葬儀屋×喪主



暗い空洞に棺が静かに下ろされていく。


ただ黒で塗り潰されたような重い風景の中で、静謐に佇む人がいた。



見守るように大きな目が瞬きもせずに棺を見詰め、
悲しみに暮れて涙を流す人たちの中でその人だけが泣いていなかった。


ご立派で、と誰かが囁き合っているのが聞こえた。


けれど骸には、その人こそが儚く見えた。


空洞に収まった棺に白い薔薇が投げ込まれて闇を白く染めていく。


その人は漆黒のベールを下ろしてそっと顔を隠した。


男なのにベールを掛けるのかと、骸は何となく思った。


棺が土に還れば式が始まる。

骸は足早に館を横切り、そして木々の影に人の姿を見止めた。

人目を避けるようにその細い肩が震えていた。

(あの人は・・・、)

葬儀屋ならば、式を清々粛々と執り行うために依頼主と距離を取り
余計な情を入れないのが常識だけれど。

骸は初めて足を一歩、踏み出してしまった。

それはほとんど無意識だった。

そして口から出て来た言葉は自分でも呆れ果てるほど陳腐なものだった。

「大丈夫、ですか?」

大丈夫な訳ないだろうに、と自分で思う。

そしてそう問い掛けられれば
はっと振り向いて無理に笑い、
大丈夫です、と返ってくるに決まってる。


漆黒のベールの奥、その目元は赤に染まり
大きな目を伏せて横を通り抜けようとしたその人の腕を、思わず捕まえてしまった。


ベールの奥で涙に濡れた瞳が煌めく。


骸はハンカチを差し出した。


「僕は部外者なので、僕の前では泣いても構わないと思います。」


何を言っているのだろうとどこかで思って、
けれどはたはたと零れ落ちていく涙を見て後悔はしていないと思った。


震えるように泣いて、やがて膝を落とすから、骸は反射的にその華奢な体を支えた。


この人は泣けないのだと思った。

この人は自分が泣けば周りがもっと悲しみに暮れる事を知っているから、
人前で泣けないのだと分かった。


ありがとう、ごめんなさいと繰り返す。


誰に謝っているのだろう、酷く気に掛かった。


しなやかに細い腕は震え、骸の腕の中で息づく。



例えるなら百合の花。



花びらを落としてしまわないように、柔らかくその体を抱き締めた。



その人が腕の中で息を詰めて、けれど再び静かに泣き出した。



縋るように泣くその人に、眩暈がした。





不謹慎にもその人を、美しいと思ってしまったのはまだ、気付かないふりをして。





09.09.04
誰が亡くなったとかは全く考えてません。
と言うよりは考えられませんorz