骸から連絡が入ったのは思いの外早かった。

家に帰ると骸は一人でワインを飲んでいた。

見覚えのない繊細な細工がしてあるワイングラスはご丁寧にペアだった。

頂き物です、と骸は言った。

綱吉の脳内で「頂き物」が「貢物」に変換されて、舎弟、ではなく友人二人の顔を思い浮かべた。

骸が暴れて家が壊れていないかついつい視線を彷徨わせてから
違う違う、と思考を振り切った。

「君も飲みますか?ああ、未成年ではこの味は分からないですよね。」

「なぁ・・・!もうすぐ二十歳だし・・・!!」

意地になって骸のグラスを取り上げて口に含んだワインの味は強烈で
うぐ、と喉が詰まった。

「やはり君には無理ですね。」と小馬鹿にして言って、
繊細なワイングラスには不釣合いなオレンジジュースを注いだ。

綱吉は目を半眼にして、体の中をすすぐようにジュースを流し込んだ。

それでもアルコールに胃の奥からかぁ、と熱が込み上げてきて、
その頬は淡い赤に染まった。

「たった一口でそれですか。」

「・・・うるさいなぁ、」

少しでも酔いを醒まそうと、氷を取りに行こうと立ち上がったところを不意に腕を掴まれた。

「わ・・・!」

すでに足元が覚束なくなっていた綱吉は、骸を押し倒すようにして倒れ込んでしまった。

「わ・・・!わ!ごめん・・・!」

体が完全に骸に乗り上げてしまっていて、慌てて立ち上がろうとしたのだけれど
ぎゅう、と抱き締められてしまって、綱吉は心臓を跳ね上げた。

「綱吉。」

「ふえええ・・・!?」

すぐそこで名前を急に呼ばれて、驚いて目を白黒させてしまった綱吉を
骸は怪訝な顔で見下ろした。

けれどその距離さえ近くて、鼓動は速まるばかりだった。

「君だって、僕を呼び捨てているでしょう?」

呼び捨てているというか、呼び捨てさせられているというか。

「本当に小さいですね。動物みたいだ。」

本当に動物でも撫でるように肩から背中に滑る手に、ぐらぐらとした。

耳の先まで赤くなっていくのが分かったし、心臓の音も煩かった。

脈を打つたびに頬までじわ、じわ、と脈を打つのが分かって、
余計に鼓動が早くなって悪循環だった。

アルコールのせいだと、自分にも骸にも、心の中で言い訳をした。

「む、むくろがでかいだけだよ・・・!」

綱吉も自分が年齢の割には健やかに育ったとは言えない事くらい分かっているが
言われっ放しは癪に障る。

「わ・・・!」

言い返したら急に視界がひっくり返って、気付いたら骸の体の下に敷かれていた。

さら、と骸の髪が頬を掠めて、綱吉はただただ目を見開いて動けなくなった。


骸はそんな綱吉のズボンにおもむろに手を掛けた。


「ここも小さそうですよね。」

「なぁぁぁ・・・・・・っ!!!!!!」

あまりの暴言に目を剥いて、けれどすぐにはっとして下げられそうになるズボンを必死で掴み上げた。

「ちょ、おま、今すげー失礼な事言ったあああああ・・・・!!!!」

ズボンが千切れるんじゃないかというほど互いに引っ張り合って、
綱吉の腰骨が露わになったり、物凄い攻防戦の後不意に骸がふ、と吹き出した。

「な・・・っ!」

骸は綱吉の肩口に顔を埋めて、体を揺するように笑った。

「からかったな・・・!」

綱吉が怒っても効果はなく、骸は顔を埋めたままひとしきり笑った後、はぁ、と息を吐いた。

その息が首筋に掛かって、綱吉はまた心臓を跳ね上げる羽目になった。

綱吉が一人でドキドキしていると、骸は不意に呟いた。


「君といると楽しい。」


綱吉は目を見開いた。


またじわじわと頬が赤く染まっていく音を聞いた。

嬉しかった、骸がそう思っていてくれたのが。

綱吉はふわふわと視線を漂わせた後、きゅっと骸の服を掴んだ。

「・・・俺、も、楽しい、よ・・・」

(わ・・・っ!)

ぱっと顔を上げた骸が、柔らかく微笑んだので、綱吉は、心臓が止まるかと思った。

「それはそうでしょう。」

如何せん、ぶち壊す。


上機嫌の骸は綱吉を摘むように起こすと、その後一人でワインを一本空けた。

綱吉はジュースだったけれど、骸の飲みっぷりを見ていると
綱吉の方が酔っ払っているようにぐらぐらしてきた。

骸は一本空けても平然としているのに。

けれどとても楽しくて骸とたくさん話して、はしゃぎ過ぎてしまったから
引きっ放しの布団に体を横たえたらそのまま眠りに落ちてしまった。



どれくらい時間が経ったのか、じわじわと意識が浮き上がっていって
ああ楽しかったなぁと一人でへらっとして緩やかに瞼を持ち上げた綱吉は、
一気に目を見開いて飛び起きた。

「おわ・・・っ!いだ・・・っ!!!」

「つ・・・っ」

ごっ、と鈍い音が響いて、綱吉も骸も額を抑えて蹲った。


だって目を開けたら骸の顔がすぐそこにあったから。
驚いて飛び起きたら額と額がぶつかってしまったのだ。


「なな・・・な、どうし・・・!」

盛大に慌てて額を抑えて涙目になった綱吉とは反対に、
骸は額を抑えていたけれど、平然としていた。

「ゴキブリがいました。」

「なぁ・・・!マジ・・・!?」

「君の顔を横切って行きました。」

「う、うそ・・・っ!!!!捕った!?捕った・・・・!?!?」

「いいえ。君が飛び起きるから。」

「う・・・っちょ、むくろ・・・!」

骸は何事もなかったように自分の布団に戻っていって、
そのまま横になってしまった。

「むくろ・・・」

呼び掛けるが起きない。

後ろでかさ、と音がした気がしてばっと振り返るが何もいない。

うう、と綱吉は小さく呻いた。

こんな雑多な中で、紛れ込んできたとしても不思議はない。
でもだからと言って、いると分かっていて寝る気にもならない。

また顔面横断されるかもしれない。
綱吉はふるっと体を震わせた。

「ああ、そう言えば。」

「な、何何・・・!?」

不意に骸が声を上げたので、縋るように先を促す。

「川沿いは出易いらしいですね。」

「え・・・?な、なにが・・・?」

「もっとも僕はそんなものは信用しませんが、」

「あの、なにが・・・?」

「幽」

「ぎゃあああああ!!!!それ以上言うな・・・!!それ以上言うなよ・・・!!」

「水べりに出易いらしいですよ、幽」

「だめええええええ・・・!!!!!だってすぐそこ川じゃん、すぐそこ川じゃん・・・っ!!!!」

「おやすみなさい。」

無情にも骸は綱吉に背を向けた。

「むくろおおおおおお・・・・!!!!!!」

魂の叫びも届かず、骸は綱吉に背を向けたままだった。

綱吉はほとんど半泣きだった。

骸はすぐそこにいるけれど、一緒にいる人が眠っていると余計に怖くなる。

綱吉は見えない敵に過敏に反応して、背後を何回も振り返る。

もちろん何もいないが、何かいても困る。

とうとう泣き出しそうになった時、骸が振り返った。

「そんなに怖いなら、こっちに来てもいいですよ。」

上掛けを捲くられて、綱吉はじわ、と頬を赤くした。

(な、なに変な事考えてんだ俺・・・!!)

一人わたわたする綱吉に、骸は背を向けた。

「嫌ならいいですけど。」

「行く・・・!!」

一人寝るのは耐えられない。


勢い良く骸の布団に潜り込むと、骸が振り返った。


(わ・・・!)


長い腕が体に巻き付いて、温かさに心臓がぎゅっとなった。


(うわ・・・)

優しく背中を滑る手が心地良くて、確かな腕の重さが心地良くて、
綱吉は思わず骸の胸に顔を埋めた。


背中を滑っていた手が、柔らかく頭を撫でる。


「このまま、」

「え・・・?」


柔らかい声に綱吉は自然と頬が赤くなった。

「このまま、一緒に暮らすのも悪くないと思うのですが。」



一緒に住みませんか、と。



同居の誘いにしては、随分と甘過ぎるような。



一人で勘違いしていたら申し訳ないので、綱吉は頬を染めたまま、ゆるゆると視線を上げた。



「・・・それ、どういう意味・・・?」

骸はふわ、と笑うと、額に、鼻先にキスを落として、
最後に、その小さな唇に、柔らかいキスが。

「こういう、意味で。」

ばあ、と頬を染めた綱吉が小さく頷くと、
骸は嬉しそうに笑って優しいキスを額に落とした。




「早起きをしてお見送りとは、可愛い事をしてくれますね。」

「あ、うん・・・だって、」

頬を赤くしてまだ寝惚けた頭で、玄関先まで骸の後をくっ付いて行った。

「ああ、そうだ。荷物は片付けないでください。」

「え・・・!?」

「一緒に住むのにこの部屋は狭いので、マンションを買います。」

「なぁ・・・・!?」

突然の宣言に、綱吉の眠気は一気に吹き飛んだ。

「で、でも俺そんな、」

慌てる綱吉の頬に大きな手が添えられて、ぴょんと小さく体を跳ね上げてしまった。

「君は何も心配しなくていいですよ。あと、ベットはひとつで構いませんね?」

明確な意思を持って囁かれた言葉に、綱吉はかぁ、と頬を染めた。
骸は満足そうに笑うと、綱吉の頬にキスをした。

「今度の休みに、一緒に見に行きましょう。」

甘やかに重ねられた唇に、綱吉はぼうっとしてしまう。

「いってきます。」

「い、いってらっしゃい・・・」


玄関が閉まると、綱吉はその場にぺたんと座り込んでしまった。

(うわあああ・・・・)


染まる頬を両手で包んで、ぎゅっと目を閉じた。


まさかこんな展開で恋人を得るとは予想もしていなかった。

でも骸は怖いけど何だかんだでとっても優しいし、
怖いけど物凄く頼りになるし、
怖いけど贔屓目なしで格好いいし、
ずっと一緒にいて好きにならない方がおかしい、と自分に言い訳をしてよたよたと立ち上がった。


ふらつく足元で、お約束のようにダンボールに突っ掛かって転んでしまった。

「わ・・・!」

ひっくり返してしまったダンボールは骸のもので、床に中の荷物をぶち撒けてしまった。

(わ、わ・・・!)


慌てて片付けようとして、綱吉はふと手を止めた。


黒い手帳からはみ出した写真の束に大きく首を捻った。


そっと写真の束を抜き取ると、そこには見覚えのある人が映っていた。


(あれ・・・こんな写真いつ撮ったんだっけ・・・)


そこに映っていたのは綱吉だった。


大学の友達と、もしくはバイト先の人と、必ず綱吉が映っていて、
そのどれもがカメラに視線は向いておらず、綱吉はとても自然に笑っていた。


(んんん?)


床に散らかった荷物を見ても、やっぱり骸のものだ。


綱吉は更に首を捻ったが、結局手帳にそっと差し込んで元に戻した。



いつ撮ったのか全く思い出せなかったが、
きっとこんな状態だから骸の荷物に紛れ込んでしまったのだろう。




骸の荷物から綱吉の写真が出て来た時の骸の反応も見物だし、
特別な関係になったからと言って、人の荷物をいじるのはマナー違反だと思うから
綺麗に荷物を詰め直して、ダンボールを元の位置に戻した。


これから始まる骸との生活に思いを馳せた綱吉は、一人頬を赤くした。






09.05.30
キリ番リクエスト
ルームシェアをする骸ツナ、最後は両想いで書かせて頂きました!
素敵なリクエストをくださったmiaさまのみ、宜しければお持ち帰りください><
骸の差し金、を選ばせて頂きましたw
またまたまたしてもはぁはぁしてしまいました(ry)
頂いたリクエストではぁはぁしてばかりで、す(ry)///