誰もいなくなった夕暮れの公園にきぃきぃと錆びた音が小さく響く。
一人ブランコに腰を掛けた綱吉に、夕日に伸びた影が重なって、綱吉はつと視線を上げた。
ブランコの低い柵の前、すぐそこに佇んでいたのは骸だった。
綱吉は以前のように怯えた色は見せずに、ほんの少しだけ微笑んだ。
「ここも、骸の席だった?」
ええまぁ、とどうでもいいように呟いて骸は隣のブランコに腰を掛けた。
ふんわりと沈黙が漂って、綱吉はまた小さく微笑むときぃきぃとブランコを揺らした。
骸とはよく会う。
頻繁に、という意味ではなく、偶然出会う回数が多いのだ、圧倒的に。
偶然出会うというのなら、獄寺や山本の方が多そうなのに、
綱吉の場合は骸、だった。
しかもこうやって、一人で何かしら落ち込んでいる時や悩んでいる時ばかりだった。
初めて偶然出会った時は、それはもう盛大に慌てて怯えもしたし、
けれどもこうして隣に座られてしまうと「じゃあ、」なんて言って逃げ出す度胸も綱吉にはなかった訳で。
不機嫌そうにその長い睫毛を伏せて、罵声でも出てきそうなほど引き結ばれた唇も恐ろしくて
挙句隣に並ばれて沈黙が続くなんて、生きている心地がしなかった。
何回か拷問のような時間を過ごす内に、ふと骸が漏らした溜息に
綱吉は頭を金槌で殴られたような気持ちになった。
いやまさか。
骸がそんな。
そう思いながらも、怖かったけれど訊かずにはいられなかった。
「・・・もしかして、骸も悩み事、とか・・・?」
ぴくと長い睫毛が動いた日には、叫び出したくなるほどの恐怖に見舞われるかと思ったが
意外にも綱吉の胸の中に降りてきたのは安堵だった。
何に安堵したのかその時は綱吉には分からなかったけれど
胸の中にじわじわと広がってきたのは安心とかそういった類のものだった。
骸が困っているのが嬉しいのじゃなくて、
骸が、あの骸が、何かを思い、その感情を動かしていることが、嬉しかったのだ。
骸の悩み事は、綱吉には分かってやれないようなことかもしれない。
すべてを知っている訳ではないが、少しなら知っている。
それを思うと自然と胸が痛くなるのだが、もしかしたら綱吉と同じように些細なことかもしれない。
ふんわりとした沈黙は、綱吉にとっては骸との間の沈黙が嫌なものではなかった。
むしろ、心地いいくらい。
少しずつ他愛のない会話もするようになって、最近では骸が家まで送ってくれる。
まさか骸と肩を並べる日が来るとは夢にも思ってなかったが、
実際辿りついてしまうと、自然な流れのような気さえした。
砂利に落ちた石さえその影を長くして、綱吉はまたきぃきぃとブランコを揺らした。
「・・・骸の悩み事って何なの?」
「え?」
「話したら少しは楽になる時もあると思うんだ。
んー・・・まぁ俺じゃ本当に聞くくらいしか出来ないー・・・、」
苦笑って隣を向いた綱吉は息を詰めて、目を見開いた。
夕闇が迫る光の中で、骸の顔も少し陰ってそして
いつもは余裕に描かれた柳眉も今は、泣き出しそうなほどに寄せられて
長い睫毛の下の瞳はただじっと、綱吉を見詰めている。
骸は今、自分がどんな顔をしているのか分かっているのか、気付いているのか。
何でそんな顔をするんだ。
瞳を揺らすことさえ出来ない綱吉に、骸の薄い唇がようやく言葉を紡ぐ。
「君がー・・・僕の願いを叶えてくれるとでも?」
何で、そんな、顔を。
遠くで鳥が飛んで行く。
風さえ音を潜めて行き過ぎる。
骸が立ち上がって、ブランコが小さな音を立てた。
「今日は一人で帰ってください。気分が悪い。」
言って歩き出した骸は肩越しにほんの少しだけ振り返って、長い睫毛を揺らした。
確かに言われた言葉に、綱吉は見開いた目を更に大きくして唇を薄く開いてしまった。
ただただ呆然と骸の背中を見送るだけだった綱吉は、
骸の姿が見えなくなってしばらくしてから「うわぁ!」と声を上げて背中から地面に落ちた。
きぃきぃとブランコが間抜けな音を立てる。
綱吉はそのまま茜色の空を見上げて、そしてじわと頬を染めた。
(そんな、のー・・・)
『元気出してください』なんて。
(そんなのまるで、)
遅れてきた言葉の衝撃に耐え切れず、空に負けないくらい真っ赤になった顔をばっと両手で塞いだ。
(俺を心配して傍にいてくれたみたいじゃんかー・・・)
掌の下で頬がじくじく赤を強くしていくのが分かる。
(言い逃げはずるい、)
次はどんな顔をして会えばいいんだ。
考えれば考えるほど、どういう訳か胸が苦しくなったけど、
会いたくないとは、思わなかった。
09.11.07
「初々しい放課後デイトむくつな」です!
骸→←(無自覚)綱吉くらいのイメージです!
ここから綱吉の(無自覚)が取れて→←が取れて骸綱になるのだと思いますv
白弥さまに捧げます!
白弥さまのみ宜しければお持ち帰りくださいv