裏会社社長×元債権者
永久就職しました。の後日談です




社長室のソファに腰を掛けた綱吉は、編み物に夢中になっている。


細い二本の棒を不器用に動かして、じりじりと目を近付けていく。

骸は綱吉には一切仕事に触れさせないので、綱吉はありあまる時間で編み物を始めた。

いったい何を編んでいるのかは、きっと綱吉自身にも分からないだろうほど歪な形をしているが
上手くなったら骸にマフラーを編んでくれるという。


例えそれがどんな形をしていようとも、骸はその日が楽しみでならない。


楽しみでならないからこそ、骸は悩んでいた。


骸は生まれて初めて悩んでいる。

綱吉に自分のしていることを、話すかどうかだ。

骸は自分が法律だと思っているから、法を犯しているなんて思ってないし
痛い目に遭うのは自分に合わせない方が悪いと思っている。

だから罪悪感なんて微塵もないのだが、綱吉から見たらどう見えるんだろう、と気になりだしたのだ。

綱吉は気付いていないようだが、ずっと一緒にいるからいずれは何か思うかもしれない。


この間だって社長室で綱吉の膝枕でくつろいでいたら興奮した部下が嬉しそうに飛び込んで来て
「社長、聞いてください!!とうとう(綱吉に聞かせたくないようなこと)してやりましたよ!」と、証拠の品(綱吉に見せたくないようなもの)
を誇らしげに出した。

部下は因縁浅からぬ事案に決着をつけられたことと、骸の役に立てたという自負から興奮していて
残念ながらまったく空気を読めていなかった。


骸は綱吉の膝に頭を預けたまま、その長い足で褒めてと言わんばかりの部下の横面を思い切り蹴飛ばした、ボールのように。


そのまま壁まで吹っ飛んでぴくぴく痙攣し出した部下は、呼び付けた他の部下たちに引き摺られるように撤退していった。

顔色を失くして慌てる綱吉に「あの男はマゾヒストだからああすると喜ぶんですよ。」と無理矢理納得させたが
お陰で骸の部下はマゾだらけなことになっている。

ああいう事態は一度や二度じゃないし、この先も綱吉が居合わせる可能性は高い。

だってずっと一緒にいるから。

幸いにも業界用語というものがあって、すべてが綱吉に伝わってしまう訳ではないものの、
「さっきのどういう意味?」と言って血祭りに上げろとかそういう意味の単語が綱吉の口から飛び出した日には
骸の手によって部下が血祭りになる大惨事も起きている。


骸のしていることを知ったら堅気の人間なら地の果てまで引くだろう。


それで綱吉が別れたいと言い出したら監禁するまでだから「別れ」なんて来ないのだけれど


でも、


「綱吉。」


呼ぶと綱吉は顔をぱっと上げて、骸と目が合うと頬を赤くしてふにゃっと笑った。


この笑顔を向けられなくなるのは正直、辛い。


すべてが強制から始まった関係だから、骸が綱吉に対して抱いているくらいの愛情を
綱吉が同じように抱いてくれているとは思っていない。

思ってはいないが、でも、


勘違い、していたいじゃないか。


寝惚けて擦り寄ってくる仕草に、触れると恥ずかしそうに頬を染める仕草に、
じっと見上げてくる水分を孕んだ大きな瞳に、自分と同じくらいの愛情が含まれていると勘違いしていたいじゃないか。

強制とは言え恋人同士なのだから、勘違いする権利はある。
他の人間が綱吉に好かれていると勘違いなどしていたら骨の欠片もこの世に残さないが。
と、まあこんな思考回路をしていても、綱吉が笑い掛けてくれなくなったらと思うと絶望的な気持ちになる。

「別れ」なんて来させないが、綱吉と出会う前の自分がどうやって生きていたのか思い出せないくらいなので
笑ってくれなくなるのは、物凄くキツイ。

それなら言わなければいい、とは思わない。
骸は綱吉とはずっと一緒にいるつもりだから、この先10年も20年も後になって綱吉が本当のことを知ったら、
歳月の長さの分、綱吉が傷付くような気がするのだ。

骸にとって嘘なんて、おはようおやすみくらい馴染みのあるものだが、綱吉相手だとそうはいかない。


だから、骸は悩んでいる。


本当のことは言う、それは決定なのだが、言ったことによって綱吉との今のこの関係が壊れるのが嫌だ。
八つ当たりで警察庁を潰して世の中を大混乱に陥れてやりたくなるくらい嫌だ。

だってどうしても綱吉を置いて出掛けなければならいない時は、意味もなく人間を足の下に敷きたくなるくらい、
実際敷いたりしているくらいすべてが疎ましく思うから、綱吉にそっぽを向かれた時にはどうなるのか自分でも分からない。

言いたいけど言うのを躊躇う自分に呆れる。
無意識に溜息を落としてふと隣を見遣ると、いつの間にか綱吉が立っていて心配そうに骸の顔を覗き込んでいた。

「大丈夫?何かあった?」

「綱吉、」

思わず細い腰を抱き寄せてそのまま膝の上に座らせた。
うわぁと驚いた声も気にしないでふわふわの柔らかい色の髪に顔を埋めた。

綱吉は背中を骸の胸に預けたまま、腹に巻き付いた長い腕を撫でた。

すりすり。

綱吉の手が慈しむように骸の大きな手を撫でる。

癒される。
もしかしたらこうしてくれるのも最後かもしれないから、と骸らしからぬネガティブな思考で
綱吉の頭にぐりぐりと頬を押し付けて目を閉じた。

「大丈夫・・・?」

心配そうな声に骸は体を起こして、自分の手を擦っている綱吉の手を握った。

「僕の、仕事のことなのですが、」

「うん?」

気付けば鼓動が速くなっている。
何ということだろうか、緊張している。

骸はひとつ溜息を落とすと綱吉の頭の上に顎を乗せて、手を握り直した。

「・・・一般的に言う法を、破っている部分があります。後で詳しく言いますが・・・
それのせいで、困っている人間もいるとは思います。」

骸は困るのは自分に合わせない方が悪いと思っているから、曖昧な言い方にはなったが
綱吉には伝わったようだった。

「・・・法律を破るのは、・・・よくないと、思う・・・」

「・・・ええ。」

「・・・人を困らせるのも、よくない・・・と、思う・・・」

「・・・うん。」

これはもう監禁だな、と思った時に綱吉の手を握っていた骸の手の上に、
もう一方の、綱吉の手が、重ねられて骸は目を見張った。

「・・・でも、俺の気持ちは・・・変わらないよ、」

「え?」

綱吉は体をびくりとさせて、慌てて骸の膝の上から降りようとした。

「ご、ごめん・・・!俺がそんなこと言ったら迷惑だよね・・・!!」

「待ちなさい。」

「うぐぅ、」

改めて綱吉の細い腰に腕を掛け直して膝の上に乗せて抱え込むようにした。

今とても耳に心地よい言葉が聞こえた気がした。

「・・・その言い方だと、君が僕を好きなように聞こえるのですが。」

「う・・・ぁ、」

言いあぐねるようにむぐむぐと口を動かす綱吉の頬は赤くなっている。
どうしても聞きたい。
幻聴ではないことを確認したい。

「で、でも言ったら、迷惑・・・だよね・・・?」

「なぜですか?」

ここまで言われたらもう答えは確実なのだろうけど、
それでも骸はなぜ綱吉は迷惑だと思い込んでいるのかが気になって仕方なかった。

誰かに何か吹き込まれでもしたのだろうか。
そんなことを言った人間は海に沈めてやる。

「書いて、あったんだ・・・本に、」

その本の出版先を潰してやろうと心に決めた。

「どの本ですか?」

「え!?」

思わぬ質問に、綱吉は慌ててポケットを押さえた。
分かりやすい。

「うわ、だめ・・・!」

制止しようとする手を捕まえて、骸はポケットの中に手を差し入れた。
すぐに指先に本の固い感触があって、迷わず持ち上げた。
ポケットサイズの小さな本にはこう書かれていた。


『社長の愛人になる方法』


「・・・。」


色々間違えている。


これはきっと水商売に携わる女性がパトロンを得るために参考にするような本だろう。
それなら確かに、愛人を何人も侍らせるような社長だったら、
あまり好き好きと言う重い女性は敬遠する、かもしれない。

いやでもだからって、それがすべてに当て嵌まる訳でもなし、
そういう女性の方が好きな社長だっているだろう。

それなのに綱吉は見たままぜんぶ信じている。
骸は綱吉を潰れるくらい抱き締めたい衝動に駆られる。

綱吉は間違いに気付いていないようで、本が骸に知られてしまったことに頬を染めた。

「・・・俺、付き合ったことないから・・・その、ちゃんと勉強しておこうと思って・・・」

「・・・僕のためにですか?」

「・・・うん、」

骸の膝の上にちょこんと座ったままの綱吉は、恥ずかしそうに俯いた。


これは、もしかしなくても、


「・・・僕のこと、好きですか?」


綱吉は本の言葉を信じ込んでいるようで、頬を染めたまま俯くだけだった。


やっぱりここの出版社潰してやろう。


「綱吉、この本は僕たちには当て嵌められません。」

「え!?」

驚いたように顔を上げた綱吉の目の前に、本を差し出す。

「確かに僕は社長ですが、ここ、」

骸の長い指が本の題を辿る。

「”愛人”、僕たちは”恋人”。それにもう恋人関係にあるのだから、”方法”を学んでも仕方ないですよ。」

「あ!そ、そうか・・・」

綱吉が堪らなく愛おしくなって後ろからぎゅうと抱き締めると、綱吉は息を詰めて耳の先まで赤くした。

「恋人は、好きと言い合うものですよ。」

その赤くなった耳にそっと口元を寄せた。


さっきとはまるで違う鼓動の速さに翻弄される。


「僕のこと、好きですか?」


視界の端で綱吉がふわふわと睫毛を揺らした。


「・・・うん、」

「ちゃんと言って?」

「うん・・・好き、」


小さな唇から零れた声に、骸は思わず体を起こして口元を手で覆った。


何ということだろうか。


勘違いじゃなかった、綱吉も好いてくれていたのだ。

しかも、本まで買って勉強するくらい。

縋るように抱き付いてくる腕にも、骸、と名前を呼ぶ柔らかい声にも、
あの編み物にだって、愛情が籠っていたのだ。

もっと早く聞いておけばよかったとも思ったが、思い返すだけで十分だった。

「骸は・・・?」

「え?」


そろりと持ち上がった睫毛が、肩越しに不安そうに揺れた。


何て愚かな質問を、と思ったが、思い返せば骸も好きと告げたことがなかったように思う。

心でいくら想っても口に出さなければ伝わらないのだと初めて悟った骸は、
そっと綱吉を抱き締めて、その頬に顔を寄せた。

「・・・好き、ですよ。」

「ほ、ほんと・・・?」

「ええ、好きでもない人間と一緒にいるほど酔狂ではないですよ。」

「そ、っか・・・」

ほっと安心したように息を吐いた綱吉を更に腕に閉じ込める。

「最近ですか?」

「え・・・?」

「僕を好きと思ってくれたのは、」

昨日でもいいと思った。何なら五分前でも十分だ。
表面にはまったく出していないが、骸は内心それくらい舞い上がっていた。

けれど綱吉はふるふると小さく首を振った。

「・・・俺、嫌だったらちゃんと断れるよ・・・骸と初めて・・・その、初めての時も嫌じゃなかったから、」


骸は体を起こすと、また口元を手で覆った。


何だこれ。夢でも見ているのか。


自分の視覚と聴覚に疑念を抱いた骸は、
不安そうに睫毛を揺らした綱吉に我に返って華奢な体に腕を巻き付けた。

「・・・僕のこと好きですか?」

「好き・・・、骸は?」

「好きですよ。」

骸は堪らない気持ちになって綱吉の髪の中に顔を埋めた。


これが両想いというやつか、何ていいのだろう。
天にも昇る気持ちとはこういうことを言うのだろうか。
今なら素手で戦車を破壊出来そうだ。
もうみんな死ねばいいのに。そうしたら綱吉と本当に二人きりになれる。


存分に頬擦りをした後に、骸の大きな手がするりと綱吉の服の中に滑り込んで
綱吉はかあと頬を真っ赤にして慌てて大きな手を握った。

「うわあ・・・!!!だだ、駄目だよ、ここ会社・・・!!」

「僕の会社です。だから僕は何をしても構わないんですよ。」

「えぇ!?」

「黙って、」

綱吉を横抱きにすると、言葉を奪うようにキスをした。




社長室の前で、城島が生気のない遠い目で「そうら!」と弱々しく手を打った。

「社長室を防音にしたらいいと思うんら!」

もうすでに部下の何人かが床に倒れ込んで散らばっている中を、そうらそうらと言いながら歩いて行く。

「・・・犬兄さーん、ちく兄さんが泡吹いて倒れてるんですけどー、」

床にしゃがみ込んで犬と同じように生気をなくした目をしている新入りのフランが
床に倒れている千種を指先で突いた。

「・・・んあ?ああ、柿ピは最近戻って来たばっからから免疫ないんらなー・・・
つか俺も限界らからそのまま転がしといてー・・・」

ミーも限界ですーと弱々しい声を出してそのままぱたりと倒れ込んだ部下を置いて
犬は社長室を防音にしなければならないという使命感と共に手配を急いだ。



09.11.23
勢いあまってフランです(笑)
二人のラブオーラに大打撃ですwwww