次の日会社に行くと、骸は来ていなかった。

いつも綱吉より早く来ているのに。

(・・・席外してるだけかな・・・)


一杯一杯考えて、分かった事があった。

骸はいつも優しくしてくれたから、甘えていた。

いつも好きだと言ってくれるから、どこかで安心していた。

骸のためだと言いながら結局は、逃げていただけだった。

もしも許してくれるなら、もう自分の事を嫌いになっていたとしても、
気持ちだけはちゃんと伝えたかった。


給湯室にいるかと思って覗いたが、電気が消えていた。

「沢田くん、沢田くん、」

「あ・・・おはようございます。」

「もう六道くんに訊いちゃった?」

「え・・・!あ、すみません、まだ・・・」

「ああ、あれね、もういいって。沢田くんにも好きって言っちゃうくらいだからもう諦めるってさ。」

「あ、そう、なんですか。」

どこかほっとしている自分がいて、
そんな自分に嫌気が差した。
骸はもう、自分の事をどう思っているか分からないのに。

「もう六道くんも本社に行くしね。」

「え・・・?」

「あれ?知らなかった?もう今日から本社よ。」

そういえば昨日、骸は何か言い掛けていた。
本社の人も来ていたらしいから、もしかしたらその事を言おうとしていたのかもしれない。

何て事をしてしまったのだろう。
別れの挨拶さえ、出来ないのだろうか。

「沢田くん?」

言葉もなく立ち竦む綱吉に不思議そうに首を傾げる。
はっと我に返ったが、上手く言葉が見付からない。

「え・・・あ、もう・・・来ないん、ですかね・・・」

結局出てきたのは本心だけだった。

どうかしらね、と返されて綱吉は何も言えなくなってしまった。



これでよかったのかもしれない。
その方が、骸のためなんだと思う。

悪戯に傷付けてしまうならもう、会わない方がいいのかもしれない。

けれど、胸の奥にじくじくと痛みがあって、
もう会えないのかと思うと、じわりと目が滲んだ。

(俺・・・勝手過ぎるよな・・・)

骸の席にはもう誰も座っていない。
骸はいない。


居た堪れない気持ちになって、一人屋上に上がった。

空は晴れ渡っていて、夏の訪れを告げていた。


携帯の番号は教えていない。
ずっと断っていたから。
骸から強引に押し付けられた番号は持っているけど
綱吉から連絡する勇気はなかった。


さわさわと髪を揺らす風はもう随分と湿気を含み、
日差しは強さを増した夏のものだった。


失恋をするにはあまりにも不釣り合いな季節だ。
可笑しくて笑えない。


はぁ、と溜息が聞こえてきて、
無意識に自分で吐いたのかとも思ったが
何となく視線を向けて綱吉は動きを止めた。


「ここにいましたか。捜しましたよ。」

「六、道・・・」


困ったように笑って、いつもの強引さは影を潜めて骸は、
ただぼうっと見上げてくる綱吉の隣に並んだ。


「何、で・・・?」

かさかさとペンキの剥げた手摺りを、思わずぎゅと握る。

「荷物を取りに。」

あっさりと言ってから、苦笑いをした。

「と、言うのはついでで、沢田さんに会いに来ました。」

「あ・・・、」

よく晴れた空は切ないほど青くて、骸の髪が優しく靡いた。

「あのまま会えなくなるのは、どうしても嫌だったから。」


もうすでに泣きそうで、でもちゃんと謝るまで我慢しようと思って、
でも今自分が上手く笑えてるか分からなかった。


本当は言いたくなかったのですが、と骸は苦々しく前置きをした。

「あの子が沢田さんの事をいいって言っていたから、それで・・・
こんな事を言って、沢田さんが彼女を意識してしまうのが嫌で言えませんでした。」


我慢していた涙がぽろぽろと溢れてきてしまった。
大きな目からぽろぽろ落ちる涙を見て骸は手を出し掛けたが、
少し躊躇ってから手を下ろした。


「・・・ごめん・・・」


何とか言葉を出したら堰を切ったように涙が零れて、綱吉は声を詰まらせた。
骸は釣られるように悲しい顔をして、それでも微笑んだ。

「返事は、分かってはいましたが・・・昨日も、あんなメールを送ってすみませんでした。」

綱吉は声が出なくて一生懸命頭を振った。
骸は優しいですね、と優しい声で言う。

違う、と言いたかったけれど、声の替わりに涙しか出てこない。


「・・・沢田さんに嫌われても僕は、沢田さんが好きです。きっと、ずっと。」


とうとう嗚咽を漏らした綱吉を抱き締めたくなったけれど、
抱き締めたらもっと泣かせてしまいそうで出来なかった。

「・・・じゃあ、僕はこれで。」

歩き出した背中に、掛ける言葉が見付からなくて、
綱吉は泣きじゃくりながら骸の背中に抱き付いた。

骸は体に巻き付いた華奢な腕に目を見張った。

「沢田、さん・・・?」

綱吉の一回り小さな手が、骸のスーツをぎゅうと掴む。

「・・・俺、だけ・・・?」

「え・・・?」

「好きって、言ってるの・・・俺に、だけ・・・?」

か細い声は涙に震えていた。

「・・・当たり前です。僕が好きなのは沢田さんだけですから。」

俺も、と小さな声が背中でした時には耳を疑ったけど、

「俺も、六道が、好き・・・」

はっきりと聞き取れた声に、それでもすぐには信じられなくて

「・・・本当に?」

綱吉は腕に力を込めて、何度も頷いた。

「いいん、ですか・・・?」

綱吉はまた、何度も頷いた。

「僕は、あなたを離しませんよ・・・?」

「いい・・・離さない、で・・・」

怖いとか勇気がないとか、そんな事は頭の中から消し飛んで、
怖いのはただ、会えなくなる事なんだと思った。

引き寄せられるままに腕の中に飛び込んで
その広い背中に腕を回した。


「僕と、付き合ってくれますか・・・?」


綱吉が頷くと、その唇が塞がれた。


柔らかくて温かくて、綱吉は溢れる涙を止められなかった。



好きです、と囁かれた言葉はただひたすらに甘くって、
ささくれ立った心もぜんぶ、溶かしてくれるようだった。



緑の頃を過ぎて夏が過ぎてもずっと、
この手が離れないようにと祈って、綱吉は骸の胸に顔を埋めた。






09.05.21
キリ番リクエスト
会社員パラレル 後輩×先輩
すれ違い→ハッピーエンドな骸つなで書かせて頂きました!
素敵なリクエストをくださった花鉛ありあさまのみ宜しければお持ち帰りください><
長くて申し訳ないです・・・orz
か、会社員って素敵ですね・・・(ry)///
はぁはぁしました。本当にありがとうございました!!
会議室で・・・とかも素敵ですよね・・・!(上擦り声)
人のいなくなったオフィスとかあのホントすみません黙ります(´`)