懐かしく佇む家は長年暮らしたそのままの姿で、夕日に照らされていた。

迷う事なく玄関を開ける。

昔はいつも騒がしかった家の中は酷く、静かだった。

今はもう母親一人しかいないから、当然なのだけれど。

それでも母親がこの家で暮らすのは父親の、そして綱吉の帰る場所だからだと言う。

綱吉は一度瞼を落としてから、「母さん?」と呼び掛けた。

「ツッ君!?やだ、来るなら連絡くれればいいのに!」

慌てるように玄関に出て来た母親はいつも通りで、
綱吉は知らずに表情を緩めていた。

「近くに来たから・・・って、人前でその呼び方止めてってば・・・!」

「あら、お友達?」

骸はフードを頭に被せたまま、小さく会釈をした。

「・・・ううん。大事な人なんだ。」

骸は目を見張って、少し照れたように微笑む綱吉の横顔を見詰めた。
何を馬鹿な事をと呆れる間もなく
そうなの、よろしくね。と笑った母親の顔は、少し綱吉に似ていると思った。

「話しあるから、上の部屋に行くね。」

繋いだ手を離すのも忘れて、手を引かれるままに階段を上っていく。
その先で綱吉が小さく笑った。

「一度だけ、来た事あったな。」

「ええ。部屋に入るなり殴ってすぐ帰りましたけどね。」

部屋にはもう何もなく、段ボールにまとめた綱吉の荷物が片隅に重ねられているだけだった。
殺風景な部屋はそれでも夕暮れのオレンジに満たされて
不意に放課後を思い出させる優しい色をしていた。

「あの時、何で殴ったの?」

振り返ると少年の影はゆっくりと溶け始めていた。
綱吉は静かに目を細める。

体の輪郭はやがて何重にも重なり始めて、ゆっくりと、影を伸ばしていった。

「あの時は」

長い腕が伸びて、綱吉の腰を引き寄せた。
目の前に現れたのは、愛しい、大事な、人だった。

「誰でも部屋に招き入れる間抜けなあなたに腹が立ったからです。」

ほとんど真上を向いた綱吉は、しな垂れてきた首に甘えるように腕を巻き付けた。

「なぁ、それって嫉妬?」

頬擦りの間に何度かキスをする。

「いいえ。愚かなあなたに腹が立っただけ。」

食むような柔らかいキスを重ねながら、綱吉を床に座らせて
座らせたらすぐに床へ倒して押し付けた。

「ヤキモチ?」

首に回した腕で、体を寄せる。

「違いますよ。ですが、あなたがそう思うならそうかもしれない。」

興味がないように乾いた声で、けれど綱吉は小さく笑った。

「じゃあ、ヤキモチだな。」

「お好きなように。」

明確な意思を持って骸は、綱吉の首にキスをした。

「骸・・・」

確かめるように肩に掛かる長い髪に指を滑らせた。

骸が綱吉のネクタイに指を掛けた時、部屋の扉が叩かれた。

「うわ!」

自分の声にも驚いたように綱吉は口を手で覆って目を泳がせた。
骸が揶揄する意味で目を細めると、綱吉はますます気まずそうに目を泳がせた。

「お茶入れたわよ。」

「うん、今開ける・・・」

骸を軽く押し遣って、不自然に乱れたネクタイを外してポケットに押し込んだ。
扉を開けると、コーヒーの匂いが部屋に入り込んできた。

「ありがとう。」

綱吉がトレーを受け取ると、奈々はひょこりと部屋の中を覗いた。
まさか覗いてくるとは思ってなかったので骸は些か驚いて瞬きをした。

「ああ!やっぱり六道君よね?さっき暗かったから見間違いかと思ったけど!」

顔を綻ばせた奈々に、綱吉も驚いた。

愛息子を殴った男として覚えていたのだろうと骸はその程度に思ったが
綱吉は違う事で焦っているようだった。

「ツッ君、綱吉がいつも六道君の話しをしてたから。強くて格好よくてって。」

「うわ!止めてって・・・!」

「ウチに来た事あったわよね?会ってみたらなるほど綺麗な子だなって」

「ちょ、ホント止めてってば!」

耳まで赤くした綱吉は、トレーを床に置いて奈々の背中を押して部屋の外へと押し出した。

「いいじゃない。六道君とお話させてよ。」

「だめ!」

綱吉が頑として譲らないので、奈々は諦めたように苦笑して
もう一度顔を覗かせた。

「今でも仲良くしてくれてたのね。ありがとう。綱吉の事よろしくね。」

骸は目を見張った。

母親はボンゴレの血筋ではない筈だ。
それなのに骸の姿を分かっていたようだった。

綱吉の傍に来て気が緩んでしまったのか、それとも母親とはそういうものなのか
骸には分からないけれど。

「はいはいもう分かったから!」

ようやく奈々を外に出して、急いで扉を閉める。

しん、と静まり返った部屋に、綱吉は頬を染めて居た堪れなくなってまた目を泳がせた。

もう何を言っていいのやら分からなくなって、
そっとトレーを骸との間に置いて座ったものの恥ずかしくて目が合わせられない。

「うわ!」

骸はそんな綱吉の腕を強引に引いて、滑らせるように床に転がすと
遠慮もなく綱吉の体の上に圧し掛かった。

「そういえば、訊いた事なかったですね。」

「な、何を・・・?」

話しの流れから分かってはいたが、恥ずかしいからどうにかはぐらかせないかと思ったけれど
「いつからですか?」と詰め寄られれば、う、と声を詰まらせてしまう。

「せ、正確には・・・分からない・・・よ。気付いたら好き、だったから・・・。
でも、もしかしたら・・・」

初めて会った日からかもしれない、と告げると骸が穏やかに目を細めたから綱吉は
緩やかに頬を染めていった。

「僕は、」

「え!?」

くす、と笑った吐息が首筋に掛かる。

「僕は、初めて会った日からですよ。」


「初めて会った時からずっと好きだった。」


「む、くろ・・・」

驚きに丸くなった目元にキスが落ちてきて、
そのまま重なった唇に、綱吉は泣き出したい気持ちになった。

そんなに想っていてくれたのかと、
初めて聞かされた言葉がただ、嬉しくて、嬉しくて。

溶け合った体温が唇に残り、骸はそのまま頬に、首に、唇を滑らせていった。

このまま溺れてしまいたかったけれど、今は訊かなくてはいけない事がある。
綱吉は小さく唇を噛んでから、そっと骸の髪に指を通した。

「骸・・・」

返事はなくて、それでも綱吉は骸の髪を撫でながら囁くように言葉を続けた。

「・・・俺の寝室に、カメラがあったんだ。お前も、映ってたって・・・」

骸がどんな反応をするか恐ろしくて、静かに鼓動が増す。

けれど骸はさして興味も示さず「それはそれは。」と言ったきりだった。

綱吉は大きく瞬きをして、思わず苦笑いを零した。

「・・・って、それだけ?」

「浴室にもあったのもカメラでした。」

「え・・・?」

骸は体を起こすと綱吉のベルトを引き抜いて床に放った。

「僕は一言も盗聴器、とは言ってませんよ。」

「あ・・・」

確かに、思い起こせば盗聴器が、とは言ってなかった。

骸は髪を掻き上げると、綱吉のカッターシャツのボタンを弾いていった。

「浴室にカメラを仕掛けるような人間なら、寝室にもあるだろうとは思ってました。」

綱吉は淡々と事実を告げる骸に目を見張った。

「分かってて・・・?」

骸は露わになった綱吉の胸元を掌で押し付けるようにして撫で下ろした。

「あの後すぐにあなたと寝てしまったので正確な位置までは把握してませんが。」

骸の言葉にかぁ、と頬を染め上げた綱吉だったが、
改めてあの時の骸との事が他人の目に晒されたのだと思うと、ぞわと鳥肌が立った。

「お、前は・・・何も思わないのか・・・?」

「別に。」

「ほ、ホントに・・・?」

十中八九、怒るだろうと思っていただけに、
骸の淡々とした反応に拍子抜けしてしまう。

ぼうっと見上げてくる綱吉に、あっさりとキスをして
綱吉の肩口に擦り寄るように顔を埋めた。

そして骸が呟いた言葉に愕然とした。



「あなたなんか、あの場所に居辛くなればいい。」



綱吉は目を見開いて体を強張らせた。
胸元を辿る骸の唇の熱だけがいやに現実的だった。


そして綱吉はただただ愕然と目を見開いて途方に暮れた。


何と、言う事だろうか。



「む、くろ・・・ごめん、」

呆然と呟かれた声に、骸は眉根を寄せた。

「何故、謝るのですか・・・」

「ごめん・・・」

悲しく歪められた表情の大きな目からは止めどなく涙が溢れ伝っている。
その謝罪の中に表情の中に決別が混ざっている気がして、
骸は眉根をきつく寄せて苛立ちを露わにした。

「何故、」

何故、と問うてみたものの、確かな答えを言われた時に理性はきっと保てない。

この手を離すと言うのなら例えそれがどんな理由であれ、許せるものではないから。

骸は涙を零す綱吉を、冷えた目で見下ろした。


綱吉は子供のように顔を歪めて涙を零し、怯む事なく滲む視界で骸を見詰めていた。



そして己の愚かさを責めた。



本音を晒す事が少ない骸のその言葉は間違いなく本心だった。
それが綱吉にも痛いほど分かってしまって
綱吉は痛みから涙を零した。

もしかして骸はボンゴレ十代目も愛してくれるのではないかと
どこかでそんな事を思っていた。

骸が綱吉を「ボンゴレ」としか呼ばないように
目の前にある事実は間違いようのないもので
骸はきっといつだって「沢田綱吉」だけを求め続けていたのだから。

それこそ初めて出会ったあの日から。

もしかしたら骸はボンゴレに戻って来てくれるんじゃないかと思っていた。

いつも一緒にいられるなら、骸はそれを選んでくれるんじゃないかと、
どこかで自惚れていた。

骸の深い傷は今も癒える事なく目の前に横たわっているというのに
分かったふりをして、見えて、いなかった。

骸と会えるようになって浮かれていたのかも、しれない。

骸が忌む場所に居続ける綱吉を、それでも愛してくれている事こそがもう、奇跡だろうに。
それ以上何を求めようとしていたのだろうか。
何という傲慢さか。
綱吉はじわりと瞳を濡らした。

「・・・結局俺は、いつも、自分の気持ちばっかりお前に押し付けて、」

「・・・もういいですよ。」

「むくろ、」

「死にたいですか。」

凍て付くほどの拒絶を乗せた骸の瞳に、それでも綱吉はそっと手を伸ばした。

結局誰も守れていなかった。
大事にしたいと思いながら、傷付けていた。

それでもまだ、間に合うと言うのなら。



「このままどこか行こう、骸。」



目を見張った骸の頬を、指先でそろりと触れた。

「どこでもいい。ずっと一緒にいられる所に、行こう・・・
途中で犬たちも拾って、みんなで、ずっと一緒にいよう・・・」

涙に邪魔されて、それでも綱吉は懸命に言葉を紡いだ。

「仲間は大事だよ・・・だけど俺は骸とボンゴレなら骸を取る・・・
ごめん、俺こんなに薄情な奴だけど、一緒に、いてくれる・・・?」

答えない骸に綱吉はますます涙を落とした。

「返事、聞かせて・・・?骸、」

目を見張ったまま瞳を揺らした骸は、掠れた声を出した。

「・・・正気、ですか・・・?」

綱吉は小さく、それでも確かに頷いた。


ほんの僅か震えた長い睫毛がゆったりと水分を孕んでいって、
骸の白い頬を伝って落ちた涙が、綱吉の頬に落ちて綱吉は、緩やかに瞼を上げた。


見上げた先のオッドアイから、また涙が落ちて綱吉の頬を濡らした。


顔を歪めて涙を零す骸は、綱吉の頬に顔を寄せた。

「綱吉、」

目を見張ってから綱吉は、骸の首に腕を回して強く頬を寄せた。

「・・・そうだよ、綱吉だよ。お前だけのものだよ。」

滑らかなその髪に指を通して、綱吉は尚も愛おしく頬擦りをした。

「母さん、きっとお前の分も夕飯作ってるから・・・それには付き合ってな?
そしたら、行こう・・・、」

本当にそれでいいのかと問い掛けた声は音になったか定かではなかったけれど、
それでも綱吉は涙を零したまま柔らかく微笑んだ。

「・・・うん、もう嫌なんだ、骸と離れるの・・・本当に嫌なんだ・・・
少なくとも、母さんとリボーンは喜んでくれるよ・・・」





両手でも零れてしまう想いなら、分かつためにその手を繋ぎ、

愛するためだけに生きていけたらと。



差し込む光はあの日のままに柔らかく
初めて瞳を交わした日から
魂の奥底に密やかに在り続けた想い






それは祈りによく似てた。





09.06.17
三人の可愛い子たちは二人を思いやって、
そっと姿を消すと思います。

骸は綱吉がいたらどんどん丸くなっていくのだろうな、と思いますv
二人だけで穏やかな時間を過ごして欲しいです!

リボーンは綱吉の絶対的な味方であって欲しいです(親的な意味で)
なのでたまにこっそり冷やかしに行ってたりしたらいいなぁ。
黒曜ズを交えながら(笑)

長々とお付き合いありがとうございました!