!!死ネタ!!

*暗いです

*骸が酷い男です。違った意味でもどんどん酷くなっていきます。

*綱吉が病気で亡くなります。

大丈夫な方のみ、ご覧ください。





いつも柔らかく笑う瞳が、酷く真摯な色を宿す。

言い出したら頑固なところがあるのは分かっているから苛立った。

「それだけは。」

そう言って枕に沈めた頭を横に緩く振る。

いつもそうだ。

伸ばされた青白い手を苛立ちのままに払い落した。

大きな瞳が一度大きく瞬きをして、困ったように笑う。
まるであやすように。

そんなものは必要ない。
ただ、首を縦に振ればいい。

一回り小さな手が所在なく宙に浮いたままの僕の手を取った。

「ごめんな、骸。ありがとう。」

言って笑って瞳を閉じると、彼はそのまま動かなくなった。

体温を残す手が現実と認識させない。

彼は、綱吉はとうとう頷かなかった。

けれどまぁいい。
どんな形であれ、僕の目的は成された。


綱吉は謝る必要もなければ、礼を言う必要もない。
むしろ礼を言うのは僕の方だ。


だって、これで晴れて財産が僕だけのものになるのだから。




綱吉が余命を公言した日に、僕は彼に言い寄った。

実のところ、ずっとずっと彼の財産が欲しくて
けれどこれと言ったきっかけもないままだったから、都合がよかった。


綱吉は頑なだった。


警戒されているのかと思ったが、彼の言い分はこうだった。

『骸には未来があるんだから、前を見ていて。』


ばかな子。


周囲の人間は、特に綱吉の遠い親類が僕を財産目当てだと言って猛反対していた。
僕に自分たちと同じ匂いを感じ取ったのだろう。

それなのに綱吉は、そんな奴じゃないと言っていたらしい。
反対していた親類たちも金目当てで反対しているとは思っていなかった。


ばかな子。


気付かずに逝ったのなら、或いはそれは幸せなのかもしれない。

綱吉は頑なだった。
けれどそれでも愛していると告げた時、涙が頬を伝った。
まさか自分が涙を零す日が来るとは思ってもなかったが、結果彼は落ちてその日の内に籍を入れた。
自分の演技力も大したものだと思った。

親類の怒りとも落胆とも取れる顔を見るのは愉快だった。
そう、綱吉は僕を選んだのだから。


葬式の最中にケダモノと言われた。
「どっちが。」と返せば顔色を失くした。

ほら、綱吉。
人間なんて所詮そんなものだ。


けれどもまったくその通りだと思う。


郊外に屋敷を買って越したのも、誰も綱吉に会わせないようにするためだったから。
綱吉は誰の話しも聞いてしまうから、都合が悪いのだ。
余計なことを吹き込まれたら、せっかくの計画が台無しになる。


屋敷だって綱吉がいなくなれば売り払って、元の家に戻るつもりだ。
これから忙しくなる。


けれど意外だったのは、綱吉の古い友人に礼を言われたことだ。

彼らはもう少し聡いと思っていたが、どうやら買い被りだったようだ。


綱吉と同じように、すっかり僕に騙された。


教会の吹き抜けの塔に、鐘が響いた。


気付けば教会の中には誰もいなくなっていて、綱吉と二人きりだった。

傾いた陽がステンドグラスを通り抜けて降り注ぐ。


棺の中には真っ白なタキシードを着た綱吉が、同じように白い薔薇の花に埋もれていた。


タキシードは、二人だけで挙げた結婚式で着ていたものだ。
用途が違うとこうも違って見えるのか。


あの日の綱吉は、とてもしあわせそうに笑っていた。


人の死顔とはこんなに綺麗なものだっただろうか。
もっと、醜いものだと思っていたのに、
綱吉はただ、眠っているようだった。

体を屈めて鼻先を擦り合わせるようにしてからキスをした。

「綱吉、」

呼び掛けたが綱吉は目を開けなかった。


どうやら本当に死んでしまったようだ。

重ねた唇が、酷く冷たかった。





食堂を覗くと、綱吉はまだいなかった。

踵を返して今来た道を引き返す。


綱吉は、朝が弱い。

僕が起き出したのにも気付かないこともある。


眠っていても、どうしても具合が悪いとき以外は起こさなくてはならない。
あまり寝ていると体力がなくなって、かえって体に悪いと医者も言っていたから。

身支度を整えてから起こしに行くのは僕の役目。
古参の使用人でも、寝室に入られるのを恥ずかしがるから。


たまに、寝たふりをしている時がある。


でも綱吉は演技が下手だから、起きているのはすぐ分かる。

鼻先を擦り合わせるようにしてからキスをして、「綱吉、」と呼び掛けると
くすくす笑って目を開ける。

ばかな子だと、釣られて笑う。


今日はどっちだろう。


寝室の扉を開けると、緩やかな風にカーテンが舞った。

カーテンに弾かれた光がベットに落ちる。

ベットは、僕が起き出したままに窪んでいるだけだった。


そうだった。

綱吉はもう、いないのだった。



「お口に合いませんか?」

「え?」

不意に声を掛けられてスプーンが手から滑り落ちてカチャン、と耳障りな音を立てる。

「昨日もお召し上がりにならなかったので、」

使用人に心配そうな顔をされるが、そんな必要はない。

ただ、そう、食欲がないだけ。

それでも心配そうな顔をしているので、形だけでもとスプーンを口に運ぶが
スープは舌の上でざらざらと違和感を残すだけで味などしなかった。


何て、不味いのだろう。


「・・・すみません、食欲がないので下げてください。」

言って食堂を後にするが、背中に視線を受けているのが分かる。

そんなに心配をするなんて、愚かだと思った。


だって僕には、落ち込む理由なんてない。


寝室に戻っても、やはり綱吉はいなかった。

食事を終えたら少し休んで、庭を散歩するのが日課だった。

体調がいい時は、町の外れのカフェまで歩いて行った。

綱吉はあの店のハーブティーが大好きで、
早く早くと急かして僕の手を引く姿はとても元気に見えたのに。

庭に足を下ろしてふと顔を上げた。

木々の隙間から見える空は抜けるような青い空で不思議に思う。

なぜか、庭が酷く暗く見えるのだ。

生い茂る木々のせいだろうけれど、それにしても暗い。
土の小道を踏み締める、今日は水の香りもしない。


ここに越して来てから一度も庭師を呼んでいない。
綱吉は庭の手入れを嫌がった。

木は生きているから切ったりしたら可哀想だと言う。

花をつけない雑草も根から丁寧に抜いて花壇に植えた。

僕も何度も手伝わされている。


ばかな子だと思った。


草木に意志なんてある訳がない。
可哀想だと思う方が馬鹿げている。

綱吉はもういないのだから、鬱々と生い茂る木も草も
庭師に手入れをさせよう。
暗くて仕方がない。


ふと視線を落とすといつも綱吉と並んで歩いていた道に、雑草が生えていた。


いつの間にそんなに伸びたのか、風にその葉を揺らしている。

綱吉なら花壇に移すだろうその草はきっと花もつけない。

青々と生い茂るだけで花をつけない雑草も朝露を纏う姿が、
光に凪ぐ姿が綱吉は、綺麗だと言っていた。

「・・・。」


この屋敷はすぐに売り払うから、庭師を呼ぶまでもないか。

このままにしておこう。



何もする気がしない。

目的がなくなるとこんな風になるものなのか。
昼間なのに暗いから灯りを点すが、明るくなったようには思わなかった。


外を見れば晴れている。


さっきからぱらぱらと捲っているだけだった本を閉じて庭へ足を運んだ。

小さな苗の薔薇が小さな赤い花を咲かせている。

蕾に気付いた綱吉は花が咲くのを楽しみにしていた。

もう少しだけ頑張れば、この花の色を知ることが出来たのに。


ばかな子。


根から土ごと掬えば僕の手には小さかった。

ちょうど使用人が水とグラスを持ってきたので、グラスの中の水を捨てて薔薇の苗を入れた。

結露して曇るグラスの中に赤い薔薇が咲く。

「これを、綱吉に、」


使用人は悲しそうに濡れた瞳を伏せた。

「・・・骸さまが供えられた方が、綱吉さまはお喜びになると思います、」

供える、

「いえ、僕は・・・、」

そうだ、僕はもう演技などしなくていいのだから、そんな場所にも行かなくていいんだ。

「僕は、行きません・・・」


そんな場所、行かなくて、いい。



09.11.30