さらさらと噴水の水が風に靡く中庭を、骸が歩幅も大きく横切る。

その後ろを綱吉が追いかけている。

「骸、待てって」
「普通待てと言われて待つ人間なんていませんよ」
「普通待つだろ」
「君の普通に僕を当て嵌めるな」
「むしろお前の普通にオレを当て嵌めるな」

骸がぴったりと動きを止めたので綱吉は機嫌の悪い背中に思い切りぶつかった。

「ああ言えばこう言う。本当に可愛くない」
「自分の事言ってるのか?…」

綱吉は無言で両手を上げた。銃口が綱吉の眉間に押し付けられているから。

「そうだ」

骸はとても冷静な声で言って頬にかかる前髪を緩く払った。

「君を僕の部屋に監禁すればいいと思いませんか?」
「…思いませんが」
「…1週間、そうですね、10日も監禁すればみんな諦めるでしょう」
「オレを捜す事をか?」
「いいえ。君の生存です」

骸が楽しそうに目を細めるので、綱吉は頬を引き攣らせた。

「あのな、オレは曲がりなりにもボンゴレ]世だぞ」
「守護者に銃口当てられてますけどね」
「それはもう気付かないふりをする。ボンゴレのボスが10日間見付からなかったからってもう死んでるんじゃね?探さなくていいよね。次のボス誰にすっか〜、なんて事になる訳ないだろ」
「そう思ってるのは君だけですよ。3日も捜索されたらいい方じゃないですか」
「え、ちょっと泣きそう」

本当に涙目になりかけた綱吉は不意に体温に包まれた。

銃口を外した骸は上半身を屈める様にして綱吉を抱き締めて、首筋に顔を擦り寄せ瞼を落とす。そして溜息の様に呟いた。

「1か月も離れ離れなんて耐えられない」

綱吉は目を見開いた。骸の言葉はうっかり出てしまった様な響きで、もしからしたら骸自身声にした事に気付いていないかもしれない。
紛れもない本心に、綱吉は瞳を揺らした。

「…ほら、今までだって半年くらいオレと会わなかった事だってあっただろ。それを考えれば」
「一方的には見てましたけど」
「悪かった。だからそれ以上言うな」
「だって今は違うでしょう。ただのボスと守護者じゃない」

不覚にも綱吉の胸はさっきから締め付けられる一方で、呼吸さえままならない。

好きなんだよなぁと心の中で呆れて思って、骸の背中に手を添え様とした時頬に平手が飛んできて、目の前にお星さまが散った。

「野垂れ死ね!」

何が起きたかまるで理解出来なくて怒った目元のまま背中を向けて歩き出した骸の後ろ姿を、仄かに赤くなった頬を無意識に押さえながらぽかんと見ていた。
左右に揺れる骸の長い髪を見ながら、綱吉はゆるゆると眉を吊り上げた。

「お前…!」
「僕はお前と言う名前ではありません」
「子供か!」
「君の気持はよく分かりました」
「何が」
「君は僕を特別な存在とは思ってないようですね」
「どうしてそうなるんだよ」
「僕の言葉を肯定しなかった。死ね」
「する前にお前が暴走したんだろ!」
「死ねばいいのに。死ね」

スマートにすたすたと歩いていく骸を綱吉は懸命に追うが、不意にぴたりと足を止める。

「あ〜あ…そんな事言うなら死んじゃおっかなぁ…」

ちらりと睫毛を持ち上げると、視界の中で骸もぴたりと足を止めたので、綱吉は緩く骸に背を向けた。

「お前を置いて一人で死んじゃお〜」

子供っぽいとは分かっていても、強い歩調で歩み寄って来て掴み上げられた腕に喜びを感じてしまう。

綱吉は嬉しさに笑って顔を上げたが、すとんと真顔に戻った。

見上げた先の骸の表情は死ぬと言った恋人を引き止める様な繊細な表情ではなく、地獄みたいな苛烈な殺気を露わにしていた。
綱吉の頬がひくりと引き攣る。

「君の命を好きにしていいのは僕だけだ」
「そこ?お前が食い付くのそこなんだ?」
「ねぇ、煩いんだけど」

不意に空から降ってきた声に顔を上げると、二階の窓から雲雀が顔を覗かせていた。
ゆるりと振り返った骸と雲雀の目が合った瞬間、綱吉の背筋に悪寒が走った。嫌な予感がする。外れて欲しいけどそれすらもただの願望でしかない事をひしひしと感じる。

骸が「雲雀君」と名前を呼んだのが先か、雲雀が開匣したのが先か、どちらにせよ雲雀のリングが粉砕する音が聞こえた。

そんな全力で開けなくたって。

雲雀の指先から投げられた漆黒の手錠が骸の手に掴まれる様を動きを止めて他人事の様に眺める。

「借りは返してよね」
「ええ、もちろん。君に借りっ放しは癪なので」

完全に思考と動きを止めた綱吉は、雲雀が「沢田」と呼んだのでぎこちなく顔を上げた。

「出張、行けないかもね」

今にも吹き出しそうな空気で言って、雲雀はさっさと身を翻して窓の奥に消えた。

「ちょ、ヒバリさ!」

ひゅんと風切る音にはっと前を向けば骸は不気味なほど微笑んでいたから、綱吉はまた頬を引き攣らせた。
骸の指先で緩く回転を始めた手錠が、静かに数を増やしていく。
幻覚なのか、それとも増殖なのか。けれど今はそれは大した問題ではない。

「僕の前で他の男の名前を呼ぶとは、いい度胸だ」

ひゅんと風が切れる音がする。

口元まで引き攣らせた綱吉が弾かれた様に走り出して、骸はその後ろを嬉々として追い掛ける。


2011.07.29
結局イチャイチャしてるのかもw雲雀と骸の悪友コンビ好き!