック過ぎて分からないのと
何処で見てたのかというのはこの際訊かない。

いつでも見てますとあっさりストーキングを吐露されるのも分かるし
体のラインとか腕の角度とかもきっと、している時の綱吉を思い出しているのだと思うし。


部屋まで待てないのかと言うと
場所を変えただけでも褒めて欲しいくらいだと開き直られた。


確かに数年前まではしたくなった時にしようとして
場所とか人がたくさんいるとか全く気にしないから大変な思いをしていた。

例えば移動中の車が赤信号で停止した時、突然扉が開いて隣の同乗者が放り出されたかと思うと
笑顔で乗り込んで来たのが骸で、助手席にも反対側の隣にも人がいるのにそのまま事に及ぼうとしたり
会議中なのに突然窓から笑顔で入って来て
一直線に綱吉に向ってきたかと思えば服を脱がされそうになったりと
思い出はこんなものに留まらず、それはもう自由奔放だったのだ。


当たり前だがそれらに応じた事は一度もないが
当の本人は何が悪いのか分かってなくて綱吉が拒めばそれはもう荒れた。
宥めるのがまた一苦労だった。


一般常識が皆無だから、贔屓目込みで以前に比べたら随分成長したとは思う。


このまま気長に言い聞かせれば、
数年後には部屋まで我慢するようになるかもしれないと
なるべくポジティブに考える事にして骸のキスを受け取った。


自分の唇を舐めた赤い舌は今、
綱吉の舌を舐めるのに夢中になっている。


全くとんでもない奴だと思いながら
結局受け入れる自分もとんでもない奴だと思った。


けれど骸が綱吉を連れ去った時点で
今何が起こっているのかは、ボンゴレの人間だったら分かり切っている事なので
怪我人もなかったからまあいいかと思った。


これはもう周知の事実。
きっと今頃みんな、何事もなかったようにそれぞれ家に帰っているだろうから。




Catch Me Darling!!



09.03.26
ストーキング骸はにこにこ綱吉を眺めてて
ちょっとした仕草に舌舐めずり。
綱吉は「アイツどうしようもないよ。」と言ってる表情が
ノロケでしかなければいいと思います。
ボンゴレ史上最凶のバカップルはアハハハウフフフって
追いかけっこしてるようにしか見えなければいいと思います。