午前中の人気のない電車に揺られる。まだ薄く透明な朝日が濃い。

骸は麗らかな風景を愛でるでもなく手元の文庫本に視線を落としていた。
取り分け読まなくてはならない本でもなかったが、時間を潰すためだけに活字を目で追う。
窓から差し込む光がじりじりと背中を焦がす。でも春にはまだ少し遠い。

今日は気分が乗らなかったので学校はエスケープした。別に行かなくても授業に遅れない自信はあるし、ある意味では学校の授業も時間を潰すためだけに出席している。


骸は憂鬱からではない溜息を何となく落として睫毛を持ち上げた。


ふと気が付くと骸のいる車両には一人分ほど間を開けた場所に男子が座っているだけだった。ふわふわの甘い色の髪を陽に晒して、うとうとと船を漕いでいる。

骸はさして気にも留めなかったのだが、その男子の膝に乗せていた鞄がどっかりと床に落ちたので怪訝に思って横を向いた。
相当深く眠っているようで鞄が落ちたのにも気付かず船を漕いでいる。

「…」

男子は制服のネクタイを随分緩めて、大きなシャツに大きなセーターがぶかぶかしている。口元はヨダレが伝いそうなほどすやすやとしている。


随分間抜けな顔だなぁと思った。


でもそれだけで、別に鞄を拾ってやる義理もないのでまた手元に視線を落とすと、視界の端で妙に甘い色がちらちらする。
ふと横を向くとその男子の体が骸の方に傾いている。かくんかくんと座席を滑りながら骸に向かってくるので、骸は眉根を寄せた。

そしてとうとう骸に寄り掛かってきたのでぐい、と肘で押すと聞き取れるか取れないかぎりぎりの声で男子が「ごむにゃむにゃ」と言った。


骸はぱちりと瞬きをした。


恐らく無意識でもごめんと言おうと思ったのだろう。けれど眠気に勝てずに語尾が消えた。

「…」

骸は怪訝な顔のまま男子の顔を見ている。
すると男子はまたごにょごにょと唇を動かした。

「…だってさ…」

だってさ?
骸は心の中で繰り返して目を見開いた。

男子はどういう訳か泣き出しそうな横顔で、もごもごと続ける。

「…だって……オレ…たまねぎじゃん…?」

たまねぎ?しかも疑問形?しかも泣きそうになっている。
骸は興味深そうに男子をしげしげと見詰めた。

夢を見ているのだとしたら、どんな夢を見ているのだろう。

寝言なのは分かっているし、きっと目が覚めたら覚えていないだろうけど。

いつの間にか興味深く見ていると、ふと男子の表情が和らいだ。

「マヨネーズ派?…オレ…シャワー派…」

骸は思わずふっと吹き出して、慌てて口を閉じたが笑ってしまうのを抑え切れず口元を手で覆うと顔を逸らした。

マヨネーズとシャワーは比べられる位置にはないだろう。寝言に意味なんか求めてはいけないけれど、マヨネーズとシャワーって。

ぶ、と堪らず吹き出すと、不意に腕に重みが乗っかってはっとして横を向くと視界が甘い色に覆われて、顔中が擽ったくなった。

骸の肩に寄り掛かった男子の髪の毛に、顔を埋めるような格好になってしまった。


ふんわりと微かに香るシャンプーの匂いに、骸はどういう訳か慌てて顔を逸らしてしまった。


「…」

すやすやとした寝息を聞きながら、骸はどうしていいか分からずにぶっすりと前を向く。

(…あつい)


じりじりと焦げるのは陽射しにではなく腕に掛かる確かな重みと体温だった。


ずるりと肩から滑った体温を追うように視線を落とすと、男子は骸の膝の上に体を落とした。
目を丸くする間もなく男子は骸の膝に体を擦り付けるように体を反転し、骸の膝を頭の下に敷いてしまった。

骸は遠い目になり、もう言葉がなかった。


正面から見た男子の顔はやっぱり間抜けな顔で、ほっぺを赤くしてぐっすり眠っている。


ううんとぐずる声にはっと我にかえったはいいけど、男子の手がおもむろに自分の制服を脱ぐように持ち上げ始め、骸はばっと制服を押し戻した。
陽が差すし暖房も入っているから暑いのかもしれない。セーターの腕を捲ってやってから骸は遠い目になった。

何やっているんだろう、とは思ったけど、男子の表情が和らいだのでまあいいかと思った。

よく見たら男子の着ている制服は隣の高校のものだった。同じ駅だから、もしかしたら今までも擦れ違っていたのかもしれない。

骸はそっと体を屈めて鞄を拾い上げると座席に置いて目を閉じた。


この時間にいるということはきっとこの男子も学校をさぼったのだろうから、このまま終点まで眠って行ってしまってもいいかと思った。
時間なら、たくさんあるのだし。


終点に着いて目を覚ました時、この子はどういう反応をするんだろう。



そう思うと終点を待ち遠しくさえ思った。




2011.03.27
その後なんだかんだで連絡先を交換して放課後待ち合わせて一緒に帰ったり手が触れてどきっとしたりそんな思春期高校生ライフをエンジョイして欲しいなあああ!!!!はぁはぁはぁあ、もちろん最終的にはにゃんにゃry