パソコンを見ながら思わず溜息を零すと、隣に人の気配を感じて顔を上げた。
シャマルがデスクに寄りかかって骸の顔を覗き込んでいる。骸はぱちりと瞬きをした。
「ここミスしてんぞ。珍しいな」
目の前に付箋を貼った書類を置かれて骸はもう一度瞬きをした。
「なんだよ、ナナちゃんとうまくいってないのか?」
「!」
思わず素直な反応を示しシャマルを見上げると、シャマルはデスクにもたれたままニヤニヤしていたので骸は我に返ったようにむっとする。
誰にその名前を聞いたのかなんてそんなものは問い質さなくても分かる。少し離れた席に座る同僚にちらと視線を向けると欠伸をしていたのでぶっ飛ばしたくなった。
「オレに隠し事は出来ないぜ」
「……どうでもいいですが、うまくいってますよ」
ふ〜んと言ってニヤニヤするのがまた腹が立つ。
「相談くらい乗ってやるよ」
骸ははぁと溜息を吐いて、投げやりな気持ちでぽつんと言った。
「初めてやる時ってどうしたらいいんでしたっけ」
シャマルの事だからてっきり「愛を囁いてやりゃあいいんだよ」とか言い出すかと思ったのに、無言のままだ。
怪訝に思ってシャマルを見上げると、予想外に真面目な顔をしていて正直面喰った。
「何ですか…?」
シャマルは真摯な顔のまま空いている椅子を引き寄せるとおもむろに腰を下ろした。そして珍しいくらい深刻な目で骸を見る。
「救急車、呼ぶか」
「結構ですよ!」
再び予想外な言葉を食らって骸は吐き捨てるように拒否した。
「どういう事ですか!?」
「それを訊きてぇのはオレの方だろ!何を今更そんな事を…そんな事を…そんな事を…!」
「3回言うな!」
「まさかナナちゃんとまだなのか!?」
「だったら何ですか!関係ないでしょう!?」
シャマルはハッとして改めて骸を見遣ったので、骸は思わずぴくんと睫毛を揺らした。
「お前…本気なのか?」
骸は不覚にも睫毛を引き攣らせた。
「違いますよ」
「それ、ナナちゃんに聞かせられんのか!?」
「煩い!散れ!!さぼってるって支社長にチクりますよ!」
「そりゃまじぃだろ」
「だったら自分の席に戻ってくださいよ」
やれやれと言いながらシャマルは立ち上がった。
「いつでも相談に乗ってやるぜ」
「結構です」
ぴしゃりと言ってのけるもののシャマルは気にしていない様子で席に戻って行く。その背中を見ながら骸はもう一度溜息を落とした。
馬鹿な事を言ってしまった。
そりゃあ男同士なのだから、やるやらないの話ではないのだ。頭では分かっているはずなのに、シャマルなんかにも言わずにはいられなかったのは事実だ。
けれどそれならなぜキスをしたのか。
話はそこまで戻ってしまう。
(馬鹿らしい)
骸は無理やり思考を止めて席を立った。
オフィスを出て渡り廊下を歩いていると正面から見覚えのある人物が歩いてきたので、骸は思わず二度見した。
なぜここにいる。
骸が思わず眉根を寄せると、それとは反対にリボーンがにやっと笑った。
「よう!外道」
「…六道です」
リボーンは後ろに従えていた部下達を手で制して一人で骸に歩み寄った。その中にビアンキもいて、骸と目が合うと意味深長に笑うので、骸はまた怪訝に眉を寄せる。
「何してるんですか?」
「ああ?何もペットボトルばっかり売ってる訳じゃねぇんだぜ?ビジネスの話でわざわざ来てやってんだよ」
リボーンはにやにやしたまま骸の肩をぽんぽんと叩いた。
「じゃあな、外道」
「六道だ!」
リボーンは「そうだった」と軽く言って、眉をきつく寄せた骸を振り返った。
「おめぇに話があったんだ」
「え?」
リボーンの話は突拍子もないもので、何を企んでいるのかまるで分からなかった。
けれど保留にした自分もよく分からない。
無意識に溜息を落とし窓際に佇んだ。
空が青くて目に痛い。
骸はスーツの内ポケットに手を差し入れると携帯を取り出してリダイヤルを押した。ぷ、ぷ、ぷ、という短い電子音が聞こえて、呼び出し音が鳴る。
眼下に広がる街は太陽の光を反射していて、眩しくて目を細める。
骸はふと瞬きをした。携帯から呼び出し音が鳴る。
もう一度瞬きをしてから、呼び出し音が鳴る度に目を見開いていった。
ハッと我にかえると慌てて通話を切った。
骸は思わず口元を抑える。
呆然としていると手の中の携帯が振動した。
ぴくりと睫毛を揺らし視線を落とすと、液晶画面には「沢田綱吉」の名前。
骸はほんの少し息を飲むと、何事もなかったように通話を押した。
「…もしもし。ええ、かけました。用事…あー…次はいつ空いているのかと思って」
とりあえず予定を聞いて電話を切った。
骸は呆然としたままでいる。
電話をかけたのは完全に無意識だった。
2012.08.27
ふとした時に聞きたくなる声