綱吉は生徒会役員の後ろをおずおずと付いて行った。


骸にお礼を言いたかったから、本当はもっと早く生徒会室に行こうと思っていたけど
生徒会室は特進コース学級がある別館の最上階だから
普通科の、しかも補欠で入学した自分が足を踏み入れていいのかと悩み始めて、
女の子たちが生徒会役員は美形揃いだとか
特に会長が格好いいとか、そんな話しをしていたのも思い出した。

しかもその会長の骸が、成績が常に首位で運動をさせればインターハイクラスだとか
そんな話ししか聞いた事がなかったので、その事実を知った今、
気安く会いに行くのがますます躊躇われた。

綱吉は骸の存在は知っていたものの、自分とは違う世界の人だと思っていたから
名前すら記憶に留めていなかったから、それも申し訳なかった。

しかも昨日は取り乱して縋ってしまって、恥ずかしくて
悩んでいる内に気付けば放課後だった。


どうしよう、と一人沈んでいる所に、教室まで役員が迎えに来たのだ。


役員の登場にクラスの女の子たちが色めきたって、
綱吉が名指しで呼び出されたのでどよめきに変わった。


何かやらかしたんじゃないかと言われて、確かにやらかしてしまったと思った。
連行されていく気分だった。


綱吉は俯いて自分の上履きばかり見ていた。

(あ・・・っしかも手ぶらで来ちゃった・・・!!)

あんなにお世話になったのに手ぶらで、しかも迎えまで来させて自分に落胆した。
そのついでに転んでしまった。

「うわ・・・っ」

前を歩いていた役員が面倒臭そうに振り返った。

「・・・何してんの。」

「す、すみません・・・、」

のろのろと立ち上がって、さっさと歩き出した役員の後ろを付いて行った。


思考を絡ませている間にとうとう生徒会室に着いてしまって、綱吉は息を飲んだ。
優しい人だったから怒りはしないだろうけど、返って申し訳なくなる。


扉が開くと、柔らかい声が聞こえてきた。


「千種。連れて来ましたか?」

「・・・はい。」


千種、と呼ばれた背の高い役員の後ろからひょこりと顔を出すと、
骸が柔らかく笑ったので、綱吉はさっそく頬を赤くしてしまった。

「あ、あの、遅くなってすみません・・・!」

「いいえ。こちらに来辛いかと思いまして。」

「あ・・・、」

分かっていて迎えを出してくれたのだと、鈍い綱吉にも分かった。

「どうぞ座って下さい。」

大きな机に寄り掛かるように浅く腰を掛けた骸は、目の前のソファを勧めたが
綱吉は大きく頭を振った。

「いや・・・!俺はここで・・・」

そんな気遣いをして貰えるような人間じゃないのにと、綱吉は壁に張り付いて離れようとしなかった。


骸は小さく笑って綱吉を手招きした。
綱吉は小さく体を跳ね上げて、それから恐る恐る近付いて行った。

その間も骸は微笑みながら綱吉を眺めていて、
少し離れた所で立ち止まった綱吉の腕を引いた。


「あ、あの・・・っ」

「これ、」

「え・・・?」

「この花、君に似ていると思って。」

「ええ・・・っ!?俺にですか・・・!?」


机の上の花瓶から抜いた花を一輪、そっと綱吉の胸ポケットに差し入れた。


細く伸びた枝の先に付いた白い花は、とても甘い香りを放っていた。


「あ・・・いい匂い・・・」

「クチナシ、と言うそうですよ。」

「クチナシ・・・、」


真っ白い大きめの花びらが幾重にも重なったその可憐な姿と甘い香り。


どこが自分に似ているのだろうと、綱吉は不思議で仕方なくてでも、
嬉しさと恥ずかしさがじわじわと沸き上がってしまう。


「家の庭に咲いていて今まで気付かなかったのですが、
昨日ふと目に入って、君に似ていると思いました。」

「似、て・・・ますかね・・・?」


頬を淡く染めてじっと花を見詰めている綱吉に目を細めた骸は
似ていますよ、と小さく返した。


花の扱いが分からなくて戸惑いがちに翳した手の中から肉厚の花びらが一枚、散った。


「あ・・・っ」


綱吉は慌てて屈むと、床に落ちた花びらをそっと掬い上げて掌で柔らかく包み込んだ。



その慈しむような仕草に、骸は苛立ちを覚えた。



体の奥底からせり上がってくるような不快な苛立ちに堪らず眉を顰めて
そういえば昨日もこんな感覚に捕らわれたと思い起こした。


こんなに苛立ったのは骸が記憶する限り一度もない。


考える前に骸は、綱吉の胸ポケットの花を抜き取った。


「あ、」

悲しそうに眉尻を下げて花を目で追うのがますます面白くない。

「花びらが散ったこんな花、いらないでしょう?」

僅か棘を含む声を綱吉は違った意味で捕えて首を振った。

「欲しい、です・・・あの、嬉しかったから・・・、」


ものを与えられて喜ぶ気持ちが骸には分からないけれど、
どうやら花そのもではなく、骸が渡したから欲しいと言っているようだった。


「そうですか。」

それなら悪くない。
所在なく彷徨っていた小さな手に花を戻してやると
綱吉は頬を染めたまま嬉しそうに笑った。



ツクリ、と頭のどこかが痺れた。



(何だこれは)


昨日から、綱吉を知ってから、水面にざわざわと波が広がるような妙な感覚に捕らわれる。


「欲しければ何でもあげるのに。」

思った以上に甘くなった声に、綱吉もそれに気付いて大きな目を見開くと、
わたわたと頬を赤くした。

「いえ・・・!そんな・・・、あ、あの、ありがとうございました・・・!」


慌てて出て行こうとした綱吉の腕を掴むと、今にも泣き出しそうな顔で振り返るから
思わず口元が緩んでしまう。


「肝心なものを忘れてますよ。」

「あ・・・!」

翳されたものは携帯電話で、それを見るまですっかり忘れてしまっていた。

「あ、の・・・本当にいいんですか・・・?」

新品の携帯電話は、綱吉が持っていたものと同じ機種だった。
受け取りながらそっと見上げると、骸は微笑んだ。

「僕の番号を入れておいたので困った事があったら遠慮なく連絡して下さい。」

「え!あ・・・、」

口籠る綱吉に柔らかく笑い掛けた。

「どうしました?」

「あの・・・昨日からお世話になってばっかりで・・・
俺、何にもお返ししてないのに・・・」

「おや。お返しをしてくれるのですか?」

「俺に出来る事なら・・・って、出来る事少ないですけど・・・校庭の掃除くらいは・・・、」


柔らかそうな丸い頬をずっと淡く染めている綱吉に、
骸の口角は知らずに上がる。


「そうですか。それなら考えておきますね。」


申し訳ないと思っていたので少しでも役に立てるならと、
綱吉は嬉しそうに笑った。



(ああ、何だろう)



ざわざわと波が立つ。



貼り付かせた笑顔で綱吉を眺める。



綱吉は恥ずかしそうに、俯く。



だから骸は目を細める。



「あ、あの本当にありがとうございます・・・長居してすみませんでした・・・!」

恥ずかしくて目を伏せたまま大きく頭を下げた。

「いつでも来ていいですよ。」

かぁ、と頬を染めるとはい、と弱々しく言って、慌てて部屋を出て行った。

勢い良く扉を開けると外で待機していた千種とぶつかりそうになって
綱吉はまた慌てた。

「す、すみません・・・!失礼しました・・・!!」

ばたばたと駆けて行く背中をなんとなく見遣ってから千種は生徒会室に入って行った。


綱吉を連れて来た時と変わらず机に浅く腰を掛けている骸は、酷く機嫌が良さそうに見えた。


「交友関係は調べましたね?」

念を押すように言うと千種ははい、と短く答えた。

骸は満足そうに頷いて、机に設えてある椅子に深く腰を掛けて足を組んだ。

「・・・沢田綱吉に興味がおありで?」

「余計な事は訊かなくていい。」

「・・・失礼しました。」


千種は骸とは長い付き合いだが、人をものとして捕えている骸が
こんなにも他人に興味を示すのを初めて見た。

だからと言って、千種は何も言うつもりはない。
ただ骸の命令に従うだけだから。


骸は取り出した携帯から伸びるイヤホンを耳に宛がった。


「ああ、これは精度がいい。」


イヤホンの向こうから、教師に呼び止められてしどろもどろになっている綱吉の声が聞こえる。
すぐ傍で綱吉が話しているようだ。


「あの子の声がよく聞こえる。」


更にイヤホンを耳に押し当てるようにして、うっとりと長い睫毛を伏せた。


綱吉の声に聞き入るようにして、その長い指は花瓶の白い花を弄び出した。


「赤の他人にあれ程感情移入して取り乱すのだから、例えばそれが友人や
或いは家族だったら、あの子はどんな顔をするのでしょうねぇ。」


はらりと花びらが落ちる。


「そこに僕が手を差し伸べたら、あの子はもっと僕に懐くと思いませんか。」


千種は肯定するように、そっと目を伏せた。




「あんな生き物いるんだ・・・」





誰にともなく呟いて、白い花を握り込むと、掌の中でくしゃりと潰れた。


頬擦りするように掌を頬に押し当てると、花びらがひらひらと舞って落ちた。


悪戯に唇に落ちた花びらを小指で押し込んで、白い歯を立てる。






「欲しいなぁ・・・」






無邪気に欲しがるその声は、それでも強い欲望を持って静かな部屋に溶けて消えた。









09.04.26
キリ番リクエスト生徒会長骸×新入生綱吉で書かせて頂きました
リクエストをくださった藤木灰さまのみ宜しければお持ち帰りください><
リクエスト本当にありがとうございました!
リクエストを拝見して私がはぁはぁしてました(ry)
長編になってしまいそうなほど萌えてしまった私をお許しください(ry)