相も変わらず血生臭い場所を歩かなくてはならない事もあるけれど
それでも骸には、以前とは違う事があった。


帰る場所が出来た。


そんなものは自分には必要のないものだと、思い込んでいたけれどでも、


「彼」はいつもそこにいて


願わなくても祈らなくても自分のためにだけそこにいてくれて


だから、


「彼」が自分の帰る場所だった。


「彼」がいる場所が自分の「帰る場所」になった。





車の低いエンジン音が砂利を踏み潰すタイヤの音と重なって、静かな道に響く。

それでもすぐに風に靡く木々の音に攫われて消えていった。

キーを抜くと開け放った窓から緩やかな風が吹き込んだ。
助手席に放り込んでいた紙袋を抱えて表へ出ると、本当に風の音しかしなかった。


柔らかい昼下がりの光の中で黄味を帯びた草が静かな光を反射して揺れる。


さわさわと緩やかな風と草に紛れて、ほわほわとした淡い茶色の髪が揺れていて
しゃがみ込んでいるその人は、地面とにらめっこしていた。


彼の存在そのものが春の訪れを告げているようで、骸はそっと目を細めた。


骸に気付いてぱっと顔を上げた綱吉はやっぱり小さな動物に見えて
眩い光を受けて柔らかく笑った。

「お帰りー骸。」

のんきな声を上げたので骸は小さく笑った。

何をしているのかと問い掛けようとして、
足元に泥に塗れたスコップが置いてあるのが目に付いた。

見れば綱吉がにらめっこしていた地面は掘り返された跡のように水分を含んでいた。

「種、撒いたんだ。」

「種?」

うん、と綱吉は笑った。

「花の種。隣の子がくれたんだ。」

言って見遣った隣の家の屋根は白く、
それでもお隣と呼ぶには些か離れた場所に建っている。

「・・・あまり近隣の人間と慣れ合うのはよくないですよ。」

「うん、お前ヤキモチ妬きだからな。いて!」

容赦なく叩かれた頭を摩りながら立ち上がると、
ジーンズについた土を柔らかく払った。

「そういう意味ではありません。」

分かってるって、と綱吉は小さく笑う。

「お庭寂しいでしょう?って言ってくれたから。」

「よく言葉が分かりましたね。」

「何となく?ニュアンス?」

揶揄して言って、綱吉はまた小さく笑った。

この世のものとは思えない美しい炎を灯すその小さな手は、今は土に塗れて
それでもその美しい手から撒かれた花の種は、
確かに温かな土の中で息吹きをしているように思えて。

「何と言う花ですか?」

「え?」

「花の名前ですよ。」

まさかの問い掛けに綱吉はぱちりと瞬きをして、
ようやく問いを飲み込んでからじわじわと苦笑いを滲ませていった。

「ん、それがよく分からないんだよね・・・」

けれど結局答えは分からなかったと思い至り、更に苦笑いを深くする。

眉を持ち上げてから、「まぁ、期待はしてなっかたですが。」と言った骸に、
ごめん、と小さく笑って謝罪した。

「花が咲く頃にはここにはもういないだろうけど、
次に住んだ人が咲いた花を見てくれたらいいなって。」

綱吉の両手を広げたくらいの小さな花壇は、
一体何色の花を咲かせるのだろう。

それでも綱吉は満足そうに微笑んで、骸の腕に掴まって爪先立ちになると
買物袋を覗き込んだ。

「ちゃんと買い物出来た?」

「・・・舐めてます?」

くす、と笑って爪先立ちにふらふらとしながら骸の腕にしがみ付いて
紙袋の中の荷物を指先で辿っていく。

「あ、トマトソース忘れてる。」

「死にはしませんよ。」

「そりゃあ、死なないけどさ。」

くすくすと楽しそうに笑って、風に柔らかく靡く髪が骸の頬に揺れる。
くすぐったくて柔らかくて、骸は目を細めた。

「何かいい匂いがする。」

「食べモノには敏感ですよね。」

「シナモン?」

鼻先をくすぐる甘い匂いに、荷物に塗れた紙袋をそっと指先で開いた。

「アップルパイ!」

分かり易く口元を綻ばせた綱吉に、
薄く開いた唇が、言葉を探すように一度閉じた。

「・・・好きかと思って。」

言って綱吉の鼻先に付いた土を人差し指でくすぐるようにして落とすと
綱吉は目元を淡く染めてふわふわと睫毛を瞬かせてから静かに笑った。

「うん、大好き。ありがとう。」

お互いに睫毛を伏せ合って、そっと踵を落とした綱吉は照れ臭そうに微笑んだ。

「食べようか。コーヒー淹れるよ。」





春にはまだ少し早いテラスは、それでも日の光を存分に浴びてとても温かかった。

「・・・信じられませんね。」

骸は手で口元を押さえて眉根を寄せ、
本当に信じられないものをみるように綱吉の手元を凝視している。

「ちゃんと半分こだろ?」

「そこではありませんよ。それ・・・蜂蜜、ですよね?」

「うん。」

当たり前のように頷いて、綱吉は尚も手元を傾けた。

黄金のパイ生地の上から溢れ出した蜂蜜が、
白い皿の上に固形の波を作ってきらきらと光を反射する。

「甘いものに甘いものを乗せる意味が分かりません。」

「だってほら、ケーキだってスポンジに生クリーム乗せたりするだろ?」

違う気がする、と思いながらも骸は綱吉の手元に眉根を寄せる。

「食わず嫌いはよくないって!レタスだってそうだっただろ。」

「・・・あれは食べられなかった訳ではありませんよ。興味がなかっただけです。」

「同じだよ。」

「僕はいりませんよ。あ、」

制止の声よりも一足早く、もう片方のアップルパイにも蜂蜜が緩やかに流れていった。

綱吉はとにかく笑顔で差し出してくるものだから、
うっかり受け取って納得はいかないもののフォークで小さく切り離して
眉根を寄せたまま口に運んだ。

「美味しいだろ?」


「・・・思っていたよりは。」


些か険しいままの眉間に、綱吉は笑いを堪えながら「眉間」と言って
人差指と中指で骸の皺を伸ばしてやる。

はあ、と溜息なのか間の抜けた返事なのか分からない声を出すものだから
綱吉は堪え切れずに吹き出した。

「林檎と蜂蜜は合うからね。」


「・・・まぁ、ありだとは思います。」

観念したように呟くから、
ふふ、と満足そうに笑った綱吉も、パイの欠片を口に運んだ。



また少し傾いて、黄味を増した光の中を頼りない指が伸びてきて、
骸の頬にそっと触れた。


目線を上げるとその淡い色の瞳が柔らかく微笑んでいて
緩やかに高鳴った鼓動に戸惑いを乗せた骸の瞳がゆったりと伏せられた。

「犬たちが家出しちゃって、寂しい?」

「・・・特には。今までだってずっと一緒にいた訳ではないし、そのうち出てきますよ。」

「そんな落し物みたいに・・・」

柔らかく笑う胸の中を優しい風が行き過ぎる。

太陽が昇って月が昇って、日々のそんな繰り返しの中で
本当に本当に自然にゆっくりと姿を消して行った彼らを
心配もしてるし、寂しくも思うし、骸といたいだろうにと申し訳なくも思うけれど
彼らの中の優しさに満ちた行為だと分かるから、
同じくらい、有難くも思っていた。

綱吉は頬杖を突いて、ゆったりと体を傾けた。

「みんながいて、凄く騒がしかっただろ?
だから、手の掛かる子供が自分の手を離れて自立していく時って
こんな気持ちなのかなとか思ってさ。」


そっと細められたアーバンの瞳の縁に淡い光が宿る。



「だから、たまに思うんだ。俺が子供産める体だったらなぁ、なんて。」



緩やかな風に小さな鳥が舞い降りて来て、互いの嘴をついばみ合ってまたすぐに飛び立った。


目を見張った色違いの瞳は、それとは分からないように長い睫毛を揺らした。


「・・・必要ありませんよ、そんなもの。」

「可愛いと思うよ。」

「足手纏いなだけだ。」

「そう言う奴ほど親馬鹿になったりするんだよな〜いって!」

叩かれた頭を摩りながら体を起こすと、
容赦なく叩いてきたその大きな手を取った。

形を確かめるように指を這わせてから、
掌を自分の頬に押し当てて、そっと自分の手を重ねる。



「でも、まぁ、俺はね、」



骸がいればいいんだぁ、と笑った顔の輪郭が眩い光を受けて柔らかな曲線を描く。



そんな綱吉を見詰める骸も同じように光を受けて、
降り注ぐ温かい光の中で、とても穏やかに、微笑んだ。




09.07.07
一緒にお風呂入ったり、一緒に料理をしたり
骸は初体験な事ばかりですw
普通の幸せな生活を送って欲しいです。
でも何があるか分からないから、二人で手合わせも怠ってないといいですv
綱吉の命に関わる事なので綱吉専属家庭教師の骸は容赦ないと思います。
そして綱吉はメキメキ強くなっていると思います(笑)
手の掛かる子供たちはたまにパパとママが恋しくなって
お家に帰って来ます(笑)