過ぎた悲しみは、怒りにさえ似てしまうのか。
綱吉は骸の気持ちを胸の中で知った。


けれど、今は抑える事なんて出来ない。


「そんな事言って、父さんが俺の事嫌いになったんじゃないの・・・!?」

押し込めていた不安はとうとう抑え切れずに言葉になり、
目に溜めた涙はぼろぼろと落ちて、昂る感情に綱吉は短く荒い呼吸を繰り返した。

骸は目を見張って振り返った。

「それはない・・・!」

綱吉は大きく頭を振った。

「嘘だ・・・!俺が要らなくなったから、だから捨てるんだ・・・!」

骸は危うい呼吸を繰り返して泣き叫ぶ綱吉の腕を取って引き寄せた。

「捨てない!ちゃんと息をして綱吉・・・!」

「いや、あああ・・あ・・・っ!だって俺の事置いてくんだろ・・・!?
同じ事だよ、同じ事だよ・・・!」

綱吉は引き寄せた腕から逃れるように体を仰け反らせ、骸の胸を押し遣った。

「一緒にいるって言った・・・!一人にしないって言った・・・!
幸せにしてくれるって言ったのに、嘘だったの・・・!?
好きって言ったのも全部嘘だったの・・・・!」

「嘘じゃない・・・!」

「じゃあ何で駄目なの・・・!?お金なんかいらない・・・!!父さんがいればいいのに・・・!!
なのに何で駄目なの何で一緒にいちゃ駄目なの・・・!」

骸は体を震わせて嗚咽を漏らす綱吉を、無理矢理抱き込んで抱き竦めた。

激しく上下する華奢な背を、骸の大きな手が滑る。


とても、優しい手。


いつもの、優しい骸の手だった。


骸の香りがする。


涙で揺れる視界に骸の艶やかな髪が映る。


骸の腕の中は、やっぱり温かくて、酷く、安心する。


瞳を閉じた綱吉の目から涙が滑って落ちた。


「・・・父さん、」

その胸に擦り寄るようにすると、骸がそっと体を離した。

悲しみに瞳を上げると、同じくらい悲しそうな顔をした骸が綱吉を見詰めていて
綱吉は目を見張った。

「君がここを抜け出す前までは・・・君が、僕にくれる言葉が例え偽りであっても・・・
傍に、いてくれればいいと思いました。」

長い指が、そろと濡れた頬に触れる。

「でも、考えたら、それでは君が幸せじゃないと思ったから、」


壊れものに触れるようにそっとそっと頬に触れる指の先で、
骸は悲しそうに顔を歪める。


「悲しませたくないのに傷付けてしまう・・・どうしたら君を幸せに出来るのか分からない」


見張った大きな目から、涙がぽとりと落ちた。


綱吉が初めて人を愛して手の伸ばし方が分からなかったように、
一人で生きて来た骸もまた、同じだったのだと、綱吉は唇を震わせた。


だから信じて、という「言葉」はあまりに乱暴過ぎる。


綱吉はさっきからずっと震えている腕を伸ばして、
骸の首に腕を回すと、きつく骸を抱き締めた。


「・・・俺、父さんが好き・・・何があっても、大好き・・・
だから、父さんがいてくれるだけで、俺は幸せだよ、」

「綱、吉・・・」

ずっと、ずっとそうだった。

骸が隣にいて微笑んでくれるたび、胸の奥に灯るものは、幸せでしかなかった。

「父さんがいればいい・・・引っ越そう父さん・・・もっと小さな家に。俺が、一人でも掃除出来るくらいの・・・
父さんが俺の事信じられるまで父さんだけの傍にいる・・・」

「学校は・・・?」

「行かない。」

「友達は・・・?」

「会わない。父さんが俺の事信じられるまで父さんの事だけ考える。父さんだけの傍にいる。」



震える腕で精一杯抱き締めれば、骸の優しい腕がそっと、それでも確かに、抱き締め返してくれた。


温かい腕の中で、ここが、骸の傍が、確かに自分の帰れる場所なのだと
綱吉は小さく微笑んで、涙を落とした。


そして自分も、骸にとってそんな存在でありたいと、強く、思った。







「荷物積み終わりました。」

「はい、ありがとうございます!車ですぐに追い掛けるので先に行ってください。」

引越し業者にお辞儀をして見送ってから、綱吉は玄関の鍵を閉めた。

(荷物の確認もしたし・・・うん、大丈夫。)

玄関を出る前に全部の部屋を見て回ったので、積み忘れはないと綱吉は一人で頷いた。

「六道!」

思ってもなかった声に呼び掛けられて、綱吉が驚いて振り向くと
山本が引越し業者の横を擦り抜けて、笑顔で駆け寄って来ていた。

「や、山本!?学校どうしたの・・・!?」

息も切らさずに綱吉の前に立つと、にか、と笑った。

「朝練出てから抜けて来た。今日引越すって聞いたからさ。」

「え・・・!?俺が引越すって誰か言ってた・・・?」

「朝練終わった時にさ、柿本の親父さんが来たんだよ。六道が引越すからって聞いて急いで来たんだ。」

柿本の親父さんも若ぇのな〜と驚きを隠さないでいる山本の横で
綱吉は瞳を揺らした。

それはきっと柿本の独断ではない筈だ。
そうだとすれば、骸が柿本に行かせたのだろう。

(・・・父さん)

綱吉は濡れた瞳を伏せて小さく微笑んだ。

そっと頬に手を添えた綱吉の指を見て、山本があれ?と首を傾げた。

「六道結婚したのか?」

「なぁ・・・!け、けけ、結婚・・・っ!?」

「ん?だって、ほら。」

山本は綱吉の薬指を指した。


年頃の男の子がするにはあまりに繊細な指輪。

華奢なリングがふたつ交差して、幼い左手の薬指に光って、まるでその先に運命の相手でもいるような。


「ん?あれ?その指って、結婚した時に指輪するとこじゃなかったっけ?」

「いや、あの、そうなんだけど・・・っ!」

山本は頬を真っ赤にする綱吉をきょとんと微笑んで見ている。
恐らく山本は、その指は結婚した時しか指輪を付けないと思っているのだろう。

綱吉はますます頬を赤くして眉尻を下げると、意を決したように何度も頷いた。

「ああ、だからか!結婚で忙しくてそれで学校来れなかったんだな!」

「や、やまもと・・・そ、んな大きな声で言わないで・・・」

恥ずかしそうに縮こまる綱吉の頭を、山本の日に焼けた手が撫でる。

「悪ぃ悪ぃ、嬉しくてさ!じゃあ、お祝しないとな!今度親父さんも一緒に家に飯食いに来いよ。
俺の親父も六道が来るの待ってるぜ。」

大きな瞳が揺れて、みるみる内にその顔は笑顔に染められていった。

「うん!」

そろそろお時間です、と運転手が告げに来た。
綱吉ははい、と笑顔で頷く。

「遠いのか?」

「ううん。ここからだと電車で20分くらい。父さんの会社が入ってるビルにマンションも入ってて
そこに引越すんだ。その方が、一緒にいられる時間が長くなるから。」

はにかむ綱吉に、そっか、と笑顔で返す。

「転校するのか?」

「あ・・・うん。そうなんだ。・・・何も言わないでごめんね・・・」

「いいって。忙しかったみてぇだから。落ち着いたら親父さんと一緒に来いよ!」

悲しげに瞳を揺らしていた綱吉は、大きく瞬きをしてから「うん!」と
頬を染めて笑った。

「山本も乗ってく?」

「いや!学校サボった身で車なんて乗れねぇよ。」

「・・・わざわざありがとう・・・本当に、嬉しかった。」

「おう、またな。」

「うん。またね!」

車に乗り込んで、走り出した車の窓から綱吉は体を乗り出して手を振った。

「ほら、危ねぇぞ!」


笑う山本に、綱吉もふわりと笑った。


柔らかく降り注ぐ光の中で笑う綱吉の幸せに溶けてしまいそうな笑顔に、
見ている山本まで嬉しい気持ちになっきて、遠ざかる車に手を振ってから
薄く開いていた門の重い扉を、そっと閉めた。



09.08.18
結婚式済ませてます。
もう籍は入ってるので(ry)
教会で二人きりも素敵だし、神前でスーツで三三九度も素敵です・・・っ
両方してたらいいと思いますv

本音を言い合えるようになった骸と綱吉は、
もしかしたら喧嘩もするかもしれないけど
二人で一緒に成長していける素敵な関係になると思います。

本当に本当に長々とお付き合いありがとうございました><。
拍手はもちろん感想も頂けたり、本当に嬉しく、とても励みになりました;;
本当にありがとうございました><うわ〜ん