性描写アリ

★不特定第三者視点注意★



夕日は大分傾き、東の空はすでに紺色が滲んでいる。
校庭の整備を始めている運動部を横目に、校舎に入っていく。校舎の中の蛍光灯は下駄箱だけ点いていて、後は夕日の赤い光が廊下を照らすだけだった。
筆箱を置き忘れた4階の理科室まで一人で階段を上っていく。階段の隅にはもう夕闇が落ちていて、ぴっしりと閉まった窓は外の音を遮断するだけで、風の音すら聞こえない。
階段を一段一段上がるにつれて音が遠くなっていく。
2階に着くと奥の職員室から蛍光灯の明かりが漏れているだけで、すれ違う人もいなかった。上履きのゴムがビニールっぽい階段と擦れてきゅと小さな音を立てる。

正直少し怖くなってきた。

3階まで上がるといよいよ人の気配はなくて、ガランとした教室が並ぶばかりだった。夕焼けが落ちない内にと急いで4階まで上がる。

本当は筆箱なんてどうでもよかった。文房具なんて家にだってあるのだし。
だけど、あの筆箱にはメモ用紙が入っている。それが手元にないとどうしてか落ち着かないのだ。

4階まで上がる。つんとした静かな空気が耳に痛い。小さく息を吐いて急いで理科室に向かった。

メモ用紙には単語が書いてある。
どうしてもスペルが分からない単語があって英語の先生に訊いたら、先生は綺麗な指でペンを走らせた。

インクが伸びて単語が紡がれる。そうして笑顔と一緒に渡されたメモ用紙が、なぜか今でも捨てられない。

先生はきっと、そんな事忘れているだろうけど。きっと他の物だったら諦めていただろうけど、そのメモが失なってしまうのはとても嫌だった。

よりによって理科室は廊下の一番奥の突き当たりにある。いっそ走って取りに行こうかと思っていたけど、走り出したら余計に怖くなる気がして、なるべくいつも通りに歩く事にした。
薄暗いトイレの前を息を詰めて通り過ぎて、ようやく見えてきた理科室は出入り口がすべて閉め切られていた。

教室の扉は授業中以外は開けておかなければいけないので、違和感を覚えて思わず立ち止まる。それでも筆箱はあの中だからと自分を奮い立たせて前に進んだ。

出入り口が近付くにつれて、ささやかな物音が聞こえてきた。ほとんど同じ間隔で鳴る音は、偶然立っている物音ではない様だ。

人がいるみたい。

人がいるなら理科室のビーカーも黒い机もどんな器具も、まだ怖くない。扉に寄り添う。話声は聞こえないけど、人がいるのは間違いなさそうだ。中に誰がいるのかを確認してから扉を叩く事にした。
知らない先輩がいたりしたら、それはそれで怖いから。

前方入口はぴったりと閉まっていて開きそうにもないので、後ろの扉に向かった。確か建付けが悪かったように思う。

案の定、扉は閉まり切らず、ほっそりと開いた隙間から夕日の橙が零れていた。

そっと目を近付けた。

部屋の中が眩しくて少し目を細める。目は次第に慣れていって、人の輪郭を映し始めた。

教壇の前のテーブルに人が二人いた。

一人は黒いテーブルにうつ伏せに上半身をくっ付けていて、一人がそれに覆い被さっている。

喧嘩でもしているのかと思って、一瞬で足が竦み、冷や水を浴びた様に心が震えた。

更に目が慣れてきて、机に伏せているのが英語の沢田先生だと分かった。
何で沢田先生がこんな所にいるのだろうと驚いて、そしてすぐ後ろにいるのが理科の六道先生だというのも分かった。
六道先生がここにいるのは少しもおかしくないのだけれど、沢田先生と一緒にいる事に驚いた。

だって六道先生は、沢田先生の事が嫌いだって、みんな思っているから。

六道先生はほとんど笑わないけど、その分怒ったり怒鳴ったりする事もなくて、それなのに沢田先生にだけはいつも特に冷たかった。
表情をほとんど変えない六道先生が、沢田先生が傍にいると顔を顰めたりするから、だから六道先生は嫌いなんだとみんな思っている。
その内二人が一緒にいる所を見なくなったから、もう誰もその事について話さなくなっていた。

机に押し付けられて苦しそうに眉を寄せてきつく目を閉じている沢田先生を見て、やっぱり喧嘩をしているのだろうかと怖くなって体がすくんだけど、でも、少ししてそれは違うんじゃないかと思い始めた。

時折薄らと開く沢田先生の瞳が水に濡れた様に夕陽を弾いてきらきらとして、染まる頬は夕日より赤くて、とてもじゃないけど嫌がっている様には見えないんだ。

六道先生も同じ様に苦しそうに眉を寄せてながら、緩やかに動いている。

きしきしと、テーブルが小さく軋む音がする。

二人に言葉はない。

何をしているんだろうと思って、目を見張った。

沢田先生はストライプのシャツの下は何も穿いていなくて、白い足が夕陽の中に伸びている。
六道先生は服こそ着ているけど、影の中で沢田先生の体の中に深く出入りを繰り返していた。

混乱した。

嫌い合っているのかと思っていたのに、六道先生も沢田先生も男なのに、どうしてなのだろう。


でも、沢田先生の手首を掴んでテーブルに押し付けていた六道先生の手が滑っていって、沢田先生の手を包み、沢田先生もそっと指を開いてその手を握り返したのを見た時、本当に本当に自然に、二人は愛し合っているのだと思った。


近くにいる姿をぱったり見なくなったのは、きっと愛し合っている事を周囲に悟られない為。


六道先生が沢田先生の耳元にそっと唇を寄せて、何事かを囁く。
それはきっと密やかで甘い睦言。

沢田先生が閉じた睫毛を震わせる。


少し前に、二人を近所の公園で見掛けた事があった。
塾で夜遅くなって帰り道を急いでいる時、ふと公園に目を向けたら、二人はジャングルジムのてっぺんに座っていた。
一緒に空を見上げて、珍しく六道先生も笑っていた。

六道先生は長い指で空を指す。きっと二人で星を数えている。

とても楽しそうで思わず足を止めた。

とても素敵なものを見た気がして友達に話したら、違う人達じゃないかと言われた。六道先生は沢田先生が嫌いなんだからと言われて、自分もそう思っていたから、勘違いだったのかと寂しく思っていたけど、やっぱりあれは見間違いなんかじゃなかったんだ。

六道先生はかくんと膝を落とした沢田先生を抱き止めて体を離すと、とてもとても大切そうに、沢田先生をテーブルに座らせた。

あんなに大切そうに扱うのに、どうしてあんなに冷たくしていたのだろうと思って、ふと、「好きな子ほど意地悪したくなる男の子のキモチ」を想い浮かべた。

そうか、六道先生は沢田先生が嫌いだからじゃなくて、大好きだから冷たくしちゃっていたのか。
そう思い至ると、いつも完璧で近寄りがたい六道先生が身近に思えた。

六道先生は膝を突いて沢田先生の足の間に顔を埋めた。
長い睫毛が頬に落ちて、沢田先生の体を口に含んだ。

沢田先生はまた苦しそうな顔をして、指先が六道先生の顔を緩く滑る。
そして髪を撫でる。

あの綺麗な指先が、英単語じゃなくて六道先生を優しく愛でる。

背中を丸めて震えるようにした沢田先生からぽたりと水滴が落ちた。
夕陽を受けてきらきらと光ったそれが涙なのか汗なのか、この距離からは分からない。

知る事を許されるのはきっと、六道先生だけなんだ。

六道先生は沢田先生の目元にキスをした。テーブルにそっと体を倒して、少しの間離れていた事も惜しむ様に、体を繋げた。
きしきしと切ない音を立てながら、二人はキスをする。

強く抱き締め合って、そんなに強く抱き締め合ったら二人の体が本当にひとつになってしまいそうで心配になった。

ふと沢田先生の瞳がこちらを向き掛けて、それを追う様に六道先生も瞳を滑らせた。

心臓が跳ね上がった気がして驚いて慌てて駆け出す。

筆箱はもう明日でいい。
二人の間には到底入り込めない。

息を切らせて校舎を飛び出す。

この事は誰にも話さないでいよう。
二人のきらきらとしたあんなに綺麗な姿は、人に話してしまうのがもったいない気がして。
自分だけの、宝物にしようと思った。



2011.09.15
なんだこれ笑
にゃんにゃん=いやらしい、じゃなくてきっと愛を確かめ合う行為に見えたんだとおもうおもう、そう思う。
二人は普段は学校では話しもしないように気を付けてるけど、今日は喧嘩の後じゃないかなって思います。
理科室に沢田先生が行って「このままじゃ嫌だよ…」って言って泣いちゃって、六道先生は内心めっちゃ慌てて、泣き止んで欲しくてちゅちゅしてたら沢田先生がぎゅっとかしてきて数日間いろいろ溜めこんでいたもの(好きとか触りたいとか話したいとか失くしたくないとか)が爆発しちゃってにゃんにゃん始まったみたいな。喧嘩の原因は1兆%六道先生の嫉妬だな。ここまで考えてる自分乙。