一歩、また一歩と家が近付くたびに、夢から覚めていくような気持ちになった。
 
バスの中ではぼうっと頬を赤くして骸の事を考えていられたけど
家の中にはあのおちゃめな大悪魔がいる。
 
今まで無断外泊なんてした事なかったから
不可抗力とはいえ、何を言ってもリボーン様からお許しを頂けるとは到底思えなかった。
 
(ああああ・・・・・・)
 
みるみる下がっていくテンション。
 
家の前まで来る頃には足を引き摺っていた。
 
自分の家に入るのにこんなに躊躇った事はない。
ドアノブに手を掛けては下ろして掛けては下ろしてを繰り返していた。
 
このまま帰らないで骸の所に居座っちゃおうかな、なんて無意識の思ってから
綱吉は一人で慌てた。
 
(ば、馬鹿じゃないの俺・・・!)
 
あまりの恥ずかしい考えに、綱吉は思わずしゃがみ込んで頭を抱えた。
 
「ぐふ・・・っ」
 
一人であわあわしている所に玄関が思いっ切り開いて、思いっ切り頭頂部を直撃した。
 
一瞬記憶が飛びそうになって何とか堪えた。
 
「うおおお・・・っ!!!」
 
開け放たれた玄関先にリボーンが仁王立っていて、条件反射で綱吉の顔は青褪めた。
 
突然リボーンがにやっと笑ったので、綱吉は条件反射で最悪の事態を想定した。
 
「ママンには俺から上手く言っといたからな。」
 
「え、えええ・・・・!?!?何企んでぐふ・・・っ」
 
「ありがとうございます、だろ?あ?」
 
可愛らしいあんよで綱吉を顔を蹴り倒した後、容赦なくあんよをぐりぐりとする。

「ありがどうございばず・・・」

地面に顔を押し付けられて鼻水を垂らしそうな綱吉を鼻で笑って
リボーンは一足先に玄関先に腰掛けた。

にやにやを通り越してにたにたしている。


怖い。
これは相当怖い。


綱吉はちらちらとリボーンの様子を伺いながら隣に腰掛けて靴を脱ぎ始めた。

「朝帰りとはやるじゃねーか。このこの!」

「痛いって・・・」

恐怖を感じるほどの上機嫌で、リボーンは綱吉の腰を足で小突き始めた。

「ちょ、いた・・・っいてててて!!マジでいたい・・・っ!!!!」

絶妙なスナップを利かせた蹴りはマジで痛かった。
痛さと恐怖で涙目の綱吉を全く気にもしていないリボーンの口元は
にたにたし過ぎて痙攣を始めていて、綱吉は思わずひっと短い悲鳴を上げた。

「ようよう、どうだったんだよ?骸とどうなったんだよ、この!!」

「いった・・・っ!!」

柔らかい横腹に蹴りが嵌って本気で痛かったが、
骸の名前が出て来てしまったので綱吉の頬は赤く染まった。

「ちゃんと、仲直りしたよ・・・、」

「ほうほうそれでそれで?」

仲直りどころか黒曜ランドに遊びに行ってもいいと言われたし、綱吉の中では大進展だ。
リボーンがウキウキしながら訊いてくるので綱吉もウキウキしてきてしまった。

「向こうに行ったらすぐさぁ、」と綱吉は更に頬を赤くしてだらしなく笑ったので
リボーンも釣られてだらしなく笑う。

「すぐかよ!喧嘩もしてみるもんだな。」

「そうなんだよ。骸と一緒に昼寝して」

「昼寝して?」

「目が覚めたら朝だったんだよね〜!」


あははは、と上機嫌に笑った綱吉の顔面にツバが飛んできた。


「ぎゃっおま、おえっ!!」

間髪入れずに鳩尾に強烈な蹴りが飛んで来て、堪らず吐きそうになる。
蹲った綱吉の後頭部にぺっとツバが吐きかけられた。

「ち、紛らわしい喋り方すんじゃねーよ。」

「え、ええ・・・・!?俺が悪いの・・・!?」

「俺は出掛ける。」

こんなに早く?と思ったが、何か言ったら嬲られるのが分かるので
刺激するのは止めておいた。

リボーンは起きたらすぐにきっちりとスーツを着込むので
そのまますぐに出て行った。

綱吉は理不尽な暴力にも後頭部のツバにもめげずにへらっと笑った。

だってそんなの全部消えてしまうくらい、いい事があったから。





「おいてめーら、ぐうぐう寝てんじゃねーよ!」

「いてっいてててっ何らよ〜・・・」

窓からの小さな不法侵入者は、寝ている犬の頭を容赦なく何度も踏み付けた。

「おい、てめーも起きろ眼鏡!」

「・・・痛い、」

朝も早くから不機嫌極まりなく頭を蹴られては嫌でも起きてしまう。

「いい年こいて一緒の部屋で寝てんじゃねーよ。」

「え〜・・・お前もうさぎちゃんと一緒の部屋なんれしょ〜」

「何だって?」

チャキっと金属音を響かせて眉間にそんな物騒なものを押し付けられても。
ああこれは相当機嫌悪いな、と妙に冷静に思って
まぁ大体理由は分かるけど、と犬と千種は顔を見合わせた。




最悪の闖入者のために起き出さなくてはならなくなったので
仕方なく飲み物まで用意してやって、骸に見付からないように寝室でミーティングが始まった。

「骸はここには来ねーのか?」

「・・・ここまでは来ないよ。」

「よーし。じゃあまずてめーら『骸死ね』って十回ずつ言ってみろや。」

「はあ!?!?」

「・・・言う訳ないだろ。」

意味の分からない要求はいつもの事なので流しておいて、
綱吉も苦労してるんだろうなぁ、なんて少しばかり同情もする。

「おい、アイツら一緒に寝てるくせに手も握ってねーらしーぜ。」

犬の膝の上で何時もより苦いエスプレッソに顔を顰めながら、吐き出すようにリボーンが言う。

「・・・みたいだね。」

「意外に奥手でビビってるびょん。」

甘いジュースを口にしているくせに犬はリボーンよりも苦々しい顔をした。

「てめーらのボス何とかなんねーのかよ。ちゃんと教育しとけや。」

「・・・そう言うボンゴレはどうなの?」

「そうらよ。教育出来てねーんらねーの!うわ、あちっ・・・!きたね・・・!!」

こめかみに青筋を浮かべたリボーンは口元を引き攣らせながら
口からエスプレッソを滝のように垂れ流した。

犬は膝の上のリボーンを千種に向って投げ付けるが、
千種が体を捩って避けたので、リボーンはソファの背もたれに体を打ち付けた。

リボーンはごろごろソファの上を転がった後、
よちよちと千種の膝の上に座って何事もなかったように話し始めた。

「青臭せぇマジしゃらくせぇ。いくら無自覚と天邪鬼でも
一緒に寝せときゃ何とかなると踏んだが甘かったようだな。」

何事もなかったようなので、ミーティングは再開された。

「れもさーもたもたしてうさぎちゃんが他の奴とくっついちゃったら、
俺骸さんの事見てらんねーよ。」

「・・・悲惨だろうね。」

「片想いで眠れなくなるくれーだからな。どこの乙女だよ。クソ気持ち悪くて鼻毛が出るぜ。」

「骸さんを悪く言うな!全部うさぎちゃんのせいら!
骸さんが寝れなくなるとソレを心配して柿ピも寝れなくなって、ソレを見てる俺も眠れなくなるんらよねー。」

「・・・何やってんだよてめーら・・・・」

さすがのリボーンも愕然とする光景はまだ記憶に新しい。



寝不足だけでは片付けられないあのうつうつとした雰囲気は、どこからともなくカビが生えそうだった。

綱吉が他の人間とくっついたりした日には真先にカビが生えそうな主は
カビが生えるだけに留まらず、何をしでかすか分かったものではない。

素直になればいいのにと思うものの、いくら口で言っても聞かないのは分かり切っているし、
骸が綱吉に対して素直になっている所なんて想像すら出来ない。

だからと言ってこのまま放置すればきっと、永遠に平行線だ。


骸にはどうしても幸せになって欲しい。



千種はメガネを光らせながらゆらりと顔を上げた。


「薬、盛るか・・・」

「うっひょー!」

リボーンは帽子の陰でふっ、と口元を緩めた。

「・・・柿本、てめーのそういう非道な所、嫌いじゃねーぜ。」

「アンタに言われたくないよ・・・」

「よおし!こうなったら即実行らー!」

「お、馬鹿犬でも人間っぽい事言うんだな。」

「れっしょー!」

「・・・犬、褒められてないよ。」

「てめーらに恩売っとこうと思ったのにとんだ手間になっちまったぜ。」

リボーンは千種の膝の上で偉そうに足を組んでぺっとツバを吐いた。

「・・・嫌いじゃないよ、アンタのそういう所。」

「俺も〜れもそういう事はもうちょっと隠しておいた方がいいと思うんらよね〜」

しゃらくせぇ、と吐き捨てるように言うリボーンに、こっちもどうしようもないなと思った。





夕暮れの黒曜ランドに足を踏み入れる。

いつも静かだけど、今日は特に静かだと思った。

学校帰りに寄るのは二回目だけど、前は門をくぐるなり犬が飛び出して来て腰を抜かしそうになったが
今日は飛び出して来る気配が全くない。

(う・・・何か怖くなって来た・・・)

夕陽を浴びてそびえ立つ黒曜ランドはやはり廃墟に変わりなく、
一人で奥まで入って行くのは躊躇われた。

躊躇って少し後ずさったら、何かにぶつかって驚いて振り返る。

「わ!」

後ろにいたのは骸で、憮然と綱吉を見下ろしていた。
かと思ったら、一人ですたすたと歩いて行ってしまって、
綱吉は慌てて骸の後に付いて行った。

少し前を歩く骸の背中を見詰めて、綱吉は小さく微笑んだ。

「・・・今日は二人はいないのか?」

小走りに骸の隣に並ぶと、骸はちらと視線を落としてから
少し歩く速度を落とした。

「アルコバレーノから何も聞いていないのですか?」

「え?リボーン??あ、コレなら預かって来たぞ。」

綱吉が足を止めてカバンを探り出したので、骸も足を止めた。

「コレ!」

綱吉が差し出したのはオレンジ色の小さな箱だった。

「・・・何ですか、コレ。」

「え?あの二人が骸と食べてって、
俺が学校に行っている間に持って来てくれたんだって。」

「え?」

「ん?」

噛み合ってない気がする。と、思ったのは骸だけだった。

「だから一回家に戻ってから来たんだけど、」と、綱吉は何も気にしていない様子で
箱のリボンを解き始めた。

「部屋まで待てないのですか。」

「バスの中でもずっといい匂いがしててさ、」

へへ、と綱吉は苦笑したが、全く手を止める気配はなかった。

「・・・アルコバレーノは家にいましたか?」

「ん?何か出掛けるような事は言ってたけど、いたよ。」

「・・・・。」


何かおかしい。


二人で食べるようにと用意したものなら、今日綱吉が来る事は分かっていた筈だから
何もわざわざ届けなくてもここに置いて行けばいいだろうに。

それに確かに二人はリボーンに用事があって夜まで戻らないと言っていたのに
その呼び出した張本人が家にいるのもおかしい。
だって二人が出て行ったのは昼過ぎだったから。

今は仕方なくボンゴレの監視下にあるので三人が顔を合わせているのもおかしい事ではないし、
けれど気付いていないと思っているようだがそれが最近頻繁なのは骸も気付いている。

「・・・・。」

巡らせていた思考は、綱吉のわぁ!という感嘆の声で一旦閉じられた。

「凄い!綺麗だな!」

箱を開けた綱吉は頬を赤くして骸を見上げた。


顔が赤い?箱を開けただけで?


規則正しく並べられたチョコレートは、滑らかな曲線を描き夕陽を受けてキラキラしているように見えた。
毒々しさを感じさせるほど綺麗で、思わず視線を止めてしまう。


チョコレートがキレイ?


反射的に「待ちなさい、」と言った骸の言葉は一足遅くて
綱吉はもう口に含んでいて、「溶けた!」と感嘆の声を上げた。


「あ、ごめんな骸。先に食べちゃって。」

「・・・いえ。」


やっぱりおかしい。


確かに綱吉は人よりちょっと、いやかなり鈍くさいし、間抜けだし、馬鹿かもしれないけど
小さな子供の面倒を見ているのは知っているし、
親の教育がしっかりしているからか、礼議は子供なりに弁えているように思う。

だからチョコレートの匂いを嗅いだだけで食べるのを我慢出来ないような子供ではない筈だ。


「はい、骸の分。」


なんて、無邪気にチョコレートを指先で抓んで骸に差し出す。



目の前に差し出されたチョコレートの香りが鼻腔に満ちて不覚にも一瞬くらりとした。



綱吉の指先でじわりとチョコレートが滲んだ。



体温が高いのか、と見当違いの事を思いながら骸は綱吉の指を凝視していた。




今なら綱吉の気持ちが少し分かる。
確かにこの香りは抗い難いものがある。






骸の中の漠然とした疑念が確信めいたものに変わっていく。






きららかなチョコレートより、チョコレートがじゅわりと絡まる綱吉の指の方が美味しそうに見えるなんて。





こんなもの口にして堪るかという思いと、綱吉がもう口にしてしまったという事実と、
チョコレートの匂いが思考を絡ませていく。






ただ、この目の前の甘い誘惑に負けそうでは、ある。




















眠れぬ夜は君のせい



きっと今夜も眠れない








Endless*End




09.04.12
匂いだけでって・・・容赦なく盛ったと思われます(´Д`)
でもきっとここの骸はとんでもないツンなので
見守っている(?)三人の苦労(?)は続くのだと思います。
ここでEndlessEndが付きましたが、次のおまけで本当に完結しますですはい・・・