ゆるゆると意識が戻り始めると、雨の音が聞こえた。
そう言えば曇ってたもんなぁとぼんやり思った。
意識がもっと浮上してくると、体をぱしゃぱしゃと打つものが水滴だというのが分かった。
リボーンが部屋で銃を乱射して開いた屋根の穴は確か、
一週間前くらい前に大工さんが来て直してくれたから、雨漏りしている訳じゃない。
じゃあこの一定のリズムで落ちてくる水は何だろう、と綱吉は思った。
ゆるゆると瞼を持ち上げた。
薄らとした視界にまず映ったのは、水に濡れたアスファルトだった。
濡れて黒くなったアスファルトの水溜りの水が跳ね続けている。
状況がおかしい。
更にその奥に電柱と民家と思しき壁が見える。
外?
リボーンに骸のプレゼントのことで朝からボコられたことを思い出して、
まさか気絶したから外に捨てたのかと愕然とした。
湿気を含んだ風が体を撫でていく。
まるで素肌の上に風が通っていくようだ。
体を打つ雨もまるで素肌を叩くようで、
「・・・。」
いやまさか、と思いながら綱吉はそろそろと視線を下げた。
「・・・っ」
肌色しか見えない。
更に視線を下げて綱吉は信じたくなくてばっと視線を上げた。
全裸だった。
そしてばっと視線を上げた先に見慣れた氷点下のオッドアイがあった。
「おおおおおおお・・・・!!!!」
綱吉はアスファルトに頭を打ち付けたい衝動に駆られた。
リボーンのせめてもの情けなのか、足が走る格好になっているので辛うじて大切な部分は隠れているものの、
後ろから見たらまる見えです。
何でよりによってここにいるのが骸なのか。
山本でも獄寺でもよりによってと思うが、ベスト・オブ・よりによっては骸である。
「おおお、おおおお・・・」
最早「お」しか言えなくなった綱吉に平然とした声が降った。
「服は?」
何て至極当然の問い掛けなのだろう!
それはそうだろう、素っ裸で転がっていたら服はどうしたのかと思うだろう。
いやでもその前にそんな氷のような冷静さではなく普通は頭は大丈夫か?と心配してくれたり
辛い事があるなら相談に乗るぞ、とかその場しのぎの優しい言葉を掛けてくれるとか、そんなんがあってもいいんじゃないだろうか。
「えっ、と・・・家か、その辺のごみ置き場じゃないかなぁ〜・・・」
あまりにいつも通り過ぎる骸の対応に、綱吉はいっそ立ち上がってしまおうかとさえ思った。
骸なら全裸でも普通に接してくれそうだ。
(これが露出の境地かリボーン。俺、少し分かったきがするよ!)
アスファルトに頬を付けたままへへへへとペラペラの笑い声を漏らしていると、
ふと雨が遮られてはっと顔を上げてから、あ、と声を上げた。
綱吉はもう全裸ではなかった。
いつものようにシャツにジーンズを履いている。
また顔を上げると骸の絶対零度の赤い目は確かに「一」になっていた。
「あ、ありがと・・・」
無視だった。
(こーのーやーろー)
ぎりぎりと歯を食い縛っていると、歩き始めていた骸が肩越しに振り返った。
「来ないんですか。」
「ふ、ふぐ!」
ぎらりと光った瞳に空気の抜けるような声で返事をして、ばたばたと慌てて骸の後ろに付いて行った。
商店街を通って黒曜ランドまで歩いて行く。
綱吉は頬を染めてうろうろと視線を彷徨わせていた。
(こ、これって・・・相合傘ってやつ・・・だよな・・・)
思って恥ずかしくなってまたかあと頬を染め上げた。
骸と相合傘をする日が来るなんて。
骸との距離が近い。
いつも一緒に寝てはいるが今でも緊張するし、外だとまた違う。
綱吉は頬を染めたままちらっとすぐそこの骸の背中を見て、また恥ずかしくなって視線を落とした。
相合傘。
横並びじゃなくて縦並びだけど。
横に並んだら毛穴という毛穴から汗が噴き出るような殺気を浴びたので、
試しに後ろに並んでみたら平気だったので、綱吉は骸の後ろをちょこちょこと付いて歩いている。
たまに骸の踵を踏みそうになって肝を冷やした。
火照った頬にはちょうどいい。
ちらっとまた骸の背を見て、制服なことに気が付いた。
骸はまた犬と千種と一緒に黒曜中に通うようになったが、日曜日の今日も着ているなんて制服が好きなのかなと思う。
商店街の大きな時計が表示していたのは、10時過ぎだった。
しとしとと雨が降っているせいか、商店街の人通りは少ない。
落ち着いた綱吉はしみじみと呟いた。
「冷静になってみたらさ、あそこ通ったのが骸でよかったよ・・・知らない人だったら確実に通報されてたよね。」
「アルコバレーノに呼び出されました。」
背中から滲み出た空間が歪みそうなほどの殺気に、綱吉は反射的に土下座して獄寺ばりに謝りたかったが
土下座したところで置き去りにされるだろうというほんの少しの理性で留まった。
しかしリボーンに呼び出されたと言うことは、あの状態はリボーンの仕業かと今更思い至って
綱吉はぎりぎりと歯を食い縛った。
けれどもこうして骸と話す機会が増えたのも確かだから、すべて忘れて綱吉はへらっと笑った。
欲しい物が聞き出せるかもしれない。何気ない会話から入ろう。
「日曜日も制服着てるなんて、骸は制服が好きなんだな〜」
「今日は月曜日ですよ。」
「へ!?」
たまたま通りかかった電気屋のテレビを見ると、確かに7日月曜日と表示されていた。
「なあ・・・!!!!」
綱吉は絶句した。
リボーンにボコられたのは確かに日曜の朝だった。
今日が月曜なら昨日の朝から一晩こんこんと眠り続けていたことになる。
眠っていたのか気絶していたのかは定かではない。
きっと奈々にはリボーンが、道に落ちてた物を拾い食いしてから起きないとか上手いことを言っているに違いない。
綱吉は歯を食い縛って耐えてから、はっとした。
「あ!もしかして昨日の夜、来てくれた・・・?」
「アルコバレーノから君が死体のようになっているから来ても生臭いだけだと連絡がありました。」
「リ・ボーン・・・・」
綱吉はがっくりと項垂れて遠い目でうへへと笑うしか出来なかった。
綱吉はそれ以上何も言わない骸の背をちらっと見てから、そっと睫毛を伏せた。
(ちょっとは心配とか・・・)
「しししししませんよね・・・!!」
骸の背中から滲み出した殺気に綱吉は心の中で思っていたことを思わず否定した。
骸は予想通り無視なので、綱吉はううと泣きそうになりながら骸の後ろをくっ付いて行った。
温かいシャワーの温度に、綱吉はほっと息を吐いた。
雨に濡れて冷えていた体がじんわりと温まっていって、綱吉は嬉しくてへらっと笑った。
「シャワー付いてるんだなー!」
テンションが上がってきて、隣の寝室に居るはずの骸に話しかける。
返事はないが予想の範囲内だし、シャワーが気持ちいいので嬉しい綱吉は話し続ける。
「しかも綺麗だよな〜後から付けたの?家のより綺麗かも」
口に入った水をぶくぶく言わせながら綱吉は鼻歌交じりになるが、もちろん返答はない。けど気にしない。
温かい水の有難さにテンションは上がりっぱなしだ。
「隣の家に竹立て掛けた!」
ご機嫌にシャワー室から出ると、タオルと綺麗に畳んである骸の服が置いてあった。
(か、貸してくれるのかな・・・)
じんわりと頬を染めてシャツを手に取ると、そっと匂いを嗅いだ。
(良い匂い・・・)
骸の匂いだった。どきどきするけど安心する匂い。
綱吉はそっとシャツに腕を通した。
「う・・・!」
まあ、こうなるよな。
「む、むくろぉ・・・」
泣きそうな声に窓の近くに寄り掛かっていた骸は怪訝な顔をした。
シャワー室から出て来た綱吉は泣き出しそうな顔で、シャツの上からジーンズを押さえていた。
骸のシャツはとても大きいし、ジーンズももちろん丈は長くて大きい。
「あ・・・!!!!」
叫び声と一緒にすとんとジーンズが落ちた。
と、同時にぎゃああんと地を裂くような音と共に稲妻が走り、そして骸の顔を凶悪に陰らせた。
「おおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
綱吉は堪らずすみませんすみませんと謝りながら、上半身だけベットの下に潜り込ませた。
骸以上に雷が似合う男が果たしているだろうか。
がくがく震えている綱吉のすぐ横でかつーんと乾いた足音がして、ベットの隙間から骸の足が見えた。
綱吉は恐怖のあまり目を見開いて頭を抱えた。
「小さくてすみません・・・っ!!!!!!!」
「家まで送ります。」
「へ・・・?」
てっきり殺されると思っていたので拍子抜けしてベットからもぞもぞと体を出すと、綱吉は骸の服を着ていなかった。
ここに来る前と同じシャツとジーンズの姿で、骸を見上げると赤い目は「一」になっている。
骸がさっさと歩き出してしまったので、骸の服をちゃちゃっと畳んでから慌てて後を追った。
表に出ると傘を渡されて、綱吉は先に行ってしまった骸と手の中の傘を交互に見詰めた。
「お、俺もそっちの傘に入っていい・・・?」
「メリットは?」
「はいいい!?」
「同じ傘に入って双方が濡れる。それ以上の、メリットは?」
肩越しにぎらと光った赤い目に綱吉はびしっと応えた。
「特にありません!!!」
怖い怖いとてもじゃないが、逆らえない。
家まで送ってくれたが、乗ったバスでは一番前と一番後ろの席というとてもじゃないが連れに見ない席順で並盛まで来た。
これじゃあ骸の欲しいものなんか訊けない。
いつものことだが適度な距離が開いたまま家の前まで来て、綱吉は意を決した。
何気ない会話から入ろう。
「あー骸、今日の夜来る?」
「来ません。」
「・・・っ」
ばっさりだった。
綱吉は堪らず項垂れる。
「あのさ!・・・ってもういねぇ・・・っ!!!」
めげずに顔を上げたのに骸はもうすでに豆粒ほどの大きさになっていて、曲がり角を曲がって行った。
綱吉はがっくりと項垂れながら家に入った。
(絶対露出狂の変質者だと思われたよ・・・)
ううと涙目になっていると奈々がリビングから顔を出した。
「あらツッくん、てっきり部屋にいるかと思ったわ。具合はどう?」
「へ!?え、あ・・・!もう大丈夫!」
「そう、よかったわ。もう拾い食いしちゃダメよ。」
やっぱり拾い食いしたことになっている。
あなたの息子はそんな子じゃありませんと声を高らか言いたいが、後々リボーン関係が面倒なのでぐっと我慢した。
「うん、ごめん。」
認めちゃった。
何だか悟りの境地に達せそうだ。
「そう言えば昨日学校帰りに骸くんが来たわよ。」
「ええ!?む、骸が!?」
「ツッくんの容体を聞いただけで帰っちゃったけど。」
「そう、なんだ・・・」
「優しい子ね、骸くん。今度朝ごはんでも夕飯でも誘ってね。母さん腕を振るうわ。」
「う、うん・・・!」
(骸・・・来てくれたんだ・・・)
綱吉は階段を上りながら緩む頬を抑え切れなかった。
少しは心配してくれたのだろうか。
綱吉は無意識にふふふと笑い声を漏らしながら部屋に入った。
と、同時に顔面を飛び蹴られた。
「ぶふうっ」
「にやにやしてんじゃねぇよ気持ち悪ぃ!」
顔面に飛び蹴りを喰らわせる人間なんて一人だけで、
今日も土足のリボーン様がふかふかのほっぺをびくびくと引き攣らせていた。
「何だよ、お前あんなことしておいてよく蹴れるよな!」
と、綱吉はにこにこしながら言った。
ボコられて一晩気絶の上全裸で捨てられたことよりも嬉しいことがあったので仕方ない。
「きめぇ!!」
そんななのでリボーンにまた飛び蹴られた。
今日は飛び蹴りたい気分らしい。
リボーンの怒りに呼応するように、近くで雷鳴が轟いた。
振動で部屋が少し揺れる。
綱吉は驚きのあまり忙しなく足をばたつかせてからすっ転んだ。
雨が激しく窓を叩く。
「な・・・!何だ急に!!骸大丈夫かな・・・」
「はあ?何寝惚けてやがる。昨日の夜からこんなだよ。」
「え!?」
いや気絶してたしとも思ったし、そんな中に全裸で捨てたのかとも思ったが、それよりも綱吉は首を傾げた。
黒曜ランドで一度大きな雷の音がしたが、その一度きりだった。
それにいくらボケっとしていても雨の強さくらい分かる。
もっと柔らかな雨だった。
「・・・。」
(もしかして、骸・・・俺が雷怖いの知ってるから・・・)
赤い目はずっと「一」だった。
綱吉はへらっと笑った。
「てめぇにやにやしてっと指の関節ぜんぶ逆に曲げるぞ!」
「酷ぇ・・・!!」
と、にこにこしながら言った。
また飛び蹴られたけど別にいい。
今日は骸は来れなくても、明日はケーキを買って待っていよう。
日付が変わったら一番におめでとうを言うんだ。
そう決めてにこにこしながらリボーンに飛び蹴られた。
2010.06.07