ワルツ、或いはタンゴ


ダンスには全くの無知だし興味もないから、どんな仕組みでステップを踏むかとか
流れている音楽がどんなものなのかも分からないし何処で線引をしているのかも理解出来る訳ない。


実際はただ単に足を持ち上げて前に出して床を踏んで、逆の足を持ち上げて前に出して、の繰り返しに過ぎないのに
それでも近付いてくる足音がそういったものを連想させるのは、偏に彼の持つ独特の雰囲気のせいなのだろうと
半日以上固まり続けている思考の片隅でぼんやりと思った。


足音が何の断りもなく当り前のように寝室に入り込んだ時、綱吉は惰性で閉じていた目をうっすらと開けた。


「こんばんは、ボンゴレ。」


起きているのを知っていたかのように悠然と微笑んだ目の前の男に、とりあえず「こんばんは」と返す。
やはり当たり前のようにベットに腰を下ろした男、六道骸にはもう咎める言葉すら浮かんでこない。


馬鹿とか阿呆とか簡易な罵り言葉は当然の如く効果がないし、巧妙な罵り言葉であっても骸に対して有効なのかは甚だ疑問なので
大人しく口を閉ざしている。
逆にやり込められるのも今はご免だ。


出会った当初より大分伸びた髪を揺らして振り返った骸からふわり、と少し苦い香水の香りがした。


現状には匂いも気配も痕跡は残さない、という完璧主義の骸らしい理由から、普段は香水を付けていない。
その骸が香水を付けているという事は、何もかも全て放棄して、ただの一人の人間としてここに訪れた事を意味している。
それを理解している自分に、綱吉は思わず苦笑いを浮かべてしまう。

薄笑いを浮かべた理由も訊かずに骸は綱吉に笑い掛けた。


「そろそろ合鍵を頂きたいのですが。」


「・・・何でお前に合鍵渡さなきゃなんないんだよ。不便を感じてるようでもなさそうだし。」


枕に顔を半分埋めたまま、目だけで不法侵入者を見上げて眉根を寄せた。
骸はクフフ、と笑い声を洩らす。


「ええ、取り立てて不便はありませんが、気持ちの問題ですね。鍵で扉を開けて入りたい。」


「知るか、そんな事。」


大袈裟に溜息を吐いてみせて、更に深く布団に体を埋めた。
綱吉の態度を全く気にしていない様子で、骸は革の手袋を外しにかかった。

指の先端を抓んで、ゆっくりと引き抜く。
真黒な皮から、白い指がするりと抜ける。


その様がまるで何かの儀式のようで、綱吉はいつも黙って見詰めている。


「・・・指、長いな。」


お決まりのセリフを呟けば、長いと言った指がゆっくりと近付いてくる。
綱吉は身じろぎもせずに骸の指を目で追った。

骸の指が辿り着いた先は、綱吉の頬の辺り。
僅かに残る、革の匂い。

くすぐるようにゆったりと頬を撫ぜる。


「酷い顔をしていますね。まぁ、顔が酷いのは元からですが。」


「おまえは・・・!!!」


さすがに文句を言ってやろうと開いた口に、やんわりと指を押し当てられる。


「眠れませんか?」


いつもよりトーンを落とした声は、柔らかく。
骸は微笑んだまま。

眼尻に落ちた指先が、緩やかな弧を描いて頬を通り、顎を伝った。


「ねむれない?」


問い掛けには違う響きが籠められていて、綱吉の視界は瞬時に滲んだ。


「・・・・っ」


涙が一粒落ちてしまえば、もう止める術など分からなくなる。

溢れる涙を誘うように、骸の指は頬を撫で続ける。


とうとう嗚咽を漏らした綱吉を、まるで小さな子供をあやすように抱き上げて腕に閉じ込める。


優しく背中を滑る手にどうしようもなくなって、本当に子供のように声を上げて泣いた。
骸は何も言わないで、腕の中で泣きじゃくる綱吉にたまに優しいキスを落とした。



08.12.12
恋人以上恋人未満な二人