唇が赤く熟れるまでキスをして、今度はちゃんと抱いた。
綱吉がすべてを委ねてくれるものだから
何度も抱いた。
骸が付けた脇腹の傷痕を丁寧に舐めると
綱吉は体を震わせて泣いていた。
何度目になるか分からない吐精を終えると
綱吉は熱に溺れたままの目を薄っすらと開けた。
「・・・ん、目があんまり開かない。・・・腫れてる?」
ずっと泣いていた自覚があるので問い掛ける。
薄暗い部屋の中でも分かるほど目尻が赤く色付いていた。
「ええ。いつもより酷い顔になってます。」
「いつもは余計だろ・・・」
苦笑して目元を押さえた綱吉の手首に
腕時計が巻かれているのが目に付いた。
お互い何も纏っていないのに
行為の最中は気付きもしなかった。
腕時計の下に隠れている肌も全部見たくて
ベルトに指を掛けると綱吉は慌てて手を引いた。
「・・・・。」
「・・・・。」
しばし動きを止めて目を合わせた後、
骸はもう一度腕時計に指を伸ばす。
やっぱり綱吉は慌てて手を引いた。
気に入らない。
腹が立って綱吉の腕を掴むと
ベットサイドのテーブルにぶつけようと腕を振り上げた。
「わ!待った待った!!外すから!」
弾くようにベルトを外すと、骸はすぐに時計を取り上げて
片手で器用にピンを弾いた。
そんなに簡単に壊れる筈がないのに
ピンを抜かれた時計はぱらぱらと形を崩して
骸は最後にベットの外に放り投げた。
「結局壊すのかよ・・・!」
骸に馬乗りにされたまま、
無残にばらまかれた時計を見遣った。
拾う気も起きないほど原型を留めていなくて苦笑う。
「そんなに大事な物ですか。」
綱吉は大きく瞬きをした。
笑ったらきっと怒るだろうから
骸の方を見ないで笑いを堪えるためにまた大きく瞬きをした。
「・・・そりゃ、大事は大事だよ。
腕時計あれしか持ってないし、ローンで買ったから。」
「ボスとは思えない話しですね。」
「・・・うるさい。」
「弁償します。」
「・・・え?」
予想もしてなかった申し出に驚いて骸を見上げると
骸は眉根を寄せた。
「不満でも?」
やっと事態を飲み込めて、綱吉は照れて小さく笑った。
「・・・ううん。嬉しい・・・。」
つ、と手首に指を滑らせると、綱吉はまだ手を庇っているように見えた。
怪訝に思って手首を返して、骸は動きを止めた。
手首に白く太い傷が走っていた。
その両脇にも傷を縫った痕が白く小さな点線を残している。
綱吉は諦めたように笑って、骸に腕を委ねた。
「・・・死んじゃおうかと思ったって、言っただろ?痕、残っちゃって。
いつも隠してるんだ。骸はそんな顔すると思ったし」
「・・・そんな顔?」
綱吉は小さく笑って、動きを止めた骸の顔をそっと撫でた。
「そんな顔だよ。」
掴まれた腕を抜き去りもせずに預けたまま、
綱吉も古い傷痕に目を向けた。
「馬鹿な事したと思ってるよ。周りにも凄く心配掛けたし
早く気付いてくれた母さんには凄く感謝してる。」
骸、と小さく呼ぶと、骸は緩やかに綱吉に視線を落とした。
綱吉は穏やかに微笑んでいた。
「生きててよかった。また、骸に会えた。」
眉根を寄せた骸に笑い掛けて、背中に手を回した。
重なった体の薄い皮膚の下から確かな鼓動が伝わってきて
骸は堪らず目を閉じた。
「よかった。本当に。ありがとう骸、大好き。大好きだよ骸。」
声は空気に広がって鼓膜を優しく揺らして心に届いた。
「ずっと知りたいと思ってた、骸の事。
生きててよかった。会えなくてもずっと、骸の事想ってた。
好き、骸が好き・・・・」
脈絡なく零れる言葉はそれでも当然のように心に入り込んできた。
温かいと思うのは何も体温だけじゃなくて。
じゃあ何が温かいのかと訊かれればそれは分からないのだけれど。
じわりと広がったものはただただ乾いた地面を濡らしていくように
呼吸を忘れた木々を目覚めさせるように
厚い雲を割った光が地上に届くような。
穏やかな情景が自分の中にもあったのかと
未知のものに戸惑いとか恐ろしさとか隠せないものもあったけど
綱吉の体をそっと抱き締め返した。
微笑んだ綱吉の目からぽろりと涙が落ちて
合わせた頬を濡らしていくから
骸も構わずに涙を落とした。
綱吉にならもう、何を見せてもいいと思った。
空はまだ夜。
くすんだ月が西へ向かう。
柄にもなく名残惜しくなって、
眠っている綱吉の頬にキスを落とした。
そっと髪を梳き上げて、もう一度キスをした。
骸が出て行った気配を感じて、
綱吉はそっと瞼を上げて、
骸の唇が触れた場所に静かに指を這わせた。
次に会う約束なんてしてない。
不安がないと言ったら嘘になる。
けれどきっと骸は会いに来てくれる。
微笑んだ綱吉の頬に
涙の雫が滑って落ちた。
これは幸せの涙。
例え誰にも祝福されないのだとしても。
09.03.10
壊れやすい骸は綱吉が包んであげればいいと思います。