*始まり:
油断した。
森の奥で随分と久し振りに人間の臭いがした。人間はまだ、ありもしない永久の命を夢見ている様だ。愚かな。狩ってやろうと闇に溶ける様にして近付いた。人間の血肉は頗る不味い。けれども無駄に栄養を蓄え込んでいるそれは、木の実よりも何よりも、己の体に十二分な栄養を齎す。流星の如き煌めきの尾を引き、愚かな人間共の目の前に飛び出せば、驚きと怖れに満ちた表情に満足をする。散々嬲ってから、止めを差してやろうと白く鋭い牙を剥き、少しの躊躇いもなく喉元を噛み千切ろうとした時だった。
*骸猛烈アプローチ:
ありがとう、と振り返った綱吉の鼻先に青年の整った顔があって、綱吉は又慌てて転びそうになった。支える為に伸びた腕が、綱吉を壁際に囲ってしまう。
「ねぇ、ちょ、」
顔を逸らすが、青年の長い指先がそれを許さない。顎を捕えて緩く鼻先を触れ合わせる。
「お礼のキスですよ」
綱吉は寄せられた唇に頬を染めて、慌てて指を二人の唇の隙間に挟み、顔を逸らした。
「お、お礼のキスって言ったって、唇になんかしないよ!」
「おやすみのキスはするのでしょう?」
「おやすみのキスだって、唇にするのは恋人同士か夫婦だけ! 普通は頬を合わせるだけだ!」
*骸、綱吉の気を引く:
「その話に関連した言い伝えが、僕の住んでいる所にもありますよ」
「へぇ? それはどんな?」
興味深く身を乗り出した綱吉に、骸もテーブル越しにそっと顔を寄せ、囁いた。
「聖職者の血は甘い」
にこりと笑った骸に、綱吉は目を丸くした。
「遥か昔の群れの長が執着する程に。ですが、貴方の言う通り偽善の皮を被った聖職者の血が甘いなんて事はありません。それなら甘く感じるのは気持ちの問題ではないかと、そう思います」
*ナッツ頑張る:
ナッツはおずおずと足を運んで骸の前にしゃがみ、小さく鳴き声を上げた。骸はぱちりと瞬きをしてから吹き出した。
「食べたりしないと言ったでしょう? ですが、違った意味で食べたいと思っています。君は子猫だけど、本能の部分で分かりますよね?」
最後は囁く様に言って、骸は白い指先でナッツの鼻に付いた小さな葉を払ってやる。ナッツは何度も瞬きをした。さて、と仕切り直す様に言って、骸はナッツを膝の上に抱き上げた。