R15
綱吉はとても生々しい夢を見た。
それはもう生々しい夢。
肌に舌が這う感触だとか、頭のてっぺんを突き抜けるような気持ちよさとか、男のくせに大きな喘ぎ声を上げて喉の奥がちりつく感覚とか、吐精に震える体の揺れとか。凄くリアルだった。
多感な学生の頃は鬼の家庭教師のしごきにより、そして僭越ながらもボンゴレのボスの座に収まってからは慣れない事も多く、多忙を極め、女性とそういう関係になることはおろか、一人で処理する気も起きないほど枯れていた。ぱっさぱさだ。原因の一つでもあるリボーンに「じじぃかよ」と言われたが、否定する気も起きなかった。もしかしたらじじぃの方が元気かもしれない。
性的な欲求など消え失せたわハハハなんて心と同じくらい乾いた笑い声を漏らすこともあったけど、枯れた訳じゃなかったんだなと夢の中で正直嬉しくも感じた。
ただ問題もあった。
そんな風に狂おしいほど求めて感じて体を繋げた相手が、どうしてか、骸だったのだ。
あの、六道骸。
今でこそ簡単な会話をするようにはなったが、やはり山本や獄寺たちとの付き合い方とは違っている。到底友達とは言えないし、綱吉は仲間だと思っているが骸はどこか一線を引いた態度だ。
だからどうして骸なんだと混乱したが、所詮夢だし、耐えられないくらいに骸が欲しかったので夢の流れに身を委ねた。
そうしたらどうだ。
気持ち良すぎた。おかしくなりそうだった。
実際に吐精する感覚があったので、ああ夢精しちゃったよと一瞬思ったけどそれだけで、すぐにどうでも良くなって骸に抱き着いた。夢の中で。
感じたことのない快楽と幸せな気持ちを同時に手に入れ、大変満たされてやたらと長い夢から目が醒めた。部屋の中がぼんやり明るい。
所要で10日ほどお世話になっているホテルの寝室はもう見慣れたもので、居心地の良さも相まってもうここに住みたいなんて思っている。もちろん許されないけれど、夢見るくらいいいじゃないかとぼんやりと思う。
夜明け前の淡い光が、カーテンも引いてない窓から滲んでいる。ここが都会の高層ビルの中じゃなければ、小鳥のさえずりでも聞こえてきそうだ。
綱吉はへらりと笑う。
気分がいい。すっきりしている。
長年の欲求不満が一気に解消された気持ちだ。
でも骸と顔は合わせ辛い。
夢とは言え、いや、夢だからこそ罪悪感が大きい。骸は知らぬこととは言え、どんな顔で会えばいいのか分からない。
(…何で骸だったんだろ)
すでに膨らみ始めた罪悪感を抱えて体を伸ばす。足の爪先がパキパキと鳴った。
伸びきる前に、欠伸が途中で引っ込んだ。
「…」
視界の端に、何か映った。
「……」
綱吉は腕を上げて伸びたまんまの格好で固まった。
いやまさかそんな、と思う。思うのだけれど、どういう訳か、尻の割れ目に違和感がある。
敢えて割れ目と言ったが、本当はもっとピンポイントだ。ただ、綱吉はその事実から目を背け、「割れ目に違和感」と思った。
そういえば皮膚もちょっとぺたつくような気がする。
ぎしぎしと視線を落としていった。
全裸だった。
綱吉は現実から目を背けるようにバッと顔を逸した。そして図らずもさっき視界の端に映った「何か」を直視することになる。
特徴的な頭頂部の房。背中に流れる長い髪。
綱吉は反対側にバッと顔を逸した。
だらだらと冷や汗が出てくる。
(ゆめ…!ゆめじゃな…!?!?)
あんな特徴的な後ろ姿、間違うはずがない。
今、隣で綱吉に背を向けて横たわっているのは間違いなく骸だった。
そして逸した視線の先、すぐそこに丸まったテッシュが放置されていた。
「…」
だらだらと汗が出る。
けれどほとんど無意識にそのテッシュに指を伸ばした。そっと指先だけで開いてみると、そこにはいわゆる性交で使用するゴム状のモノが使用感たっぷりで包まれていた。
「…!!!」
声にならない悲鳴を上げて、テッシュをベッドの外にそっと押し出した。
(お、おちつけ…!おちつけ…!!)
心臓がばくばく煩い。振動でスプリングが揺れないか心配になるほどだ。
昨日の夜は大きなパーティーがあった。寝不足が重なって、控えたつもりだったのに酔いが大分回った。
それで……それで…?
(お、覚えてねぇええ…!)
パーティーに骸はいなかったはずだ。
それならどうして。
そこまで考えて綱吉はハッとした。そして顔色を一層悪くした。
昨日のパーティーに同伴したのはクロームだった。
(ま、まさかオレ…クロームに変なことしようとしたんじゃ…!)
骸とクロームは今はもう共存関係にはないが、一時は共有していたから意識を繋ぐことが出来るのかもしれない。
クロームにセクハラをしたのだと仮定して、その時クロームが(ボスきもい…止めて欲しい…)とか思ったり、骸に救難信号を出したりしたらそりゃあ助けに来るだろう。
(いや、でも)
助けに来たのならぶっ飛ばして終わりだろう。
じゃあ何なんだよこの状況…!
綱吉はいっそ叫びだしたい心境に駆られた。
「起きましたか?」
どきんと心臓が大きく引き攣った。
そのあと痙攣でもするようにど、ど、ど、と強く脈を打ち出した。
間違いない。骸の声だ。
そして夢でもない。これは現実だ。
口から心臓が飛び出そうになり、思考はぐるぐる回るだけで全く纏まらない。
骸が起き上がった。綱吉はびくんと体を跳ね上げて反射的に土下座ポーズになると、骸から隠れるように手を翳した。
「オレ…!何にも覚えてないんだ…!!」
マットレスにめり込む勢いで顔を伏せている綱吉の頭上から、少し間を開けて声が降る。
「そうですか」
あまりにもあっさりしているものだから綱吉は思わず顔を上げ、もうすでにベッドから足を下ろしていた肌色でしかない骸の後ろ姿を見て、また勢い良く顔をマットレスにめり込ませた。心臓は変わらず煩い。
骸が寝室から出て行く音を聞き、バスルームに入っただろう音を聞いた。
しばらくしてバシャバシャとシャワーが床を打つ音がして、ようやく顔をそろりと上げた。
ベッドの上は乱れている。
綱吉は改めてかぁと顔を赤くした。
(マジで何なんだよこれ…!)
頭を抱えると丸まったテッシュが視界に入った。隙間から使用感溢れるゴム状のモノが見えて、物凄い速さでそれを手に取るとゴミ箱に叩き入れた。
(なな何回やってんだよ…!!!)
耳まで真っ赤でじんじんと脈を打つ。
取り敢えず深呼吸をするが噎せ込んだ。背中が丸まって自分の腹が見えると、そこは薄ら白くなってカサついていた。綱吉は白目を剥きそうになった。夢精したかと思ったけど、夢で吐精したわけじゃない現実を突きつけられた。
綱吉はハッと顔を上げた。シャワーの音はまだしている。
慌ててベッドから降りるが股関節が痛くて上手く立てず、ぐしゃりと床に潰れ落ちた。
何で痛いのかと思ったけど、そりゃあ足を大きく開くなんて真似したらと納得仕掛けて噎せて咳き込んだ。
一人で大騒ぎな綱吉だが、這うようにして何とかクローゼットにたどり着くと、クリーニングから戻ってきたYシャツの薄いビニールを破って羽織った。下着も新しいのを床に座ったまま急いで履く。
骸がシャワーから上がってきて全裸で迎えるのもいかがなものかと思い、取り敢えず最低限隠す。
そして冷静に何があったのか聞こう。そう決めた途端また噎せ込んだ。
一人ではぁはぁと息を荒げながら、Yシャツの襟に付いたままのタグと格闘していると、バスルームの扉が開いた音がした。綱吉はびくんと体を跳ね上げる。ソファに腰掛けようと思うが、股関節が言う事を聞かない。
慌てて間抜けな格好でもがいていると、扉が閉まる音がした。
次いでオートロックが掛かる音がして、静寂が訪れた。
「…へ?」
綱吉の抜けた声は静かな部屋に響くだけだった。
「む、むくろ…?」
試しに呼んでみるが応答はない。
(…出て行った…?)
肯定するように部屋は静かなままだった。
綱吉はYシャツに下着一枚という間抜けな格好で床にぺっちょり座ったまましばらく放心していた。
2013.6.25
続くよ!