R15
バスタブに満たされたミルク色の湯から、淡い湯気が揺れる。
鳥籠の様な形をした浴室は硝子張りで、けれど湯気は硝子に届く前に風に揺れて消えた。
ちゃぷん、と水の静かな音。
見上げれば硝子の向こうに星空が見えた。
綱吉はバスタブに頭を預けて赤く染まったままの頬で、ぼんやりと星を眺めた。星は空に散りばめられて、きらきらと音が聞こえてきそうに瞬く。
綱吉はこんなに綺麗な星空を見た事がなかった。大袈裟ではなくて、本当に。
この浴室から見える景色はいつでも美しかった。
花に囲まれる春も、夕立の落ちる夏も、秋に染まる森の木々も、雪が深く降り続ける冬も。
ここは迷いの森。地図も方位磁針も衛星さえも役に立たない。
ここまで来るには霧の守護者の導きがなければならない。
「逆の手を出して」
不意に掛かった声に綱吉はふあい、と中途半端な音を漏らし、左の手を差し出した。
招待者である霧の守護者、六道骸は酷く真面目腐った顔で綱吉の左手を取ると、左手用のブラシを指先に滑らせた。ブラシはとてもとても柔らかく、皮膚の細胞さえも傷付けない。
するり、と爪と皮膚の間にブラシが滑る。
骸は綱吉が『外』で付けた汚れを落とすのが好きらしい。
ここで言う『外』は骸以外の存在、例えば視線もその汚れに入るらしい。
一体どういう事なんだと思うけれど、骸には綱吉に付着した他人の視線と言う汚物が見えるらしい。残念な発言も骸が言うと本当にそうなのかと思ってしまう事があるから不思議だ。
だって本当に見えていそうだし、もしかしたら結局は贔屓目があるからかもしれない。
赤く熟れた綱吉の唇に、水滴が伝った。
ちゃぷりと水の音を響かせて、綱吉はそっと骸の方に体を向けてバスタブに頬を預ける。
「骸、キスして」
「後でね」
分かり切っていた答えに不満を抱くでもなく、綱吉は元の位置に戻るとまた空を見上げた。
綱吉を洗っている時の骸は、どんなに誘っても乗ってこない。
大分前だけど、急にそれが不安になって頑張って挑発的に誘ってみたけど全然駄目だった。骸はせいぜい片眉を持ち上げる程度だった。
何て事だと絶望的な気持ちになっていたら、寝室に入った途端しっちゃかめっちゃかにされた。
気道が確保されていても窒息しそうになる事を初めて知った。
本当に、滅茶苦茶だった。その後一週間くらい、普通に歩けなかったのだ。
綱吉を洗っている時の骸は完全に無になるのではなく、ストイックになっているだけだと分かってからは何となく安心したので、もうあんな危険な真似はしなくなった。
けれども普段本部に着て来いと散々言っても一向に着ないスーツなんか着て、汗のひとつも垂らさずに自分を洗う骸を見ると、何だかちょっかいを出したくなるのも事実だった。
照れ臭いからかもしれない。
見上げた空の星たちの隙間で、流星が滑る。
「あ、流れ星」
綱吉は、骸に言うでもなく呟いた。
骸はと言えば、柔らかな泡で綱吉の腕を掌で包む様に洗っている。
あ、また。
すう、と星が滑る。
綱吉は消えていった星を見詰めたまま願い事を考えた。
そして、骸と初めて体を繋げた日の事を思い出した。
骸と初めて体を繋げたのは、このバスタブの中だった。
お互い抑え込んでいたものを一気に解放して、言葉もなくただ必死に抱き合った。
今でも覚えている。
溺れそうな水音も、骸の向こうに見えた星空も、焼き尽くす様に見詰めてくる瞳も、体の奥で生命を宿した熱が溢れ返った事も。
骸の掌が二の腕を包んで滑る。
ぽちゃりと水面を割って現れた綱吉の膝は淡いピンクに染まっていた。
骸の熱はあの日以来体の奥底にずうっと居座っていて、どこに居ても何をして居ても、ほんの少しでも骸の気配を感じ取ろうものなら簡単に解放を求めた。
泡を乗せた掌が体を滑る。
掌が通った跡はまるで炎が這う様な熱を帯びる。
骸がストイックになっていようが何だろうが、綱吉にとって骸の掌は愛撫をする掌と同じでしかなくて、だから洗うための目的で鎖骨を滑った指先に淡い吐息を洩らすのも、咎められる謂れはまるでない。
この体をこんなにも、世界でひとつだけの宝石の様に扱う骸が悪い。
ミルクの色をしたお湯はいやらしくも見えて、こうしている間にも体を滑る掌に吐息を洩らし、そして欲情する。
濡れた吐息を洩らし緩く体を捩った綱吉に、骸は片眉を持ち上げた。
そうして綱吉はあるひとつの結論に達した。
骸に触れられている時が一番、生きていると思える。
だから。
「オレ、死ぬ時は骸に突っ込まれてたい」
心に決めた願い事を口に出せば、骸はがちゃんとブラシを取り落とした。
珍しく動揺なんかしてる骸に、綱吉は睫毛を瞬かせてから笑った。
RMでのペパですv