性描写アリ
海沿いのカフェに来たのは二度目だった。
仕事帰りに少し足を伸ばして、夜のドライブがてら立ち寄ったのだ。
暗い車内では適当な音楽が流れていて、カフェのテラスでも似たようなジャズが流れている。
波の音が何度も届く。
骸と綱吉はテーブルを挟んで向かい合っているけど、目が合わない。
骸は何となく上空を見てしまうし、綱吉は俯いている。
気まずいのだ。
あの夜以降会ったのは初めてで、数日経っているというのにあの時の事がやけに鮮明に蘇ってしまう。
ちらと綱吉に視線を落とすと、綱吉はあからさまに気まずそうに頬を少し染めて俯いている。もしかしたら綱吉も同じ気持ちなのかもしれない。骸はまた上空を見詰めた。今度は綱吉がちらと視線を上げるが、骸は視線を逸らしているのでまた俯いた。
何を話していたのか思い出せない。クソどうでもいい話しすら思い付かない。
骸は斜め上に浮かぶ半月をじいと見ていた。こんなに月を見たのはもしかしたら初めてかもしれない。案外黄色い。
そこまで思って骸は口を引き結び、意を決する。
「沢田くん」
「な、なな何…!!」
綱吉が前のめりになりガタンとテーブルが大きく鳴った。
「…」
「…」
いつも通り間の抜けた綱吉に心のどこかで安堵しながら、骸は緩く口を開いた。
「……沢田くん」
「う、うん…」
骸はもう一度月に目を向けてから、綱吉に視線を戻す。
「……付き合いますか」
「え…!!」
目を丸くした綱吉に、骸は険しく眉根を寄せる。
「というか、お前に拒否権はない」
「え、ぇええ!え、え…え」
骸は更にむっと眉根を寄せた。
「えぇえぇ煩いんですけど。何ですか」
「や、あー…えっと…いひゃい!」
もごもごする綱吉に腹を立てて頬を引っ張ると、綱吉は涙目になりながら観念したようにぼそぼそと言った。
「あー…と、ごめん…オレ…」
骸は柄にもなく血の気が引くのが分かった。なぜ謝るんだ。
「あの…もう付き合ってる気でいたんだけど…!」
ごめん!と勢いよく頭を下げる綱吉に、骸は怒りすら覚えた。断られるのかと思ったじゃないか。
「紛らわしい言い方をするな!」
「え、紛らわし、え!?」
「ふざけるな!」
「え!?なんかごめん…!」
くそ、と骸は吐き捨てるように言うと綱吉の腕を掴んで強引に立たせると、そのまま腕を引いて歩き出した。
転びそうになりながら綱吉は骸の後をついて行く。
すぐ近くの駐車場にたどり着くと、骸は助手席に綱吉を放り込んだ。
「お、怒ってるよな…!」
骸はゆらりと顔を上げた。
「僕はもう、手加減するのは止めます」
影が掛かった骸の口元が緩く笑う。骸の向こうで月がやけに明るく見えて、綱吉はぶるっと震えた。
バタンと閉められた扉にビクッとして、車の前を回り込んで運転席に向かう骸を怯えた目で追う。
「え、あの、さ…勝手にそんな事思っててごめん…」
運転席に収まった骸に不安気に視線を向けた綱吉は、アクセルが急に踏み込まれた踏み込まれたので舌を噛みそうになった。
「本当にズレてますよね」
「え、ず、ずれ…?」
まったく何も分かっていないような綱吉に溜息を落とすと、綱吉はまたびくんとした。
「て、手加減しないって…」
「言葉の通りですよ」
「ぼ、ぼうりょくはやめよう…」
「暴力?」
骸は静かに綱吉を見てゆったり口角を上げた。綱吉はひくんと頬を引き攣らせた。
「暴力の方がマシかもしれませんよ」
「…!?!?」
声にならない悲鳴を上げた綱吉を無視して、その後何を言おうがわめこうが一切答えずに向かった先は、骸の家だった。
開き直ってしまえば、エレベーターの中でも心なしか距離を取っている綱吉を鼻で笑う程度には余裕が出来た。
玄関を開けると不安そうにしている綱吉を一気に引き入れた。
「うわぁ!」
焦って転び掛けた綱吉を抱き込むと、壁に強く押さえ付けた。
「ろ、くどうさん…」
明らかに怯えている綱吉が面白いのだけれど、一体自分をなんだと思っているんだと責め立てたい気持ちにもなる。
ガシャンと鍵を掛けると、押さえつけている綱吉の腕がびくんと動いた。
骸は気付かれない程度に口元を緩めてから、躊躇いもなく綱吉の唇にキスをした。
短くつけて離すと、薄暗がりの中で綱吉の瞳が驚いたようにまんまるくなった。
「これでも僕が暴力目的だと思いますか?」
「いや、え、と」
「まだ分からないですかね」
少し焦れて綱吉の腕を引っ張って部屋の中に入る。
綱吉は靴を脱ぎ損ねて突っかかるようにして部屋の中に足を入れた。
「うわ、ごめ、土足で…!」
慌てて靴を脱いで放る綱吉を一瞥する。
「まぁいいですよ。それも込みで覚悟しておく事ですね」
えぇ!と情けない声を上げた綱吉の腕を引いて、電気も点けずにリビングを横切って寝室の扉を開けると振り返った。
「もう分かりますよね」
綱吉は少しばかり及び腰のまま固まって、頬を真っ赤にして見開いた目で骸を見上げている。
少しばかり気分が晴れて、腕を離した。
「服を脱いでベッドに上がりなさい」
「ええええ!」
「えーじゃありませんよ。着衣プレイがお好みですか?」
「ちゃく…?」
きょとんを通り越して呆然としている綱吉に、骸はわざとらしくはぁと溜息を吐いた。苛々した訳ではない。自分が焦らされているような気持ちになっているからだ。
「いいですよ、脱がせてあげます」
いいながら服のボタンに指を掛けると、綱吉は大人しく外されるのを待っている。骸の指先をじぃと見つめる姿は子供のようにも見えて、急に抱き締めたくなってしまった。骸はそれを誤魔化すように綱吉をベッドに押し倒した。
うわぁと倒れ込んでもだもだする綱吉のジーンズを、情緒もなく下着と一緒にずり下ろす。
六道さん!と咎めるような悲鳴に似た声が響いたが、骸は気にもせず綱吉に覆い被さって唇を合わせた。
骸を非難するような声を上げた唇は、重なってしまえば大人しくキスを受ける。
舌を絡めながらまだ勃ち上がっていない綱吉をそれを掌に包んで扱うと、ゆるゆると形を変えていく。
ひくんと綱吉が皮膚を引き攣らせる度に体の奥がぞくぞくとした。
硬くなりきった所で手を離し、指先を綱吉の口の中に押し込んだ。
ぬるりと唾液を絡ませて、綱吉の後孔に指を添える。
綱吉はびくんと腰を浮かせて溢れそうなほど目を見開いた。
「ちょ、な、なに…!?な…!?」
綱吉はぱくぱくと口を動かしながら骸の手をどけようとするが、それは叶わなかった。骸がふと鼻で笑う。
「手加減するのは止めたと言ったでしょう。沢田くんとセックスする為にここを使います」
綱吉は心なしか顔色を悪くし、限界まで目を見開いた。その瞳の中で骸がにやと笑う。
「付き合うと言うのはこういう事もするんですよ。分かってた事でしょう」
有無を言わせない口調で言って、骸は指先を綱吉の中にねじ込んだ。
綱吉が腰を浮かせて低く呻く。
抵抗がないのをいい事に、骸は指を動かした。体の中はとても熱くて、思わず息を漏らす。
ぎゅうと目を閉じて耐えているのが可愛く見えてしまって、骸はほとんど無意識に頬に何度かキスを落とした。
柄にもなく気持ちが逸る。もっと時間を掛けて、むしろ焦らしてやろうと思っていたのに、我慢が効かない。
スラックスを緩めてきつく勃ち上がったそれを、綱吉の後孔にあてがう。
「ほ、ホントに挿れるの…?」
「痛くても我慢してくださいね」
「うう…おに…」
ぎゅうと目を閉じた綱吉にふと口元を緩めてから、腰を抱き締めた。
「…痛かったら、言ってくださいね」
どうしてか小っ恥ずかしくなって、耳元に顔を埋めて言う。
綱吉が頷くように腕を背中に回してきたので、骸は腰を進めた。
ぎこちなく広がっていく後孔にゆるゆると体が入っていく。
熱く纏わりついてくる中に骸は息を潜める。
「…痛くないですか?」
「ん…」
吐息のように問いかけると綱吉がぴくんと体を引き攣らせる。
骸は堪らず大きく息を吐いて、一気に奥まで入り込んだ。
「あ!」
悲鳴に似た色気のない声が綱吉の唇から溢れたけど、それがかえって骸を煽った。
「動きますよ…」
「んん…!」
狭い中をギチギチと動く。擦れる度にぞくぞくして堪らなかった。
綱吉は腰を浮かせてずるずると移動する熱に体を震わせる。
奥の方を先端で何度か突くと、綱吉のそれが腹の上で弾けた。
ぎゅうと中が締まって、骸も思わず吐精する。
吐き出した精液を奥に塗り付けるようにゆるゆると腰を動かすと、綱吉ははぁ、と濡れた息を漏らしたので堪らない気持ちになる。
まだ吐き出している途中で骸は綱吉をぎゅうと抱き締めた。
「うぅ…中で出した……どうなるの…」
頬を真っ赤にしながらボソボソ言う綱吉の奥を意地悪く突くと、綱吉は思いの他甘い声を漏らしたので、思わず頬をつねる。
「いひゃい…!」
「妊娠はしないんじゃないですか」
「……そりゃそうだけど…」
「もし妊娠しても責任くらい取って差し上げますよ」
何気なく言ったつもりだったのに、綱吉が驚いた表情をして恥ずかしそうに俯くものだから、骸まで恥ずかしくなって誤魔化す為にぎゅうぎゅうと強く抱き締めて顔を見えないようにした。
「…あのさぁ」
不意に綱吉がぽつんと言うので、骸は眉を持ち上げて綱吉に視線を落とした。
「オレ、付き合った事ないから具体的にどうしていいか分からないんだけど…」
ああ、と骸は低く声を零す。
「僕も付き合った事がないのでよくわかりません」
「ええええ…!」
勢いよく顔を上げた綱吉の頭が顎にぶつかったので、骸はごつんと綱吉の頭を叩いてまた抱き込んだ。綱吉が呻く。
「…何でそんな嘘つくんだよ…」
「嘘じゃないですよ。何故好きでもない女の為に時間を割いたり、機嫌を取ったりしなければならないのですか。面倒臭い」
「うわぁ……でも納得…」
綱吉がもぞと動く。まだ繋がっているからその振動が伝わってきて骸は思わず目を細めた。
「……じゃあオレとだったら…面倒臭くてもいいんだ…?」
裏を返せばそういう事なのだ。
珍しく勘のイイ事を言う綱吉に骸はむっと口を引き結ぶ。
まぁそうじゃないですか、と適当に言って骸は綱吉の背中を緩く撫でた。
ぎゅうと抱き締め返してくる腕に、胸が締まる思いをした。
朝目を覚ますと、綱吉がいなかった。
考えるより先に反射的に起き出してリビングに向かう。
姿が見当たらず廊下に出ようとした時に、綱吉と出くわした。
「うわぁ!」
お決まりで綱吉が悲鳴を上げる。骸はどこか寝ぼけたままで、ああいた良かったと思ったけど、出て来た言葉は「何ですか」だった。
「朝飯食べるだろ?冷蔵庫なんにもないからコンビニで買って来た」
言いながら綱吉は勝手にキッチンに入って行く。骸は何となくその後を着いて行く。
「料理なんか出来るんですか?」
「料理って言っても目玉焼きだよ!?」
言いながらパックの封を切って卵を取り出す綱吉を、壁に寄り掛かりながら見ていた。フライパンを持つ手はなかなか慣れている。
「…」
骸は親指を緩く口元に当てた。
「沢田くんは後どのくらいあの男の言いなりになるのですか?」
綱吉は骸の言う「あの男」がリボーンを指しているのがすぐに分かった。
言いなりではないけど…とぶつぶつ言いながら卵を割る。
「そうだなぁ…上に立つ男になるからには、下っ端の気持ちを分かってなきゃいけないっていう理由で今の生活してるから…うーん…オレが社長になるまで、とかかなぁ…」
「それなら、今住んでいる部屋を出るのも社長になってかた、と言うことでしょうか」
「うー…ん、そう、かなぁ」
自分で言って些かしゅんとした綱吉の後ろ姿をじいと見詰めるが、骸は「そうですか」とあっさり言って話題を止めた。
あまり時間を置かずにフライパンから更に乗せられた目玉焼きは、両面がきちんと焼かれていた。隣の更に乗せられた卵焼きは半熟のまま。
骸はパチンと瞬きをする。
「六道さんのは、こっち…」
綱吉は少しだけ恥ずかしそうに両面焼かれた目玉焼きを指す。
骸はもう一度瞬きをして思わず微笑む。
恋人になるという事は、こういうどうでもいい事で喜んだり、笑ったり、怒ったり、悩んだりする事なのだろうと、そう思った。
他人に振り回されるなんてごめんだけど、綱吉とだったらそれも悪くない。
綱吉がロッカーで着替えていると、リボーンがずかずかと歩み寄って来た。
「なんだよ、ご機嫌だな」
「え!?そ、そんな事ないよ…」
「首、痕ついてんぞ」
「…!?」
慌てて鏡を覗き込むが、首には何もついていない。綱吉はからかわれたとすぐに気付いてかあと頬を熱くする。リボーンがにやにやするので余計に恥ずかしかった。
「客が来るからちゃんとネクタイ締めろよ」
「あ、うん!最近遊びに言ってる会社の人だろ?」
「遊びに行ってんじゃねぇ!商談に行ってんだよ!」
「いて!」
リボーンに殴られて涙目になりながらも、慣れた手付きでネクタイを締め、ちらとリボーンを見た。
「……その人ってオレの教育係になるんだよな?」
「ああ。まぁ家庭教師みてぇなもんだな」
「…何でわざわざ他の会社の人を出向させるんだよ」
些か不満そうに言う綱吉にリボーンはにっと笑った。
「オレの人を見る目はすげぇんだぜ。あいつはお前を成長させるのに適役だ」
話しながらロッカールームを出て歩いて行く。
「そ、そんな人いるの?」
「いるぜ。特にツナには厳しいだろうな」
「えぇ…!何その人…!」
辿り着いた先の部屋の扉に手を掛けて、リボーンはもう一度にっと笑った。
「公私混同は嫌ぇだが、お前が早く社長になるなら万々歳だからな。あいつと利害が一致した」
ん?と首を捻った綱吉の視界の中で扉が開く。
見覚えのある後ろ姿に綱吉は目を見開く。
「今日からこいつがお前の家庭教師だ、ツナ」
ゆったり振り向いたのは、つい数時間前まで一緒にいた骸だった。
綱吉は目と口をだらしなく開いた。
「宜しく沢田くん。一日も早く社長になって、僕の部屋に来なさい」
骸の突然の宣言に頬を赤くして、「スパルタでいきます」と言う言葉に顔を青くして、リボーンの「オレの前でいちゃついたらボコボコだからな、ツナ」という言葉に叫びそうになった。
顔を青くしたり、赤くしたり、綱吉の表情は忙しい。
骸はそんな綱吉に上機嫌ににっこりと笑った。
2013.01.10
長々とお付き合いありがとうございました!