空港のロビーに降り立って、綱吉ははぁ、と脱力した笑顔を浮かべた。

傍らでくす、と笑う声が聞こえたから綱吉はぱっと頬を赤くして骸を見上げた。

「怖くなかったですか?」

見上げた先の双眸は柔らかな色を湛えて綱吉を見詰めるから
綱吉は尚も頬を赤くした。

「う、うん・・・父さんが手、握ってくれてたから全然怖くなかった。」

「それはよかった。ずっと寝てましたしね。」

揶揄する声にまた頬を染めた綱吉の柔らかな髪を撫でて、
歩きながら綱吉の肩をそっと抱き寄せた。

体を摺り合わせて歩くようにして、ふと綱吉が歩き辛そうなのを見て取った骸は
小さく笑って手を差し出した。

綱吉は大きく瞬きをしてから目を伏せて淡く頬を染めると、
躊躇わずに手を、伸ばす。


大きな手と、小さな手が、重なる。


するりと滑るように指先が、互いの指の間に入り込んだ。

しっかりと握ってくれるすべらかな手に、綱吉の頬は赤味を含んだまま
そっと骸の腕に寄り添った。



日本にいる時は、綱吉は
外では手を繋ぐのを我慢している。

骸は構わないと言ってくれるのだけれど、こんなに大きな子供が手を繋いでいれば
いくら親子といえど何を言われるか分からない。

綱吉は自分が言われるなら何を言われても構わないのだけれど
骸が何か言われるのは耐えられないから。


でも、ここは異国。


見渡せば女性同士で手を繋いでいたり、親子のような人たちも腕を組んだりしている。
だから、あまり目立たないだろう。

「ここからまた車で移動ですが、疲れてませんか?少し休んでから行きましょうか。」

「俺は平気。父さんは?疲れてない?」

「僕も平気ですよ。」

そっと笑い合うと、「それなら行きましょうか。」と骸は綱吉の手を引いた。


引越しが無事に済んで、骸が綱吉の新しい学校が始まる前に旅行に行きたいと言い出した。

新婚旅行がまだだからと言われて綱吉はどんな顔をしていいか分からずに真っ赤になってしまった。
それがからかう意図でもって言われているのではないから尚更。

結婚していると言っても、それは二人の間でだけであって
誰にも言えない事だけれど、それでも綱吉はとても幸せな事だと思っているから。

飛行機は怖かったけれど、骸が連れて行ってくれるところならどこでも行ってみたいと思うし
何より骸がいれば何も怖くなかった。


綱吉にとっては初めての海外。


車の窓から流れる景色を興味深く眺める。

日本とはまるで違う景色。
どれもとても新鮮で美しく見える。

傍らで手を繋いでくれている骸を振り返ると
骸は景色ではなく綱吉を眺めていて、綱吉は頬を赤くした。

そんな綱吉を見て、骸はくすと笑う。

「・・・父さん、ありがとう。」

「え?」

「凄く楽しいから・・・」

「来たばかりなのに?」

「うん。それに父さんと旅行出来て嬉しい・・・」

短く額にキスをされて綱吉は慌てるが、運転手は何も気にしていないようだったので
綱吉はそっと骸に寄り添った。

異国の言葉を話す骸はその顔立ちからもとても様になっていて
綱吉は改めて骸を見詰めてしまう。

視線に気付けば骸は柔らかく笑うから、綱吉は恥ずかしくなって俯いてしまうのだけれど。

ホテルの部屋に入ると、窓一面に広がる街並みに綱吉は思わず窓に駆け寄る。

追い付いた骸がそっと窓を開けると、綱吉は嬉しそうに笑って骸の手を取り
一緒にバルコニーに出て大きく息を吸った。

緩やかな風が吹いて、その風から守るように骸は綱吉を後ろから柔らかく包み、
綱吉はそっと頬を染めて骸の腕に手を添えた。

「本当に綺麗なところだね・・・」

「ここはね、僕が18までいたところです。」

「え!そうだったんだ・・・。」

改めて目の前に広がる景色を見渡した。

薄く暮れ始めた紫の空に、白い石造りの街並みはオレンジの丸い屋根を持って広がって
どこまでも続いている。

ここで骸が生まれ育ったのかと思うと感動すら覚えた。

「本当に綺麗なところ・・・」

「今日見たら、そう思いました。」

「え?」

すぐ後ろの骸を見上げると、ほんの少しだけ困ったように笑った。

「ここにいた頃は一度も綺麗だと思った事はありません。何も思わなかった。」

瞳を揺らした綱吉に、骸は柔らかく笑い掛けてその目元にキスを落とした。

「君が、綱吉が、一緒にいるから綺麗に見えるのだと思います。」

目を見張った綱吉をそっと自分に向かい合わせて愛おしく頬に手を添える。


髪が風に靡く。


緩やかな風の流れでさえ今は、愛おしく思えて。


「日本へ行ったのはただ、ビジネスのためです。ここに思い入れも何もなかったので。
でも今は、その時の自分の判断に感謝しています。」

綱吉が見上げた先で骸は、薄い紫の綺麗な空が恥じらってしまいそうなほど
綺麗な笑みを乗せて綱吉を見詰めている。

白くて長い指がそっと頬を滑って腕を辿り、まだ幼い左の手を取る。

「そこで、君に会えた。」

揃いの指輪が嵌められている左手の薬指に柔らかな唇が押し当てられて、
綱吉ははっと息を詰めた。


ただひたすらに愛おしいと訴えるその色違いの瞳に、綱吉は呼吸を忘れる。


「君の目を通して見た世界はきっと、すべてが綺麗に見えるのでしょうね。」

柔らかく揺れる瞳、その瞳が不意に伏せられて、綱吉は目を見張った。

「・・・だから、施設を失くした事は今は、申し訳なく思ってます。」

「父、さん・・・」

小さな手に押し当てた唇をそのままに、まだ視線は外されたままで
綱吉は後悔に満ちているだろう手をそっと握り返した。


長い睫毛が揺れる。


「・・・施設の子たちが、新しい家族が出来たらあそこを離れて行くのは当たり前だし、いい事だと思うんだ。
父さんは、みんなの家族を見付けてくれたんだし、それに先生たちだって、新しい職場の方がお給料いいかもしれないし
出会いがないってよくぼやいてたから、新しい職場でいい人見付けるかもしれないし、」

言葉の途中で長い腕が壊れものでも扱うようにそっと抱き締めるから、
綱吉は思わず言葉を飲んで息を詰めた。


少し腕の力が強くなって、寄せられた頬に体温が溶ける。


綱吉、と愛おしく名前を呼ばれたら、意味も分からず瞳が滲んだ。


ありがとう、と耳元で囁かれる。


お礼を言わなければならないのは自分なのにと、
でも声にならずに背中に腕を回すのが精一杯だった。


「でも、正直なところ・・・」

緩やかなキスを耳に落としてゆっくりと体を離した骸の瞳は複雑な色を乗せ、
困ったように眉根を寄せていた。

「綱吉が学校へ行く事は承諾はしましだが、納得は、してません。」

はっと目を見張る綱吉に、骸は苦しそうな顔をした。

「君が僕の知らない所で何を思い、何を考えて、どんな顔をするのか、
僕は知る事が出来ない。それはとても辛くて、苦しい。」


ともすれば、泣き出しそうな顔で、骸は目を伏せた。


綱吉は、瞳を揺らす。


骸にそんな顔をさせたくない。


骸が苦しいと言うのなら、何もかも、捨てても構わないのに。


けれど骸は、行かないで、と言う代わりに、ゆっくりと瞳を上げて
柔らかく、とても優しく、綱吉を見詰めた。


そして眩しいものでも見るように、緩やかに瞳を細める。



「ですが、綱吉の事は信じたいと、思うから・・・」



何て柔らかな愛の告白。



綱吉は堪らずぽろりと一粒涙を落した。



揺れる視界の中で骸がそっと顔を近付けて、
頬を滑る涙にキスをした。


「それでもまた、我儘を言って君を困らせてしまうかもしれません。」

「困らない、よ・・・困らない。だから父さんが思った事ぜんぶ教えて・・・俺もちゃんと言うから・・・」

「・・・綱吉も、ぜんぶ教えてくれますか?」

「うん、当り前だよ・・・」


小さな手を、大きな手が包み込み、向かい合って瞳を合わせる。


「もう一度、言わせてください。これからもずっと、傍にいてください。」


綱吉は涙を零して笑った。


「うん、父さんの傍にいたい!」


静かに笑い合って、



煌めき始めた星たちの下、誓いのキスを交わす。



09.09.23
生涯新婚。
いつでもどこでも二人の世界を作って愛を確かめあっていればいいと思います(ry)
もっといっぱい書きたい事があったのですが
収集がつかなくなったのでまた書きたいと思います!
パラレルでも骸は綱吉に浄化される運命だと思いますw