驚きを隠せずに目を見開いて、酷く近い距離で骸が長い睫毛を頬に落としている。
唇が触れる直前に、骸の泣き出しそうな顔を見た。きっと自分も同じ顔をしてると直感的に思う。
骸の唇。
柔らかくて熱かった。
もっと触れてみたくて自らそっと舌先を伸ばし骸の唇に触れてみると、その舌先を捕えられ絡み合った。
ぬるりとする粘膜の感触に体が震えた。
そっと服の中に入ってきた骸の指先は熱の上がった皮膚には冷たくて、腹を滑って脇腹を辿るのがありありと分かる。キスの合間にも荒くなった呼吸を吐き出し合い、指先が触れる肌がひくんと動く。その指先が綱吉の下穿きのゴムを潜り腰骨に触れ、柔い下腹部を辿る。くすぐったいけど気持ちが良くて思わず骸の胸元をぎゅうと握る。それを合図のように触れられた体の中心はすでに熱くなっていて、綱吉はかあと頬を上気させた。
骸のことなんて言えやしない。自分はキスと愛撫と呼ぶには足りない触れ合いだけでこうなってしまったのだから。
恥ずかしくて俯くと体を抱き上げられてソファに寝かされた。
スプリングの軋む音と革の香りがした。
恥ずかしくて骸の顔が見れなかった。骸は自分の顔を見ているのだろうか。そんなことを思っていたら唇が重なって、綱吉はすぐキスに気を取られた。
骸とのキスが気持ち良くて嬉しくて気分が高揚していくのが分かる。常識も何もかも無視をして、溜まり始めた熱を解放して欲しいとさえ思っていた。思う、というよりは本能の部分でそれを願っていた。骸に、触って欲しい。
骸の唇が顎を食んで、首に落ちていく。巻くし上げられた服から覗いた平たい胸の先端を淡く吸われて、綱吉は体を震わせた。そこが唾液で光り、平たい胸の上で淡いピンクの小さな隆起が出来る。
荒い呼吸を吐き出して骸の頭を抱え込むと、応えるように骸が胸に柔く歯を立て吸う。ぞくぞくと体を這い上がる快感に綱吉は堪らず「あ、」と短く声を漏らした。恥ずかしくて頬を赤らめるけど、すぐに骸に触れられている事実の方に気を取られてしまう。
骸の舌先が腹の窪みを辿って唾液の跡を付けながら更に下りていく。綱吉は潤んだ瞳を切なげに細めた。降り止まない雨が天窓を打つ。
「んっ」
ねっとりとした熱い粘膜が綱吉のそれを包み込むと、綱吉は華奢な腰を跳ね上げた。反射的に開けてしまった視界の中で、下腹部に顔を埋める骸の頭が見えて、鼓動を刻む様に熱が上がった。
「あ、ん…っ」
あられもない声が自然と漏れてしまう。骸の唇が、自分を愛撫しているのかと思うと。
(…むくろの…くちびる…)
じゅ、じゅ、と勃ち上がったそこを往復する。気持ちがよくて溶けてしまいそう。
「むくろ…っ」
不意に起き上った骸は覆い被さるように綱吉の唇を吸い、ぬるりとした綱吉のそれを掌で包み上下に扱った。くちくちと粘着質な音が静かに響いて、キスに夢中になっていた綱吉は不意に骸の胸元を引っ張った。
微かに離れた唇の間で綱吉が瞳を閉じたままぽつりと言う。
「…むくろに触りたい…」
くい、とシャツを引くと、同じ様に頬を淡く上気させている骸は体を起こすと静かにシャツを脱ぎ落した。淡い水色に沈む部屋に、骸の締まった白い体が浮かび上がる。綱吉の鼓動はまた跳ね上がった。
「…君も」
ここにきて初めて骸が口を開いた。いつもの声よりほんの少し低い声に綱吉はどきどきとしたまま、捲り上げられたシャツを脱がしてくれる骸の手を見ていた。
ひんやりとした空気が肌を舐めるけど、体を倒した骸と抱き合って、重なった皮膚の熱さに眩暈がするほどだった。
肌を重ねたまま止まらないキスをして、骸の指先がそっと後孔に触れると、綱吉の薄い腹がひくんと動いた。
こつりと額を合わせてお互い目を閉じたまま、骸が静かに呟いた。
「…いいですか?」
こくんと頷いたのは、決して流された訳じゃない。
もっともっと、骸に触れて欲しいと思ったから。骸と繋がってみたいと思ったから。
緩やかに進入してきた指先は探るように優しい動きをして、始めは慣れない違和感に不安にだったけど、骸とずっとキスをしていたら、いつの間にか不安は消し飛んでいた。
初めてのことは怖い。でもどのくらいそうしていたのかも分からないくらい夢中になっていて、じんわりと熱を帯びる後孔に骸のそれが宛がわれても怖いと思わなかった。
むしろ早く繋がりたくて、無意識に足を骸の腰に擦り付けた。
「いいですか?」
キスの合間に骸が柔らかく問うから、綱吉はキスをしながら何度も頷き、骸を抱き締めた。
骸の熱が強く押し付けられて、大きく開かれる感覚が少し痛かったけど、先端をすべて飲み込んだところで骸が動きを止めてくれたので、慣れるまでまたキスを繰り返した。
骸の熱が体の中にある。
重なった熱い肌の間でじんわりと汗が滲んでいく。ソファを軋ませて骸のそれが綱吉の中を割拡げていく。その頃には痛みは少しも感じなくて、それどころか骸の熱が体の中で擦れる度に震えるほど気持ちが良かった。
「あ、あ、むくろ…っあ、ああっ」
骸の濡れた吐息が耳元で溢れる。熱が、体の中を擦る。重なって擦れる皮膚がまた熱を生む。
「むくろ…っ」
ずるりと引き抜かれた感覚に綱吉はまた体を震わせ、骸は綱吉の腹の上に吐精した。
熱い精液が脈を打って吐き出されると綱吉の皮膚の上に熱溜まりを作って、綱吉は吐精する気がなかったのに意識が白み、気付くと吐精していた。
骸は頬を赤らめふるふると震える綱吉にキスをした。そこからまた終わらないキスが始まる。
じんわりと意識が覚醒を始めてゆるゆると瞼を持ち上げると白いシーツの波間にいた。
無意識にころんと転がって横を見るが骸はどこにもいなかった。ぼんやりと、まだ薄暗い部屋の中でトレーニングウェアを着た骸の背中を見た記憶がある。
「…」
(走りに行ったんだ…元気だな…)
うつ伏せになって顔だけを横に向け、まだ起き切らない思考の片隅で思った。
あの後もう一度、今度は時間を掛けてゆっくりと交わった。
終る頃にはすっかり体力を使い切ってしまって、骸の体温が心地いいのもあって、骸に凭れたまますっかり眠ってしまった。だから骸がベッドまで運んでくれたのだろう。隣で眠っていた跡もある。
年の差がこんなところで出たと思うが、そもそも体力が端から違うのかもしれない。
じんわりと布団の中が温かい。綱吉は足の先をゆるく擦り合わせた。
体の奥がじんじんと幸せに痺れている。
幸せだなぁ、と思う。出来ることならこの幸せの余韻をずっと引き摺っていたい。
お互いぎこちなかったけど、骸の掌は限りなく優しくて、それが嬉しくて、幸せで、気持ちが良くてそれで、骸に対して溢れてくるのは愛おしさだけだった。
骸とのセックスはまるで、心を繋げるために体を繋げているようだった。
幸せだなぁ、と綱吉は惜しみなく思う。
天窓の外の雲は相変わらず低く垂れ込めているけど、どうしたってそれすら幸せな朝の光景にしか見えない。
(…オレ…ホモだったのかな…)
そうは思うが試しに前の会社の後輩を思い浮かべてみる。もし彼に馬鹿にされたら同じ様に寝込みを襲ったりするだろうか。
「…」
想像してみて綱吉はげっそりとした。
(…無いな〜…)
ちょっと考えてみただけで相当気持ち悪くなる。けれど骸の顔を思い浮かべると途端に恥ずかしくなって枕に顔を埋めた。
(ああオレ、骸のこと好きだ)
思い至ってしまえば酷く簡単な答えで、始めからそこにあったようにすとんと胸に落ちてきた。落ちてきたら胸の奥で温かな熱に変わる。
心も体もじんわりと熱くなった。
綱吉はそこで初めて物憂げな溜息を落とす。
骸も、同じ気持ちだったらいいのに。
綱吉ははっとして目を見開くと枕に顔を押し付けていやいやいやと首を振った。
(…お、男同士だし…別にそんな付き合うとか、そんな、そんなのないよな…?)
顔を赤らめ起き上るけど、やっぱり幸せな気持ちは消えなかった。素肌に滑る上掛けはとても温かい。
骸に触れたこの体が愛おしい。
上掛けも肌蹴けベッドの上のあられもない姿の自分が鏡に映った。けれど恥ずかしいと思う前に映った首元と、胸の脇に、骸がつけた痕があるのに気付く。
綱吉はゆるりと瞳を滲ませてその痕を辿った。骸の唇が触れた場所が形で残っているなんて。
座り込んだままそっと手を滑らせると、かさかさと皮膚の引き攣れる感覚がありふと視線を落とすと鎖骨の辺りから下腹部の辺りまで、薄く乾いた精液がこびりついていて、綱吉は白目を剥きそうになった。
明るい場所だと余計卑猥に見える。
(骸が帰って来る前にシャワー…!)
慌ててベッドから降りると布団に絡まって床にべちゃっと落ちる。
「うぐ」
這うようにしてシャワールームに行くが、扉を開けると骸の匂いがして思わず閉めた。
じわじわと頬が熱くなる。骸の引き締まった体を思い出してうわあと首を振った。
時計を見るとそろそろ朝食を届けにオーナーが来る頃だ。凪も起きる。その前にいつも借りている一階の父親のバスルームを使うことにした。
急いで服を着て転ばないように気を付けながらバスルームに駆け込んだ。
洗い流してしまうのがもったいないような気になって、また慌てて首を振ると蛇口を勢いよく開いた。
骸は滲み始めた雲の下でいつもより速いペースで走っていた。ふと足を緩めるけど赤くなった頬を誤魔化すようにまた走り出す。
バスルームを出ると、ふんわりといい香りがして食器を並べる音がして、リビングから凪がちょこんと顔を出して綱吉に駆け寄る。
「おはよう、ツナ君」
「おはよう」
おはようのハグを受けるためにしゃがむと、凪がいつも通りぎゅっと綱吉に抱き付いた。
「…」
抱き付いてふと体を離すと、凪はじっと綱吉を見てまた抱き付くが、また体を離しじっと綱吉を見た。
無垢な瞳が何か悟っているように見えて綱吉は慌てた。
「な、凪ちゃんどうしたのかな…!」
「ツナ君」
「ごめん…!!やっぱり言わないで…!!」
「今日は走りに行ってないんですね。おはようございます」
「あ!オーナーさん、おはようございます」
「桔梗で結構ですよ」
主に綱吉の騒がしい声に顔を覗かせたのは朝食の準備をしていたレストランのオーナーだった。
直々に来るくらいだから相当親しいんだろうなと思う。そんなことを思って華麗な手付きで盛り付けをしている桔梗をぼんやりと見ていると、視線に気付いた桔梗は緩やかに微笑むと指で首をとんとんと指した。
「?」
「教育に良くないですねぇ」
綱吉はかあと頬を上気させ慌てて首を押さえた。瞬時にだらだらと汗が噴出す。
でも確かキスマークは首の付け根あたりと胸元にしかなかった筈。首が隠れる服を選んだし、バスルームを出る前に見えていないか何度も確認した。
今度は桔梗の視線に気付いた綱吉は顔を上げて、桔梗の冷やかすような笑顔にはっとした。
「実に分かり易い」
はっと視線を落とせば凪も綱吉をじっと見ている。頭を抱えたくなった。
桔梗も結構な美形だが、骸と同様性格の癖が強い。凪を素でリトルプリンセスと呼ぶ辺りからもそれが伺える。美形ってそんな人ばっかりなのかと偏見を抱きそうなくらいだ。
「桔梗さんも一緒に食べて行きませんか?…って言っても桔梗さんが作った料理だけど」
玄関まで桔梗を見送りながらもごもご言うと、桔梗は「ではその内」と好意的に微笑む。けれどもその笑みがすぐさま意味深長なものに変わる。
「今日は、ねぇ。ゆっくりしたいでしょうし」
「あのどこまで分かって言ってますか…!!!」
「それは」
「やっぱり言わないでください!!!」
知りたいけど知りたくないという悶々とした気持ちを抱え、凪にもじいっと見詰められ、意味深長な笑みを浮かべる桔梗をぎこちなく見送るとリビングへ戻ために踵を返した。けれどもすぐにがちゃと音が鳴って玄関が開いたので振り返る。
「忘れ物です、か」
玄関を開いたのはジョギングから帰って来た骸だった。
綱吉にとっては不意打ちだった。間を開けず玄関が開いたのでてっきり桔梗が忘れ物でもしたのかと思ったから。
思い切り、正面から目が、合った。
二人は目を見開き合い、頬を染め合うと、ぱっと顔を逸らした。
綱吉は骸に背を向け近くにあった観葉植物の葉をいじり始め、骸はスニーカーのひもを解き始める。凪はそんな二人を交互に見遣る。
「ご、ごめん…桔梗さん来てたから…忘れ物でもしたのかと思って…」
「え…?あ―…ああ、そこで会いましたよ」
凪はどことなく余所余所しい二人を交互に見ている。
骸はぱっと立ち上がると迷わず階段へ向かったので、後ろを擦り抜ける気配に引っ張られるように綱吉は振り返った。その頬は淡い色をしている。
「ご飯は…?」
「…後で食べます」
振り返らずにそう言うとそのまま足早に階段を上って行きそうになったが、凪が「骸様」と呼び止めた。
「何ですか?」
「良い事を思い付いたんです」
「良い事?」
凪は緩く振り返った骸の手を引っ張った。骸は不思議そうにしながらも引かれるまま歩き、辿り着いたのは観葉植物の隣に佇む綱吉の元で、凪は綱吉の手を取ると骸の手と重ねた。
「骸様とツナ君が結婚したら、私はツナ君の妹にもなれます」
はっと顔を上げるとまた二人は思い切り目が合って、かあと頬を上気させると、骸は何も言わずに階段を駆け上がって行った。
「行っちゃった…」
「凪ちゃん…!」
頬を真っ赤にしてわたわたする綱吉を、凪はほよんと見上げる。
「あ、あのね、結婚って言うのは、その、男同士じゃ出来ないんだよ?」
「日本では無理。でも世界は広いの」
綱吉は真っ赤に染まった顔を両手で覆って隠れてしまった。
凪をバス停まで送って行っても骸は部屋から出て来る気配もなく(正確にはいってきますと凪が言ったら階段の途中まで降りて来て足だけ見えた)戻って来ても骸の分の朝食だけがぽつんと残っている。
(た、食べないのかな…)
「…」
持って行こうかとも思ったがさっきからもうずっと頬がじんじんと熱い。こんな調子で顔を合わせたらまとも話せる気がしない。骸も何だか様子が変だし、顔を合わせ辛いのだろう。
そこで綱吉は外に出ることにした。
「あー…そうだ、庭の掃除でもしようかなー!!」
階段の上に向かって大きな独り言を言って不自然に外に出て行く。
庭の隅の用具入れで箒を見付け何となく庭を掃く。この季節は落ち葉すらないので掃除のし甲斐が少しもないが、目的はそこではないので綱吉は落ち着かない気持ちで箒を動かす。
ちら、とリビングの方を盗み見ると、もうすっかり身支度を整えている骸が朝食を取っていた。出掛けるのかなと思ってからふと我に返る。
(あ…そっか、大学…)
骸が大学生だという事実すら忘れかけてしまうほど、思考は大忙しだった。
綱吉は無心にしゃかしゃかと箒を動かす。顔を合わせるのが恥ずかしいがずっとこんな状態でいられる訳もない。何だか嫌で避け合っているような気がしてしまいそうだ。
(きっかけ、きっかけ)
「寒くないんですか?」
どうやって話しかけようと悩んでいると不意に背後から骸の声がして、綱吉は慌て過ぎて箒を取り落とした。骸がその箒を拾うのを視界の端で捕らえて、どきどきと煩い鼓動を意識しないようにするのが大変だった。
そんな綱吉をよそに骸が箒とコートを差し出してきたので、はっと顔を上げるといつもの憮然とした骸の顔があって何だか安心した。
「あ、ありがとう…」
気付けばコートも着ないで外に出ていたので、体が冷え始めていたから素直に受け取った。骸はもう大学へ向かうようで、コートを着て鞄も持っていた。ちょっと寂しいと思った。
「馬鹿は風邪引かないと言いますが、風邪を引く馬鹿もいるそうなので」
「オレのこと言ってるのか!?」
「他に誰が?」
くそ、と呟いて掴み合うのですら骸の体温を意識してしまう。
2011.2.25