授業中も綱吉はケーキのことで頭が一杯だった。
どんなのがいいかなと考えるとウキウキしてきて一人でにこにこしてしまう。
担任が珍しく綱吉を怖い物を見るような目をしたが気にならない。
骸に一番におめでとうを言うんだ。
「えええええ!?う、うそ・・・!!!」
綱吉は携帯を耳に当てたままケーキの箱に目を移した。
「や!嘘を仰ってると思っている訳ではなくてですね、あの、じゃあ明日は・・・?
え!?来ない・・・!?!?なあ・・・っっ何で!?って切るなよ・・・!!」
綱吉の制止も空しく、携帯からはツーツーと通話の終了を知らせる音が聞こえる。
深い溜息と共に携帯を閉じた。
「骸来ねぇの?」
綱吉はのん気にハンモックを揺らすリボーンに殺意さえ沸いた。
「どうすんだよ・・・!!お前があんなことするから絶対露出狂の変質者だと思われてるよ・・・!!」
「事実じゃん。」
「あ、そうか。」
「明日も来ねぇのかよ?」
「うん・・・しばらく来ないって・・・ぐふっ」
はあと深い深い溜息を落とした綱吉の頭の上に盛大な踵落としを喰らわしたリボーンは、辛気臭ぇとツバを吐いた。
「部屋でツバ吐くなよ・・・!」
「るっせぇ!!」
「ぶっ」
平手一発で綱吉を黙らせたリボーンは、ベットの上にちょこんと座った。
「まあそんな悲観することもねぇだろ。付き合ってんだったら用があっても少しくれぇ会いにくるんじゃねぇの。
だから言っただろ?あ、てめぇは気絶してたから聞こえてねぇだろうが、いくら骸でも裸見たらその気になるっつの。そしたら後は流れに乗るまでだったろ?」
どこか機嫌がいいようなリボーンは一人でべらべら喋っている。
綱吉はぱちぱちと瞬きをした。
「誰と誰が付き合ってんの?」
きょとんとする綱吉に、リボーンの頬がみるみる内に引き攣り始めた。
「てめぇら昨日、何してやがった?」
綱吉は昨日のことを思い出してゆるゆると頬を染めていってから、へらっと笑った。
「昨日はぁー骸が黒曜ランドでシャワー貸してくれてぇ、服も貸してくれたんだけど大きくてぇ、」
「そこまではまぁいいよな。」
リボーンのベビーピンクの唇がびくびくと引き攣っているのも気付かずに、綱吉はへらへらと語る。
「そんで幻覚で賄ってくれて帰って来た。」
「ちがああああああう!!!!!」
「ごふっ」
「そこからちがああああああああう!!!」
「ぶふっ」
渾身の往復ビンタに綱吉は吹っ飛んで壁に頭をぶつけた。
「てめぇがへらへらにやにやしてるからすっかり騙されたぜ!」
「騙してないよ・・・!?」
「それじゃあ全裸の意味がねぇんだよ!!」
「意味なんてあったの・・・!?」
いつもはここで追い討ちをかけるリボーンだが、珍しくやれやれと呆れたようにベットの縁に腰を掛けた。
「骸は付き合ってる奴がいるのかもな。」
「・・・え?」
「考えてもみろよ。誕生日だったら好きな奴と過ごしてぇとか思うもんだろ。
それが誕生日間近になってぷっつり来なくなるってことは、他に一緒に過ごす奴がいるんじゃねぇの。」
綱吉はほじほじと鼻をほじるリボーンを茫然と見詰めた。
「で、でも骸そんなこと言ってなかったし」
「骸がいちいち言うと思うのか?」
リボーンは鼻をほじった指をシーツに擦り付けた。
綱吉は愕然とする。
「でも・・・!ほら、一緒に寝てるし、て、手もたまにその」
「手なんて幼稚園児だって繋ぐ。お前とは遊び、いや、遊びにもならねぇ。骸にとってお前は、」
リボーンはふと微笑んだ。
「ただの枕だ。」
「ま、枕・・・っ!?」
「お前を家に送るのだって優しさなんかじゃねぇ。枕を押し入れに戻すのと同じだ。」
「片付けの一環・・・」
綱吉はがっくりと床に手を付いた。
何と言うことだろう。
骸が自分のところに眠りに来ることに、1ナノくらいなら好意があるのではと思っていた自分が恥ずかしい。
枕だったなんて。
打ちひしがれる綱吉をよそに、リボーンはおもむろに時計を見遣った。午後9時を回っている。
「今の時間で黒曜ランドにいなかったら、骸は今日は本命とお泊まりかもな。
一番におめでとう言うんだ★とか相手がはしゃいでいるかもしれねぇ。」
綱吉はびくりと肩を震わせた。
「そっかあーイカてるが骸も普通の男だったってことかあー」
骸もリボーンには言われたくないよなとちょっと思いながら、綱吉はよれよれと立ち上がった。
「ちょ、っと・・・出掛けてくる・・・」
「どこ行くんだよ?」
「ちょっと・・・」
言って綱吉は階段を駆け下りて足を滑らせてそのままずどどどどと落ちて行ったが、綱吉は打たれ強い子である。
その勢いのまま玄関から飛び出して行った音が聞こえて、リボーンが帽子の影でふと笑んだ。
綱吉は飛び出した勢いのまま黒曜ランドまで走って行く気だったが、
途中バスに追い越されて乗ればよかった事実に気が付いて、乗ります乗りますと喚き散らかして無理矢理バスを止めて乗った。
凄く迷惑そうにされた。反省した。
でも走るより早く着くので後悔はしていない。
夜の黒曜ランドはますます恐ろしくて腰が引ける。
昼間でも一人じゃ怖いから、いるかいないか分からない相手を探すために入って行くのはかなり勇気がいる。
(どうしよう・・・)
電話で訊けばいいのかと思い至ったときに携帯が鳴ってびくうと体を引き攣らせた。
携帯を開くとリボーンからメールだった。
『いるかいないか直接確かめないとぶっ殺すわよ★』
綱吉は顔を青褪めさせた。
「あ!やっぱりうさぎちゃんら〜!」
「・・・・っっっっっ!!!」
いきなり茂みから犬が飛び出して来たから、綱吉は驚き過ぎて白目を剥きそうになった。
「何かうさぎちゃん臭ぇと思ったらホントにいた!」
へっへーと得意そうに笑う犬を見て、綱吉はそんなに臭うのかと思わず体の匂いを嗅いだ。
「あれ?骸さんは?」
綱吉は匂いを嗅ぐのを止めて思わず目を見開いた。
ずきずきと鼓動が速くなっていく。
「・・・あ・・・骸・・・いないの?」
「うん。てっきりうさぎちゃんのところに行ってると思ったびょん。」
痛むような鼓動は胸を突き破りそうだった。
「・・・今日帰って来ない?」
「うーん、気付くといなくなってたり気付くと帰って来てたりすっから分からないびょん。」
痛みを刻むような鼓動は速くなる一方で、くらくらと眩暈さえした。
今ここで骸に付き合っているような人がいるのかと訊くのは容易いことだ。
けれどもどうしても言葉が出て来なくて、綱吉は痛みに耐えている。
知りたい、でも知りたくない。
じわりと視界が滲んだときに、犬があ、と明るい声を上げた。
「骸さんら!」
はっと振り返ると骸が綱吉を見下ろしていた。
「何してるんですか。」
いつもと同じはずなのに、いつもとは違くて胸に刺さるようだった。
何も言わない綱吉を気にもせず骸は踵を返した。
「送ります。」
綱吉はきゅっと拳を握り締めた。
「・・・急に来たりしたら困るよな。」
骸は静かに振り返った。
何も言わない骸に、綱吉はぎゅっと目を閉じた。
「いいよ、送らなくて・・・!!どうせ俺は遊びの枕なんだろ!!!押し入れに戻さなくていいよ!!!」
静かな道路に間抜けな音を立てて車が通り過ぎた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ?」
「はあだよな!!枕が何言ってもはあだよな・・・!!」
「こいつ何言ってるんら?」
「犬さんの素の顔初めて見たよ・・・!!」
もういい!と涙を溜めた目を擦りながら駆け出そうとした綱吉は、おもむろに腕を掴まれて千鳥足になった。
「人間に理解できる日本語を話しなさい。」
「やっぱり枕扱いかよ!!放せよ!!」
完全な被害妄想に囚われた綱吉は、骸の腕を思い切り振り払ってからはっとした。
振り払われた手を見詰めた骸の顔がみるみる内に陰っていった。
地獄の底から響く地鳴りが聞こえてきそうなほどに凶悪に陰っていく。
比例するように綱吉と犬の顔が青褪めていく。
「うさぎちゃん逃げっっ」
思わず逃げてと叫んだ犬は、骸の裏拳を喰らって敢え無く果てた。
「・・・・っっぅっ!!!!!!!!!!!!!!!!」
綱吉は声にならない声を上げてとにかく逃げた。
迫りくる般若のような骸に生命の危機を感じながら、
逃げに、
逃げた。
2010.06.08