裏世界の子供×お坊ちゃん

一話目ショタ注意




子供だからと言って舐められることはよくある。

否、ほとんどがそうだと言っても過言ではない。
高いリスクを背負わされて、子供だからと言って報酬をピン撥ねされることなんてしょっちゅうだ。

けれどもやはり子供だから、自分で運び屋の仕事が取れる訳でもない。
それなら今は我慢して罠を巡らせることに集中して、いつか頂点を取った日には
舐めた真似した大人全員に靴の裏を舐めさせてやると骸は心に決めて今日も生きている。

*

「つっくんもうごちそうさま！」

くたびれたテーブルからやっと顔を出して座っている子供が、皿の横によいしょとフォークを置いた。

「・・・まだ残ってますよ。」

骸が冷ややかに言うと、子供は大きな蜂蜜の目をうる、とさせた。

「・・・つっくん、にんじん、きらい・・・」

骸の薄い唇が凶悪に曲がっていく。


だから金持ちの子供は嫌なんだ。
好き嫌いで食べ物を残す。
こっちは食うや食わずの日が多いというのに。


不機嫌にじりじりと顔を歪めていく骸に子供、綱吉は大きな目を更にうるうるとさせて情けなく眉尻を下げた。

「むくろは・・・にんじんのこす、つっくんきらい・・・？」

嫌いもなにも、始めから好きでも何でもない。


けれどもここ数日で骸は覚えたことがある。


「ええ。食べ物を残す人間は嫌いです。」

綱吉の大きな瞳は今にも涙が零れ落ちそうだが、意を決したようにフォークの先で不器用に皿の人参を刺し、
小さな鼻を摘みながら恐る恐る人参を口の中に入れた。

おえっとなりながらも、その小さな口をむぐむぐと一生懸命動かしている。

「むくろ・・・つっくんのこと、きらいにならない・・・？」

「ええ。」


投げ遣りに言うが、綱吉は泣きそうになりながらもへらっと笑った。


嫌いになる、そう言えば綱吉が言うことを聞くというのを覚えた。
嫌い、そんな言葉だけで言うことを聞くのだからこんな馬鹿な話はない。


骸は深く溜息を落とした。



なぜこんな状況になっているかというと、話しは数日前に遡る。


いつも通りに仕事で港に行った。
一番船舶に近い公衆電話の右から3つ目、その下の黒いキャリーケースに取引のモノが入っている。

さり気ない動作で回収するのだ。

けれども今回は計画的に契約に穴を開けて腹の立つ頭を失脚させることにしていたので
キャリーケースはアジトに持ち帰った。


秘密裏に取引されるものなんて、骸たちの普段の生活には糞の役にも立たないものばかりだから横流しするに限る。

高値を付けそうな馬鹿な組織はいくらでもある。

今回はどんなものかとキャリーケースを開けて暫し無言。



なんと言うことだろうか。
子供がすやすや眠っている。



キャリーケースに詰められてすやすや眠れるなんて尋常ではない。


一瞬本気で生物兵器か何かかと思ったが、
寝返りを打って勝手に床に転げ落ちてびーびー泣き出したのでただの子供だと確信する。

更にあぐあぐと呼吸を乱して泣いて、
小さな唇に涎なんて伝った日にはただの馬鹿な子供だと確信せざるを得ない。


よく迷子にでもなるのか、胸に下がったプラチナのネームプレートには「Sawada Tsunayoshi」とご丁寧に書かれている。

沢田といえばこの辺りでは有名な富豪だ。


こんなプラチナに宝石が埋めてあるようなプレートを下げていたら誘拐してくださいと言っているようなものだが、
堅気の人間からしたらただの迷子札なのかもしれない。

やっぱり馬鹿なんだろうなという確信を深めながら、骸はある組織に潜入させている部下と連絡を取った。

この組織は誘拐を専門としていて金のためなら何でもする頭の悪い集団だ。
誘拐されればまず命はない。


部下と連絡を取ったら、やはり沢田の家の長男を誘拐する予定だったらしい。


先に向こうがケースを取り違えたのだろうが、ミスはミス。
なので部下に八つ当たりをしておいた。



けれどこれは都合がいい。



取り違えたキャリーケースは部下に回収させればいいし、綱吉を餌に誘拐組織から金を搾れる。
更に沢田の家からも金を搾れる。

ほくそ笑む骸の横で、綱吉は両腕を目一杯上に伸ばして部屋の隅から隅を
パタパタと走っては戻って走っては戻ってを繰り返していた。


ぱたぱた。
ぱたぱたぱた。


「・・・。」

何だかなぁ。
緊張感っていうものがなくなるんだよなぁ。

「・・・何してるんですか？」

堪りねけて問い掛けると、綱吉は一生懸命ぱたぱた走りながら答えた。

「おいかけっこ！」

一人なのに？
もっとうんと子供の頃の自分もこんなだったのだろうか、と思ったが
記憶する限り一人で追いかけっこなんかしたことない。
やはり綱吉はどこかおかしいのだと思う。

「・・・何を追いかけてるんですか？」

「つっくん！」

ぱたぱた。

「・・・誰が追いかけてるんですか？」

「つっくん！」


イカレている。
想像を絶する。


それとも哲学的な話をしているのだろうか。

己を追いかけれられるのも、追い詰められるのも己のみだと。


んな訳あるか。


ひとり遊びが大層上手い綱吉に釣られるように
骸も脳内でひとり遊びをしながら遠い目をした。

己にしか見えない己の残像を追いかける綱吉を見ながら綱吉は稀に見るトロさだから転びそうだと思った。

思った途端綱吉は何もないに顔面から思いっ切り転んだ。
びったん、と悲惨な音がする。

綱吉はよたよたと上半身を起こすと、ぺたりとその場に座り込んで赤い鼻先をそのままに、ふぐ、と短い眉を寄せた。

泣くのか、と骸もひくと眉根を寄せた。

子供の泣き声のけたたましさと言ったらこれもまた尋常ではない。

鼓膜とか堪忍袋の緒とか切れそうになる。


綱吉はふぐ、ともまた一層眉根を寄せた。

骸の眉根もひくと寄る。ふぐ、と寄ればひく、と寄る。

とうとう顔を歪めた綱吉に、骸の表情も歪んだ。


「ひくしゅっ」

「くしゃみか・・・！！」

骸の盛大な突っ込みにびっくと体を跳ね上げた綱吉は、じわじわと瞳を濡らしていった。

そしてとうとうあーんと泣き出してしまい、
骸は額を押さえて大きな溜息を吐いた。

「骸しゃん、泣いてまふ。」

見張りをしていた部下の犬が、天井からひょっこりと顔を下ろした。

「知ってます。」

「骸さま、」

「知ってます。」

犬と並んで天井から顔をぶら下げた千種はずれた眼鏡を押し上げた。

「骸さま、煩いです。」

「僕ではありません。」

「骸しゃん、見付かっちゃいまふ。」

「それならお前たちがどうにかしなさい。」

「俺たちらと余計泣くんれふよ。」

「骸さま。」

うわーんと声を上げて涙で頬をべちゃべちゃにした綱吉に、骸はまた溜息を落とし椅子から立ち上がった。

「来なさい。」

骸の声に綱吉はうぐうぐと泣きながらも立ち上がって骸の足元に駆け寄ると
足にひしっと抱き付いた。

仕方ないように抱き上げると、綱吉は鼻を啜りながらしがみ付いた。

「骸さま、そろそろお時間です。」

千種の声に骸は分かりました、と頷いた。


これからふたつの組織を潰す。


ひとつは頭の悪い誘拐組織、もうひとつは今自分たちが所属している組織。
このふたつを潰したからと言って今の状況が劇的に変化する訳ではないが、確実な足掛かりになる。


綱吉は取引が終われば用はない。

けれどみすみす誘拐組織に綱吉を渡して資金源を提供する必要もないし、
綱吉を生かしておいた方が沢田の家からも金は搾り易い。


殺すのも面倒なので、沢田の家と取引したら屋敷の前に捨てるくらいはしてやってもいいと思っている。


「むくろ・・・」

一人遊びをして泣いて疲れたのか、綱吉は小さな掌で骸の服をきゅうと掴むと
うとうとと船を漕ぎ始めてでも、小さな小さな唇が微笑んだ。

「むくろ、だいすき・・・」

すり、と骸の頬に擦り寄ってから綱吉は小さな寝息を立て始めた。

「・・・。」



別に、情が移ったとかそんなんじゃない。



そう思いながら骸は幼い背中を慣れた手つきで摩った。



2010.01.23
続きますｖ