とても静かな家の中にごつりと音が響く。

綱吉は自分の部屋の真ん中で正座をしている。
そして何度も眠りに落ちてはテーブルに頭をぶつけて飛び起きている。

今日の夜の健やかな眠りのために昼寝も我慢していたが、さすがに限界が近い。
家の中が静まり返っているから余計に眠くなる。


リボーンは宣言通りに山本の家へランボたちと一緒にウキウキと出掛けていった。
そして何故か奈々とビアンキまで連れて行った。
なので家には綱吉一人きりだ。
不平不満は暴力で捩じ伏せられ、今に至っている。

(うう・・・眠い・・・)

何度目になるか分からないが、またテーブルに頭をぶつけて飛び起きた。
血が出ていないかぶつけた所を手でさすって確認する。
少し腫れてるけど大丈夫だった。

綱吉ははぁ、と深い溜息を吐いた。

頭を強く打ち付け続けたせいか分からないが、綱吉は突然ひらめいた。

(そうだ・・・!)

骸が来る前に寝てしまえばいいんだ。
一度眠ったら簡単に起きないというどうでもいい自信ならある。
そうすれば骸は勝手に寝て勝手に起きる事になる。
その間綱吉は熟睡している訳で、隣にちょっと温もりが残っているくらいで
いつも通りの朝が迎えられる筈だ。

(俺頭いい・・・!)

誰も褒めてくれないので自分で自分を褒め称えながら立ち上がろうとした時に部屋の扉が開いた。

「玄関の鍵くらい閉めなさい。馬鹿か。」

せっかく自分で褒めたのに罵られ、そしてあまりにもお約束な展開に綱吉はその場にくちゃりと潰れた。

骸はまるでゴミでもみるような目で綱吉を見ている。
もう生物として認識されているのかすら疑問である。

鼻で笑う声が聞こえた。

「ようやく死にましたか。」
 
「残念でしたぁ生きてますぅ!!!」
 
小学生顔負けの子供っぽさで抗議して、猫のように威嚇している綱吉を完全に無視して
骸は上着を脱ぎ捨てるとさっさとベットに収まった。
 
(ちくしょー!!!!無視しやがって・・・!!俺に負けたくせに・・・!!!)
 
歯噛みして骸を見遣るが、やはり骸にはゴミか何かにしか見えていないようだ。
マイナス100度の視線が痛い。
 
(・・・いつか言ってやる・・・うん、いつか・・・・)
 
弱弱しく心に誓い、ベットによじ上ろうとした綱吉の視界に
ふと骸の上着が映りこんだ。
 
(わ!)
 
綱吉は慌てて骸の上着を拾い上げた。
 
ランボが食べ散らかしたお菓子の上にまんまと乗っかっていたのだ。
急いで確認すると染みは付いていないようなので、ホッと息を吐いた。
 
(・・・気にしないのかな、こういうの・・・)
 
生地の良し悪しなど分からない綱吉だが、その綱吉が見ても高そうな服である。
思い返せば昨日も一昨日も、脱ぎ捨てていたように思う。
 
(い、意外だ・・・)
 
掃除した傍から窓の桟に指を滑らせて、
「何ですかこのホコリは。本当に掃除したんですか。」とでも言いそうなのに
「部屋が汚い君が汚い。」と罵られてもおかしくないと思うのに
そういえば部屋の汚さには一言も触れていない。

(気に、しないのかぁ・・・)

感動に近いものを感じながらぼんやりとランボの食べ散らかしたお菓子を見遣る。

「・・・・・。」

何だか四、五日前からそこにある気がする。

さり気なく部屋の中に視界を這わせて綱吉は愕然とした。


汚過ぎる。


辛うじて制服はハンガーに吊るしてあるものの、いつ脱いだか分からない靴下が片方だけ落ちてたり
部屋着は裏返って脱ぎ散らかしてあるし、何飲料か分からない飲みかけのペットボトルとか
崩れた雑誌とか食べかけのお菓子とか、それはもう所狭しと床に敷き詰められている。
 
机は完全に物置だ。
テーブルはさっき綱吉が頭をぶつけ続けた振動で物が落ちて少しはすっきりしているが、
床に落ちただけの話である。
 
リボーンもランボもビアンキもこの部屋でとんでもなくくつろいでいるから麻痺してしまっていたが
これは相当汚い。
奈々が諦めて掃除機をかけなくなる訳だ。
 
(恥ずかしくなってきた・・・!!!!)
 
仮に骸が汚いのを気にしない性格だとしても、視界には入っている筈だ。
 
今更ながら急に恥ずかしくなって頬を赤くした綱吉は、
開いているハンガーに骸の上着を非難させるべく立ち上がった。
 
(床よりはマシだよな・・・)
 
自分の部屋なのに壁まで汚く思えてきたが、
他に吊るす所もないので制服と並べて壁に掛ける。
 
(うわ〜・・・何だよこの体格差・・・・)
 
骸の上着と綱吉のブレザーは大人と子供ほどの差がある。
綱吉は絶望の眼差しでふたつを見比べた。
 
(確かひとつ上なだけだったよな・・・今からこんなでかかったら大人になったらどんなんなっちゃうんだ)

全くどうなってるんだ!と一人憤慨して、ぎちりと固まった。

感じる。

背中をえぐるようなあの殺気。

見ないでも思い浮かぶあの凍てつくオッドアイ。

「・・・ぅ」

声を詰まらせる。
このまま固まり続けたいが、固まってしまったら視線だけで殺され兼ねない。

綱吉は意を決してきつく目を閉じると、一気に振り返った。

「か、勝手に触ってごめん・・・!汚れるかと思って・・・!!!!」

(あ、あれ・・・?)

不意に殺気を感じなくなって恐る恐る目を開けると、意外にも骸はふと目を伏せた。

「いえ、別に。」

(あれ・・・・)

奇妙な空気が流れる。
通常の人付き合いにおいて殺気が絡むなどあり得ないのだが、
骸と綱吉の間に殺気や恐怖がないのが奇妙に思えてしまう。

骸は目を伏せたまま、すでに寝る体勢でいる。

これはチャンスかもしれない。
骸がこの状態でいるなら、普通の会話が出来るかもしれない。
ここ数日の最大の疑問を今こそ訊いてみようと綱吉は決意した。

刺激しないようにゆっくりとベットに近付く。
軽い調子で訊こうかとも思ったが、それだと無視されてしましそうなので
少し真面目な雰囲気を作ってみようと思った。

(さり気なくさり気なく・・・)

自分に言い聞かせてベットに滑り込んで、さり気なさを装うために体を傾ける。
咳払いを何度かして、真面目な声を出せるようにあーあーと小声で発声練習をした。

(よし!)

「あのさ、骸・・・・・っ!?!?」

斜め下からもろに食らった毛穴が全て開き切るような苛烈な殺気。
鮮烈な赤に浮かぶ「六」の文字が「殺」に見えるのは気のせいだと自分に言い聞かせる。

「何ですか」

一応は疑問形だが、これ以上口を開くのを決して許していない。

「イエ、ナンデモアリマセン・・・・」

骸は鼻を鳴らすと目を閉じた。

(う、うう・・・)

まともな会話が出来る日が、果たして来るのだろうか。
泣きそうになりながら枕に頭を落とすと、隣から短い呼吸が聞こえた。

(早い・・・)

今日も結局理由は聞けず仕舞いだ。



三日目ともなるとさすがに疲労が勝って、うとうとしては強い緊張で目を覚ます、を繰り返していた。

極力骸の眠りを邪魔しないようにベットの端に身を寄せていた綱吉は
一瞬だけ落ちた深い眠りで寝返りをうって、まんまとベットから落ちた。

「ふげ・・・!」

上掛けと一緒にべちゃりと床に落ちる。

(ヤバイ・・・!)

綱吉は体を低く保ったまま顔を青くした。
骸が起きてしまったかもしれない。

確認したいし、一刻も早く上掛けを骸に掛けたい。
でも顔を上げてあの冷え冷えとしたオッドアイが、がっと開いていたら恐怖で叫んでしまうかもしれない。

綱吉は叫ばないように息が止まるくらいぎゅっと口を押さえて
恐る恐るベットの縁から顔を覗かせた。

(おおおおおお起きてる・・・・・・!!!!!!!!!)

けれど骸は綱吉に一瞥をくれるとすぐに目を閉じた。

(よ、よかった・・・!寝惚けてただけか・・・・)

綱吉はほっと息を吐いた。

(そうだ・・・!今日はもう下で寝ようかな!俺も本気で眠いしリボーンもいないし!)

そうだそうだと上掛けに引っ掛かりながら体を起こして、ふと骸を見遣った。

「・・・・・。」

綱吉はベットに顎を乗せて、まじまじと骸の顔を見た。
考えてみたらこんなにじっくり骸の顔を見たのは初めてだった。
長い睫毛が白い頬に影を作っていて、眠っている顔は年相応に見える。

(・・・・でも、下で寝てたのがリボーンにバレたら何されるか分んないし・・・)

うん、と頷くと、そおっとそおっと上掛けを骸に掛けて、自分も隣に収まって目を閉じる。



骸の長い睫毛がふるりと震えた。





09.01.10                                                                   四日目