骸は綱吉と出会ってから、心について考えるようになった。


思考を司るのは脳だけど、思考とはまた別の行動を起こすのが「心」だと思ようになった。


けれど「心」が体のどこにあって、どんな形をしているのか、
どれだけ調べてみてもさっぱり分からない。


心は胸にあるのだとよく聞くが、胸にはそんな器官はない筈だ。


さっぱり分からない。



それに何だか「心」が外に漏れているような気がするのだ。



「・・・僕が今、何を考えているか分かりますか?」

今れふか〜?と犬が首を傾げた奥で、千種がゆったりと眼鏡を押し上げた。

「・・・ボンゴレの事ですか?」

「・・・。」

くすんだ赤のソファに深く身を沈めて、骸は窓の外に目を向けた。

やっぱりどこかから漏れているのだと思う。





風が凪ぐ昼下がりに公園のベンチに並んで腰を掛けて、唇を合わせた。

短く触れて離れていった唇を追うように綱吉がゆっくりと瞼を持ち上げて
骸と目が合うと恥ずかしそうに俯いた。

丸い頬が淡く染まって、その目元は水に濡れる。


綱吉といると、たまに鏡を見ているようだと思う。
外見の問題ではなく、感情、の面で。


自分が感情や表情に乏しい分、
綱吉が自分の代わりにその頬を彩らせたりしているような錯覚に捕らわれる。

自分を映しているような気がするのだ。

それともやはり心が漏れていて、綱吉が合わせてくれているのだろうか。


骸は俯く綱吉を見詰めている。


風が淡い色の髪を赤く染まった頬に揺らす。


触れてみたいと思った。

丸い頬にそっと指を滑らせてみたい。


考えるよりも先に長くて白い指が伸ばされて、
綱吉は水に揺れる瞳で少しだけ指を見詰めてからまた視線を落とした。


赤く染まった頬をそのままに、骸の指が届くのを待っている。


あと少し。あと少しで指先が届きそうになって、背後から子供たちのはしゃぐ声が聞こえてきた。


骸は思わず指を下げて、綱吉も慌てて前を向いた。

子供たちは目の前で無邪気にボールで遊び始めた。

「・・・。」

無邪気に遊んでいた筈の子供たちは突然きゃあ、とかうわぁ!とか
身じろぎも出来ない様子で叫び声を上げ始めた。


畜生道じゃないだけありがたく思え。


「ちょ、ちょっと、骸・・・!お前何してんだよ・・・!?」

「おや、君にも蛇が見えますか?」

「いや、見えないけど・・・!!あの様子はおかしいって・・・ってほら!
目が一になってる・・・!!」

「害はありませんよ。」

「あるだろ・・・!泣いてる子もいるじゃん!止めろって!!」

「・・・。」


邪魔したくせに綱吉に心配までして貰って生意気だ。
何様のつもりだ、お子様か。
餓鬼のくせに。


叫び声はいよいよけたたましくなる。
蛇の数を倍にしてやったから。

「骸・・・!!」

綱吉が泣きそうに怒るのが嫌だ。
何であんな子供に。


綱吉に触れるという事は骸にとってはそれはそれは大変な事なのだ。

例え体中の細胞が綱吉に触れたいと手を伸ばしていても
簡単に触れられるものじゃあない。

未だに手も握ってないし、ハグだってしてない。

こんな公園でなくて部屋の中でもある程度距離が出来る。


恥ずかしいのだ。
骸も、綱吉も。


恥ずかしいと思っている自分もおかしいし、
一体どこから恥ずかしいという感情が出てくるのかも分からない。
でもきっと、心のせいだ。

不運にも六道骸と遭遇してしまった人間が、
骸が「恥ずかしい」という感情を持っている事を知ったら
また違った意味で恐怖のドン底に突き落とされる事だろう。


キスをしているなら手くらい握れるだろうと誰もが思うかもしれないが
骸にとっては無茶な話しなのだ。

どのくらい無茶かと言えば、気が遠くなるほどの時間を費やす六道輪廻を一時間で済ませろというくらい無茶なのだ。

キスの下に手を繋ぐ、という過程があるのではなく
キスはキス、手を握るのは手を握る、で全くの別物なのだ。

要はタイミングの問題で、ただ手を握るより先にキスのタイミングがあっただけの話し。

だからさっきは触れるタイミングがぴったりと合ったのだ。

お互い意識し過ぎずに自然な流れでやっと触れられると思ったのに、
あの餓鬼どもときたら。

これじゃあ意識してしまって当分触れられない。
触れられないどころかキスまで危うくなってくる。


だって恥ずかしい。


「骸・・・!お前だって体力使うんだろ・・・?止めろって、」

今にも泣き出しそうな顔で淡い瞳が骸を見上げてくる。

「・・・僕の心配を?」

「当たり前だよ、馬鹿・・・!!」

「・・・。」


今日のところは許してやろう。
運がよかったな。


突然姿を消した蛇に、子供たちは首を捻って
さっきまで泣いていたのはどこへやら、どこ行ったのかなぁと言いながら
実体のなかった蛇を捜し始めた。

綱吉はほっとした様子でごしごしと目を擦った。
その仕草は年齢よりもとても幼くて、目元に赤がじわと滲んだ。

かわいい。やっぱり触りたい。でもなぁ、と骸は一人思い悩む。
悩む。

悩めばやっぱり腹が立ってきた。

何も知らずに蛇、蛇、とベンチの下やゴミ箱の裏を
見て回っている子供たちの無邪気な姿が余計に腹立たしい。
末代まで祟ってやりたくなってくる。

骸にとって綱吉に触れるという事はそれほど、

「・・・。」

所在なくベンチに置いていた手にそっと温かいものが触れた。

左手の小指と薬指に控え目に触れているそれはきっと、綱吉の指だ。

ちらと綱吉に目を向けると綱吉はさっきよりも頬を赤くして俯いている。
それならこれはぶつかってしまったのではなく、
綱吉が自分の意思で触れてくれたのだろう。

「・・・。」

薬指を小さく持ち上げて、自分よりも小さな爪をする、と撫でた。
小さな指が一瞬だけぴくと動いたけれど、
離れていった骸の指を追うようにして、
綱吉の指先も骸の爪をする、と撫でた。

「・・・。」

何だかくすぐったい。

爪に感覚はない筈なのに、くすぐったい。
きっと爪がくすぐったいのではなくて、心がくすぐったいのだろうと思う。

小さい爪は丸くて、ほんの少し表面がぽこぽこしている。

(爪、)

爪にこんなに意識を集中させた事は未だかつて一度もない。
爪の先に皮膚があって手があって、腕があって肩があって。

そうして綱吉を形作っている。
その先の、爪。

「・・・。」

やっぱり触ってみたい。

しばらくお互いの爪を撫で合った後、骸は思い切って少し手を浮かせると
小さな手を包むようにそっと手を重ねて、形を確かめるように柔らかく握った。

綱吉がぴくんと緊張したのが分かったが、そろそろと指を握り返してくれた。

思ったよりももっと小さくて、思った通りとても温かかった。

「・・・。」


これくらいは楽しませてやっても構わない。


きょろきょろしていた子供たちは、蛇あっちにいた!と言って
わぁと声を上げて駆けて行った。


そよそよと風が凪ぐ。

手を、握っている。
握り合っている。


僅かな接触なのに、掌が熱い。
そこからぐずぐずと熱を放って溶けていきそうだ。
手が溶けるなんて事はないから、こんな感覚を生むのもきっと心の仕業なのだろう。

「今、僕が何を考えているか分かりますか?」

「え、今・・・!?」

不意に声を掛けられて、綱吉は赤い頬のまま骸を見上げて目が合った。
ばっちりと目が合って、二人は思わず目を逸らす。

「あ・・・、え〜と・・・ごめん、全然分かんない・・・」

申し訳なさそうに、それよりも恥ずかしそうに綱吉はスニーカーで砂利を擦った。

「・・・。」

分からないのなら、どうやら心が漏れている訳ではなさそうだ。

「・・・たまに、君が僕の心を分かっているような行動をするから。」

言って握り合った手を少し持ち上げた。

「・・・そう、かな?」

恥ずかしさから眉尻を下げていた綱吉がうーん、と考え込んでから
あ、と声を上げた。

「もしかして、だけど・・・その、同じ事考えてるから、心が分かってるって、思うのかもよ・・・?」

「それなら、君も・・・・・・、」

ちら、と繋いだ手に視線を落とすと、綱吉は頬を更に赤くしてわたわたしてから何度も頷いた。


くすぐったい、とんでもなく。


手を握り直すと、綱吉は俯いてきゅうと握り返してきた。


火傷しそうだ。


なるほど、同じ事を考えているから心が伝わったと思うのか。


「・・・。」

突然ゆらりと立ち上がった骸に、綱吉は理由が分からないのに何故かぎょっとした。

「骸・・・!」

「急用が出来ました。」

ずんずんと歩いて行ってしまう骸を止めようとするが
引き摺られるだけで何も効果がなかった。

「ちょっと待って・・・!何だか分からないけど、絶対違うと思う・・・!!」

「それは千種にしか分からない事なので、千種に直接訊きます。」

「待って待って、何だか全然分からないけど絶対違うと思う・・・!!!」

ふと気付くと、骸を止めるのに必死になった綱吉がいつの間にか前に回り込んで
ぎゅうとしがみ付いて止めようとしているじゃないか。


細い腕が体に巻きついて、背中をぎゅうと掴んでいる。


骸は込み上げてくる衝動に任せて、綱吉を抱き締めた。


腕の中で綱吉が息を詰めたのが分かって、それでも綱吉を離さないでいると
綱吉がぎゅうぎゅうとしがみ付いてきた。


だから、もっと強く抱き締めた。


ほらね、心は思考の外にある。


心が綱吉を抱き締めたいと言っていて、
綱吉が嫌がるんじゃないかとか、汚してしまうじゃないかとか、
そんな事を考える余裕もない。

そうじゃなきゃ、すべり台の陰から顔を並べて覗かせてイチャイチャしてる!と指差す子供たちを
ただで済ませる訳がない。

細い体を抱きすくめて、しがみ付いてくる綱吉に眩暈を覚えながら
骸は赤に染まる柔らかい頬に頬を合わせて目を閉じた。




六道骸は沢田綱吉と出会ってから「心」について考えるようになった。


心がどこにあってどんな形をしているのか、
気化して漏れていってしまうものなのか、
向かい合った者に鏡のように映り込んでしまうものなのかは未だに解明出来ていないけれど、

でも、

体のどこかに宿る、温かくて、それでいて灼け付くようなこれを
「愛おしい」と呼ぶのを知ったのは、綱吉と出会ってからの事。



09.07.26
初々しい中学生骸ツナ
今日でハグまでいったから、頑張れ骸!!
これからはちょっとづつ、本当にちょっとづつ距離が縮まっていくと思いますw