翌朝、雪は足首の辺りまで積もっていた。のにジョギングに強制的に連れて行かれた。
でも朝日に煌めく雪が綺麗だと思った。張り切ったけど力尽きて結局最後は骸におんぶして貰って帰った。

家に着くと桔梗がいつもより早く来ていて骸と綱吉をニヤニヤに近いニコニコとした笑顔で見守るようにしていた。骸も何か感
じ取ったようで伏し目がちに桔梗を見やっている。綱吉は居たたまれない気持ちで頬を染め俯きがちだ。

「早く帰ってください」
「冷たいですねぇ。沢田さんは朝食に誘って下さったのに」

ねぇ、と急に話しをふられて綱吉は思わずビクンと体を跳ね上げて、ええまあアハと頬を赤くしてもごもごした。

「今日は帰りますよ。邪魔なんて野暮なことは出来ませんので」

意味深長をそのまま乗せたような笑みの桔梗にかぁと頬を染めたのは綱吉だけじゃなくて、だから綱吉はもっと頬を赤くした。
桔梗はハハンと笑って華麗に身を翻し、心臓が煩くなるような空気だけを残して帰ってしまった。しかも凪がリビングの入口から顔を覗かせて嬉し
そうに見ている。

綱吉は真っ赤になった顔を掌で隠した。ぎこちなくムズムズする空気の中で凪だけが嬉しそうにしていた。バターを取ろうとした綱吉の手と骸の手がぶつかってお互いぱっと手を引く。凪が大きな目を嬉しそうにキラキラさせるからもう居たたまれない。恥ずかしくて仕方ない。
骸の方なんて見れやしない。

なぜか恥ずかしい朝食を終えて一人残ったリビングで綱吉はお腹をさすった。

(なんかモタモタする…)

痛い訳じゃないし気持ち悪い訳じゃないけど、少しばかりの違和感がある。
少し眉尻を下げて下腹部をすりすりしていた綱吉はふと昨日の夜の事を思い出した。

(…中で出したから)

そこまで思ってかぁと頬を熱くした。あの時は骸で頭がいっぱいで何も考えられなくなってしまうけど、冷静に思い返してしまうと恥ずかし過ぎる。
昨日骸に言った言葉を思い出してしまい、綱吉はうわぁと思考を追い出すように頭を振ってテーブルに突っ伏した。

(…これって出した方がいいのかな)

「…」

もちろんそんな知識はないので、のろのろと体を起こしてパソコンの前に座った。人差し指を電源に伸ばしてからふと我に返る。

(いやいやいやいや何を調べようとしてるんだ…っ)

真っ赤になり頭を抱えてうああああと丸まった。丸まってふと顔だけを上げ振り返ると、凪がじぃっと綱吉を見ていた。

「凪ちゃん…っ違うんだこれは違うんだ!!」

何が違うのか自分でもまるで分からないのだけど、凪の無垢な瞳に何を調べようとしていたのか見透かされているような気がして必死に手を振った。

「何してるんですか」
「な…っお前の」

じぃっと見る凪の瞳に綱吉はまた丸まった。

「出掛けますよ。さっさと支度してください」

綱吉は自分に言われているとは思わなかったけど、骸は凪にそんな言い方はしないので試しに顔を上げたらやっぱり綱吉を見下ろしていた。

「…あ、え、いってらっしゃい…?」

少し躊躇いがちに言うと、顔にバサリとコートをかけられた。

「行きますよ」

はっきりと言い切られて綱吉は目を丸くした。近くで凪がコートを着始めている。

「いや!オレ今日面接だし…!」
「ああ、心配しなくていいですよ。断っておきました」

にっこりと音が聞こえそうなほどの笑顔で骸は言う。

「な…っ何してくれてんのー!?」

綱吉の絶叫を物ともせず、骸は瞼を半分落とした。

「どっちにしろ受かりませんよ」
「な…っおま…っなあ…!」

あんまりな暴言に口をパクパクさせた綱吉を鼻で笑って、骸はもう一度コートを顔に投げた。

「早く、行きますよ」
「ど、どこに…」

すっかりコートを着込んだ凪が綱吉の腕をちょいちょいと引っ張った。はっと顔を上げると凪がふにゃんと笑った。

「遊園地」
「遊園地!?」

オウム返しの素っ頓狂な声を上げた。

「でもさ…!ちょっとだけど雪積もってるし、わざわざ今日行く物好きなんて」

そこまで言って綱吉は「あ」と短く声を上げた。骸はにこりと笑う。

「君にしては察しがいい。だから行くのですよ」
「空いてる」

なるほどーと綱吉は頷いた。



止めて〜と綱吉の情けない声が園内に響く。

一緒に行ったのは海の側の小さな遊園地だった。予想通り人は疎らで並ばなくてもすぐにアトラクションに乗れた。凪でも乗れる程度のものばかりなのだが、ジェットコースターが大の苦手な綱吉にとっては恐ろしい絶叫マシンだ。しかも並ばないで乗れてしまうので、凪も骸も嬉々と綱吉の手を引っ張って何周もする。その度に綱吉の止めて〜というか細い魂の叫びが響いた。

次に手を引っ張って行かれたのはコーヒーカップ。
遠心力で体を起こせないほど回され、仰け反るようにして骸と凪の楽しそうな声を聞いた。降りると世界がぐるんぐるんしていて当たり前のように地面とこんにちはをし、四つん這いになった。

「な、凪ちゃん大丈夫…っ!?」
「大丈夫」

ついに綱吉はころんと転がってしまう。

「君が大丈夫ですか?」
「お前の…っ」

呆れた声と一緒に差し出されたのは大きな手。綱吉は目を見張った。

「メリーゴーランドに乗ってくる」
「凪ちゃん一人で平気…!?」
「平気」

すぐそこのメリーゴーランドに向かってたたっと駆け出した凪は疎らな列と一緒に乗り込んでいく。
綱吉はゆったりと頬を淡く染めて俯きがちに、冷えた地面についていた手をそっと伸ばした。
耳当ての下の耳もきっと赤くなっている。

淡い光の下で伸ばした指先が、差し出された骸の手をきゅっと握った。

メリーゴーランドが優しい音楽と一緒に回り始める。

確かな力で引き起こされて、その頼りになる腕にどきりとする。まだ少し回る視界をしっかりと抱き止められて胸がきゅうと鳴った。

「大丈夫ですか?」
「う、うん…」

絡めた指先にぎゅうと力を込める。骸は驚いたようだったけど、間を置かずに握り返してくれた。力を込め合った分だけ、胸が締め付けられる。
そのまま手を繋いで、メリーゴーランドの柵まで歩いて行った。
女の子に間違えられる時があるから別にこのままでもいいやって、恥ずかしさを誤魔化すために投げ遣りに思う。


白馬に乗った凪が嬉しそうに手を降る。

「僕と凪は血が繋がってません」

行き過ぎた柔らかい光景を目で追って、手を振り返していた綱吉は、はっと骸を見上げた。

思った以上に穏やかな顔をしていた骸に綱吉は瞳を揺らしてから微笑んだ後、わざと気難しい表情をした。

「どうりでな。あんなに素直な子が骸の妹な訳ないよなひたひ!」

ぎゅうぎゅうと頬を引っ張られて腹も立ったけど、骸がすぐに離したし何だか嬉しそうにも見えたのでまぁいいかと思った。
繋いだ手はまだ離れない。

「もっと言うと僕も凪も両親と血が繋がってません。両親が子供に恵まれなくてね。それで養子を」

ゆらゆらと揺れる骸の睫毛に乗る光はとても優しくて少し見とれた。

「小さい頃に聞かされましたが、僕は余計に両親への信頼を強くしました。血が繋がってなくてもここまで愛情をくれるのかって。だから産みの親のことは正直どうでもいいです」

もうこれ以上近付けないんじゃないかっていうくらい強く握り合っていた手の力がまた強くなって、胸が締め付けられるままに骸を仰ぎ見れば、いつの間にか骸は綱吉を見詰めていた。そして優しい光の中で骸は言葉を紡ぐ。

「だから、という訳でもないですし、家族に恵まれている僕が言ってもまるで説得力がないかもしれませんが、もう、あんな親のことは忘れなさい」

ゆったりと見開いた綱吉の瞳も、光を弾いた。

「家族はこれから、作れます」

瞳は静かに水分を孕んで揺れた。その視界の中で骸が優しく微笑む。

いつの間にか止まっていたメリーゴーランドから降りた凪が柵越しに綱吉と骸の腕をくいくいと引いた。

「あ、凪ちゃん…!」

綱吉は慌てて目を擦って、それでも手は離さなかった。凪は嬉しそうに笑う。

「一緒に乗ろう」

骸と顔を見合わせて微笑むと、凪のリクエストを受けて三人で馬車に乗り込んだ。

「骸様とツナ君はそっちね」

当たり前のように言って凪は片側の椅子を陣取った。恥ずかしかったけど少し古びた馬車はそれでも柔らかな光を乗せて優しく回る。

「写真撮る」

凪はポシェットからデジタルカメラを取り出した。

「使えるの…!?」
「当たり前でしょう」
「お前なぁ…幼稚園の子がみんな凪ちゃんみたいだと思うなよ!」

いつものように言い合っているとパシャリとシャッターを切る音が聞こえた。凪を見やると嬉しそうにカメラを差し出す。
綱吉は受け取ったカメラの画面を見てじわと頬を赤くした。

別に綱吉だって瞼を半分まで落としているし骸だって呆れたような顔をしているだけだし、甘い雰囲気なんて少しもないのだけれど、人から見たらこんな風に見えるのかと思うと何だか気恥ずかしい。

「これならスリッパの裏辺りに飾ってもいいですね」
「それ飾るって言わないだろ!」

掴み合いながらふと気付くと凪が小さい手で顔を覆った。

「ごめんね!本気で喧嘩してる訳じゃないよ!」

骸の房をぺっと離した勢いで強く言うが、凪はふるふると首を振った。

「私見てないから」
「え!?」
「さっき骸様がツナ君にプロポーズしてたし、私見てないからちゅうしてもいい」
「な…っちが、あれは別にプロポーズとかじゃ…!」

骸は真っ赤になってわたわたする綱吉の腕を掴んだ。はっと骸を見ると酷く真面目くさった顔をしていた。

てっきり、一緒になって否定すると思ったのに。


そんなに真面目な顔をされたら、まるで凪の言葉を肯定しているようじゃないか。


真っ赤になったままの綱吉は口を引き結んで、泣き出しそうなほどのくすぐったさを堪えた。

骸の顔がそっと近付く。

ふと視線を感じて目だけで凪を見ると、顔に翳され手の指は全開でその隙間から凪のキラキラした瞳が覗いている。

「な、凪ちゃん…!それ見えてるから…!」

凪は指を揃えて目を隠したが、しばらくしたらまた開いた。

「凪ちゃん…!」
「凪、こちらに」
「はい」

骸が指し示したのは骸と綱吉の間で、凪は素直にそこにちょこんと座った。
骸はふわっと凪の目を手で覆うと、目を丸くした綱吉にちゅと短いキスをした。
綱吉は真っ赤になって俯いて、その様子を見た凪はまた嬉しそうに笑った。

「そうだ、三人で写真撮ろう!」

恥ずかしいのを誤魔化すように言ってカメラを持ち上げると、すぐさま骸が奪い取った。

「君の短い腕では凪まで写りませんよ」
「何だと!」
「ほら笑って」

言われて反射的にカメラに向かってへらっと笑う。


三人で顔を寄せ合って笑う写真は温かな日差しに溢れていた。


「と言う訳で」
「で」

骸の語尾を真似た凪まで綱吉の腕をがっちり掴んだ。

「へ!?」
「ジェットコースター乗りますよ」

綱吉の顔は青ざめた。

「いやいやいやいやさっき散々乗ったじゃん…!!」
「乗ったうちに入りません」
「意味分からないんだけど!」
「ツナ君はもっと行ける」
「何について!?」


人が疎らな園内に止めて〜という綱吉の情けない声が響く。


2011.03.19