最近骸が珍しく落ち着きがないのは分かっていた。
何か言いたそうにするけど結局口を閉じて、違う話題を探している。
綱吉はそれが何なのかも気付いていた。
超直感なんて働かなくとも、骸との付き合いはもう10年にも及ぶのだ。何となく分かる。
そしてとうとう、よく晴れた日に骸が車で綱吉を迎えに来た。
「見せたいものがあります。」なんてちょっと照れたように言う。
綱吉は自然と微笑んだ。
思えば長い道のりだった。
こうして普通の恋人同士と呼び合えるようになったのはここ数年の話し。
それまではたくさん傷付け合ったし、それこそ命の危険もあるくらい。
周りからは関わるなとさんざん言われて、それでも離せなかった手。
それがようやく実を結ぶ。
結婚という、至極の形で。
今なら結婚すると言ったら、周りの人たちも祝福してくれるだろう。
綱吉は助手席に収まり、感慨深い気持ちで流れていく景色を見ていた。
綱吉だって男だから、プロポーズされっ放しは嫌だ。「俺も骸と結婚したい。」と返事をしようか。
すでにじーんと幸せに浸っていると、車がゆったりと停止したので瞼を持ち上げた。
「・・・。」
そしてしばし言葉を失くす。
目の前にあったのは、寺だった。
寺?としか思えない綱吉を置いて、骸は車を降りると寺の人間に声を掛けていた。
思考が停止している綱吉をよそに、話し終えた骸は嬉しそうに助手席の扉を開いた。
「さあ、行きましょうか。」
うん?
骸は綱吉を好きになってから、日本の文化を好きになったと言っていた。とても嬉しかったのを覚えている。
神前でプロポーズもいい。
でも神前って神社じゃなかったっけ?
ぎこちなく思考を働かせていると、ふと小鳥のさえずりが耳に入った。
視線を上げれば緑が美しく陽の光に透けている。車で30分程度だったが、こんな場所があるなんて。
涼しげな空気は心成しか美味しい。たまに仕事を抜けて来るのもいいかもしれない。
両脇に墓が並んでなければな。
骸は相変わらず少し照れたように前を歩いている。
何でなんだ。
骸は目当ての墓、もとい場所があるようで右に曲がる。
ここまで来たらと着いていけば、そこにはとてもとても立派な墓石があった。
まさか今更僕と一緒に死んでくださいとか、二人なら怖くないですよとか言わないだろうな、と思っていると、骸は端正な顔で振り返り、墓をバックに綱吉にしか見せない笑顔を見せた。
何でなんだ。
けれど綱吉ははっとする。
もしかしたらこの墓は骸の関係者が眠っているのかもしれない。その関係者に紹介してくれるのかもしれない。
それはかなり嬉しい。
骸は綱吉にだけ過去の話をぜんぶ聞かせてくれた。だから知っている。そんな関係者なんていないことを。
でも一縷の望みにかけてみたいじゃないか。
はっとして墓誌を見ると、そこはまっさら。新しく購入したことが伺える。
はっとして正面を向けば墓石には「六道家之墓」
ろくどうけのはか
綱吉は文字通り目が点になった。
そんな綱吉に骸は照れ臭そうに笑う。
「お墓を買いました。」
うん、見れば分かる。音になったかは定かではない。
はっとして墓前を見れば、そこには深紅のリングケースが二対。
まさか。
そう思ったときに、綱吉の両手が握られた。
はっとして骸を見上げれば、骸は柔らかく微笑んだ。
「同じお墓に入りましょう。」
綱吉は、焦点が定まらなくなった。
何でなんだ。何で墓なんだ。ここ墓だよ?
照れ臭そうな骸の向こうに墓場が見える。
先祖が眠る場所は決して不吉ではない。けれど祝福される場所ではない。
何でなんだ。何で墓なんだ。
同じお墓に入りましょう、はプロポーズの言葉として認識されるものだが、多分参考文献を間違えている。
何を参考にしたんだ。
視線を感じて骸を見上げて、綱吉は声を詰まらせた。
何でそんな、捨てられた子犬みたいな顔をしてるんだ。
声を失くした綱吉の視界で、骸が寂しそうに睫毛を伏せた。
「・・・やはり僕は君にふさわしくないですね。」
「そんな訳ないだろ!」
骸が目を見張って、綱吉は反射的に出た言葉にはっと我に返った。
そんな訳ない。
世界のすべてを呪っていた骸が、普通の人と同じように恋をして、普通の人と同じように結婚したいと言ってくれて、それこそ骨になっても一緒にいたいと言うんだ。
そんなの、嬉しくない訳ないじゃないか。
相手が自分なら尚更。
骸は人を欺くためならロマンチストにもなる。だけど綱吉が相手になると途端に不器用になる。
だからきっと、これが彼の精一杯。
そう思い至れば、込み上げてくるのは愛しさだけだった。
綱吉が手を握り返すと、骸は目を見張った。
「ごめん、ここまで用意してくれてるとは思わなくて驚いちゃって、」
ひとつ呼吸を置くと微笑んだ。
「俺も骸と同じお墓に入りたい。これからもずっとずっと、よろしくな。」
骸が嬉しそうに笑うから、綱吉も嬉しくなって笑う。
「これ、指輪だろ?つけて。」
言って左の手を骸に差し出す。
骸は恭しくその手を取って、そっと指輪を薬指に滑らせた。
証の指輪はとても輝いて見える。ここが墓地だろうとね。
「エンゲージリングは邪魔になってしまうかと思って。」
「ううん。お前のくれるものに、邪魔なものなんてひとつもないよ。」
すぐに返せば骸は驚いたようにしてから、嬉しそうに笑う。
「俺も骸にエンゲージリングを贈るよ。」
「僕にも?」
「うん。骸の指輪には俺の誕生石を入れてさ、俺の指輪には骸の誕生石入れようよ。・・・そうしたら離れてても一緒にいる気がして嬉しいから。」
「・・・綱吉、」
言葉を詰まらせた骸の指にも証の指輪を滑らせて、手を握り合って微笑む。
墓参りの人たちは少なくない。墓の前で手を握り合って嬉しそうにするなんて、さぞかし滑稽だろう。
けれど二人の前では世界の方が滑稽なんだ!
人の視線を気にもせず、骸と綱吉は幸せそうにキスを交わした。
墓の前で愛を誓う。
2010.09.17
はやく けっこん したら いいよ