「おう、六道。今日も合コンか?オレも連れて行けよ」

擦れ違い際に上司のシャマルに声を掛けられる。
むっとして振り返るとシャマルも首だけで振り返っていて、にやにやと笑っていた。

「違います」
「ふ〜ん?そうか?」

じろじろと遠慮なく全身を眺められて骸はまたむっとした。

「じゃあ、デート?オレの目は誤魔化せねぇよ。女の子紹介しろよな」
「違うと言っているでしょう。仕事しろ」
「おいおい、上司に対する口の利き方も知らねぇのかよ」

大して気にもしていない様子で言ってシャマルはぼりぼりと頭を掻く。

「あんまり浮かれてんじゃねぇぞ、小僧」
「浮かれてません」

ぴしゃりと言って退けるものの、シャマルは取り合わずにひらひらと手を振って骸とは逆の方向に歩いて行った。
骸は鼻を鳴らして歩き出した。

(浮かれてなど、いるものか)

心の中で吐き捨てるように言って、外へ出た。
夕暮れの陽射しの中を歩いて行く。

浮かれてなどいる筈がない。

大きなトラックががたがたと横を通り過ぎる寂れたファミレスで男相手に夕飯を食べるだけの話しなのだ。
どこに浮かれる要素があると言うのだ。ひとつもない。

骸は道すがら心の中で繰り返し、足早に目的の工場地帯に向かう。

相変わらず埃っぽい道を、この場に不釣り合いのスーツで歩いて行く。

空の端にはまだオレンジが滲んでいる。薄い水色の空気の中でファミレスの電光看板がちかちかと瞬いて点いた。

骸は一度入り口で立ち止まり、そして少し重い扉を押し開けた。間抜けな電子音が鳴る。

いつも通り客はまばらで、いつも通り窓際の席で綱吉がメニューを真剣な面持ちで見つめている。

骸はまた少し立ち止まる。
綱吉が骸に気付く気配はない。

骸は綱吉の所まで一気に歩いて、座るのと同時に呼び出しのボタンを押した。

「え!?あ、えぇ…!」

間抜けな呼び出し音に被さって綱吉の間抜けな声が響く。

「六道さん…!」
「何ですか」
「ボタン…!店員さん呼んだ…!」
「どうせ頼む物はいつも同じじゃないですか」
「そ、そうだけど…!」

じゃあいいでしょう、と骸が緩く言い放つと店員がすぐ注文を取りに来た。
結局骸も綱吉も、いつもと同じものを注文する。

綱吉とここで会うのは4回目だった。

取り立ててこのファミレスの料理が美味しい訳ではない。不味い訳でもない。可もなく不可もなく、と言った所だ。4回目ともなると飽きて始めてくる。

じゃあなぜここなのかと言うと綱吉に合わせているからだ。
あまり洒落た所は落ち着かないから嫌だと言う。だからわざわざこんな所まで足を運んでいるのだ。

骸は自分の行動に首を捻る。

利害なく、ビジネス以外で、人に合わせる。

(どういう事なんだ…)

目の前の綱吉を無言で見る。

綱吉は早くも運ばれてきたハンバーグに視線を落としてにこにこしている。
だらしのない顔だ。
何がそんなに嬉しいのかにこにこにやにやしている。

「…」

骸は何でか面白くない気持ちになったので、普段はそんな行儀の悪い事は絶対しないのに、綱吉のハンバーグの上の目玉焼きを手に持ったフォークの先でつっついた。

「うわぁああ…あ…!」

綱吉の悲痛な声と一緒に黄色い黄身が鉄板にゆったりと流れて落ちて、じゅうじゅうと音を上げた。

「何て事を…!」
「形ある物はいつか壊れます」

骸は黄身の付いたフォークの先をちらりと舐めた。

「まともな事言ってるよ…」

綱吉は溜息混じりに言って、寂しそうにフォークをハンバーグに差し入れた。骸は鼻を鳴らし、上にかかっているソースだけが違うハンバーグにナイフを入れる。

何でもない味。何でもない風景。店の横をがたがたとトラックが通る。暮れていく透けた紺色の空に薄い三日月が浮いている。

「大体目玉焼きが半熟なのが意味が分からない」
「え…!?半熟じゃない目玉焼きって!?」
「ちゃんと裏返して両面焼くんですよ」

何も特別でも何でもない時間の中で話している内容と言えばこんなどうでもいい事ばかり。
いや、クソどうでもいい事だ。

半熟だろうが何だろうが人の趣味だからどうでもいいのに、綱吉とは酷く熱くこういうクソどうでもいい話をする。きっと今日はこの黄身の話しを最低30分はするだろう。

「でもさ、とろけた黄身が料理に混ざると味が変わって楽しめるし」

綱吉は下らない話題でも、まるで殺人の免罪で捕まって無罪を訴える人間のように必死に訴えてくる。

「変わらなければ楽しめないなんて、随分お粗末な味付けですね」
「う…っ」

だから骸はどうしてかいじめたくなってしまったりして、気付くと結構熱く語ってたりする。

「手も汚さず皿も汚さない方がスマートですよ」

本当にクソ、どうでもいい。

けれどつまらないのかと言ったらそうではない。

普段コンパなどで知り合う女性たちは、話題と言えば海外旅行で行った先の話しだったりお洒落なお店の話しだったりと、骸からしてみれば右から左に流れるほどクソどうでもいい話しに分類されるのだが、少なくとも卵の黄身の話しよりは身があると思う様になった。

でも、話してい退屈しないと言うなら、断然綱吉だった。

何が違うのか骸には分からない。
でもつまらないならもう会っていないだろう。

骸には何も分からない。

収穫は自分でも忘れていた事を思い出した。
今はそれなりに良い物を食べて良い物を着て、良い車にも乗っている。
だけど骸は本来どうでもいいものはどうでもいい。気にしないのだ。だから別にどこで食事をしようが何だろうが、どうでもいい。
良い物を身の周りに置いているのは仕事柄もあるし、そうしている方が待遇がいいからだった。

自分が纏っていたものがぽろぽろと剥がれていく感覚を覚えた。

10歳も年下の、ついこの間まで高校生だったようなアホ丸出しの綱吉にそれを思い起こさせられるなんて、腹立たしいのは腹立たしい。

綱吉といると腹立たしいのもある。

だからなんでこうまでして会っているのか甚だ疑問だ。

この4回の食事で進展したのは綱吉に敬語を止めさせた事。

だけど男相手に進展って何だ、と、ふと思う。

汗を掻いたグラスの中で溶け始めた氷がかたんと落ちた。
骸は気難しく眉根を寄せる。


不可解な事が多すぎる。


2012.06.06
続くよ!