綱吉生前 綱吉視点
大きな手が俺の髪を撫でた。
うっすらと目を開けると朝の光が眩しくて思わずまた目を閉じた。
「お寝坊さん、起きて。」
ベットを軋ませて腰を掛けた骸は、うつ伏せで寝ていた俺の背にキスをした。
「・・・もうちょっと。」
「駄目。」
甘えて言えば骸は俺を抱き起こす。
温かな体温に緩やかに意識が覚醒していく。
緩やかな風に儚く淡かった湯気が光を弾きながら散った。
枕元に置かれた白い陶器のボウルに張った湯にオイルが一滴落とされて
白い陶器と同じくらい白く長い指がそっと湯を混ぜた。
ボウルの縁にきらきらと光が舞う。
「・・・いい匂い。ラベンダー?」
聞けば骸は緩やかに長い睫毛を持ち上げて微笑んだ。
「ええ。免疫力を高める作用があるので、綱吉にいいと思って。」
言って、俺が微笑む前に骸はその長い指を差し出した。
「綱吉、爪を切ってあげる。」
ちょっとの驚きと、くすぐったさで大きく瞬きをしてから、思わずくすと吹き出した。
「いいよ。自分で出来るから。骸はね、俺を甘やかし過ぎなの。」
声にしてしまえば更に可笑しくなって、シーツを震わせるようにして笑う俺に、
骸は不機嫌に口を引き結んだ。
子供みたい。
面白くて、また笑う。
「笑わないで。僕は真面目に言ってます。」
不機嫌な骸は、笑う俺の手を取る。
そっと持ち上げて、包み込むようにして、指の先までそっと辿る。
「大丈夫。壊れないよ。」
言えば骸は戸惑うように微笑んでから、手を、握った。
「綱吉を好きに出来るのは僕だけだと言ったのは、他ならぬ綱吉ですよ。
だから、君の爪を切っていいのも僕だけです。」
「自分で切るのも駄目なの?」
「駄目です。僕だけです。」
微笑んでいたと思った骸はいつの間にかまた不機嫌な表情で、
可笑しくて愛おしくて、俺は握られていた手を預けた。
「分かった。お願いするよ。」
骸が嬉しそうに笑うから、俺も釣られるように笑った。
「柔らかくしてから切りますね。痛めたくないから。」
まるで自分の手のことのように言って、白いボウルに指を浸される。
緩い熱に冷えた指先がじわりと滲んで痺れた。
骸の白い指が水の中で俺の指先を柔らかく撫でて、
静かな朝の部屋にちゃぷりと小さな水音を立てた。
ニッパーが、柔らかくなった爪を優しく切っていって
生命を終えた爪は、それでも骸は、丁寧にガーゼに乗せていく。
まるでそこにまだ、命が宿っているように。
「綱吉?」
意味も分からず滲んだ目元を誤魔化すように骸に抱き付いた。
温かな体温、穏やかな鼓動。
「ごめん、骸、ごめん、」
柔らかな笑い声が鼓膜を揺らす。
「理由が分からなければ、許しようがないのですが。」
大きな手が、また少し痩せた背を滑る、撫でる。
やさしい、あたたかい。
「記憶はちゃんと、薄れていくから、ぜんぶ消えて、無くなるから、」
不意に強張った手が背中を握る。
心臓まで掴まれたような強さ、苦しくなる。
「何の、話しですか・・・」
乾いた声の語尾は微かに震え、
「君は死ななければいいし、それに」
大きな手が、震えるような掌が頬を押し包むから顔を上げれば、
「君が死ぬなら、僕も死ぬ。」
色の違う瞳は、身を切るような懇願を乗せて睫毛を震わて、
白い肌を縁取る睫毛が静かに水分を孕ませて、ただ、俺だけを映す。
眩暈がした。
骸にとって、何が一番の幸せなのだろう。
いつも、いつでも、骸にとって一番の幸せを選んでやりたいけれど。
でも、
それでも、
「骸、それだけは、」
否定の言葉を唇に乗せれば、深い色の瞳は怒りにも似た絶望を露わに
一粒、涙を落した。
どうして、と呟いた唇にまたはらりと涙が伝う。
骸は涙を落したことも、その意味さえも気付かずにいる。
それならそのままで、気付かないでいて。
ああどうか、
この美しい瞳がもう悲しみに濡れることがありませんように。
願わくば、彼を待つ未来が優しいものでありますように。
どうかそんな悲しい顔をしないで。
何もお前を、捨てる訳じゃないのだから。
そんなこと、言うつもりはないけれど。
お前の幸せのためだったら俺は、何を差し出しても構わないと思っているんだ。
例えそれが、この身であったとしても。
骸、お前が生きて幸せになるというのなら。
一時の感情に流されることなんて、ないんだよ。
骸が俺にくれるほどの幸せを、お前に与え続けてくれる誰かと出会って。
お前を傷付けることしか出来ない俺を、薄情な奴だと思って、
そして、
忘れて。
2010.01.03
絶望的にすれ違っているoez
骸が恋に気付いていたら実力行使して、
そうなったら綱吉はきっと不本意ながらも受け入れて、許してしまうと思います。
でも骸は愛情を知らないで育った人だから、
自分に向けられる愛情にも気付かないし、自分の中の感情を知る由もない。
綱吉に恋をしてるから綱吉を欲しいと思うけど、
恋だと知らないから綱吉の後ろのあるものが欲しいんだと思い違いをしてしまい
けれども意識は無自覚に恋をしているから
綱吉を見る目は限りなく優しいし、行動もまた然り。
でも骸はそれが何か分からないから自分で演技なんじゃないかと思ったり、
綱吉は綱吉で「自分なんか」という生来の控え目な性格や劣等感から、身を引いてしまう。
でも綱吉のいない世界で骸はしあわせになんかなれない。
綱吉が何を差し出したって綱吉がいなければ何の意味も持たないことを二人とも気付いていない。
でも一緒に生きていた時間はきっと誰よりも幸せだったと思います。
あとがき長い・・・っ!!!