小さなアパートの部屋を開けて、綱吉は目を見開いた。

そしてここが本当に自分の部屋なのか確かめるために、上半身を仰け反るようにして表札を見た。
表札に名前は付けてないので、部屋番号を見るが確かに「201」、自分の部屋だった。

綱吉は困惑に目を何度も瞬きながら、恐る恐る部屋に足を踏み入れた。
ぱちりと部屋の電気を点けると、薄暗かった部屋に光が溢れて、そして綱吉は思わず「わあ・・・」と感嘆の息を吐いた。

部屋には色取り取りの薔薇の花が敷き詰められていて、そこは自分の部屋ではないようだった。

しばらく見惚れてしまった後に、ふとテーブルの上のカードに気付いた。
真っ白な純白のカードに赤いリボンが掛かり、柔らかな金色でこう書かれてあった。

『HAPPY BIRTHDAY』

(あ、)

そういえば誕生日だったことを思い出す。

カードにはそれしか書かれていなくて、差出人は分からなかった。


お礼を言いたくて友人や知人に連絡をしてみたが、不思議なことに差出人は分からないままだった。




綱吉は大きなカバンの中に手を突っ込んで、掻き回すように鍵を探した。
分かるような箇所にしまっておけばいいものの、朝はバタバタしているからついついカバンに放り込んでしまう。

カバンの底に手を滑らせてようやく見付けた鍵を見詰めてへらっと笑った時、綱吉の上に影が伸びた。

ふと視線を上げると、すぐ横に長身の男が立っていた。

男は艶やかな長い髪を夕日に煌めかせ、白い肌の上の綺麗な唇を微笑ませた。
眼鏡の奥で赤と青の瞳が緩やかに光りを弾く。

「こんにちは」

挨拶も返さず綱吉は、薄く唇を開いてきっちりと動きを止めてしまった。
指から鍵が滑り落ちそうになってから、はっと我に返った。

「あ、あの・・・っえーと・・・・?俺・・・に用ですか、ね・・・?」

綱吉にこんな美人の知り合いはいない。思わず後ろをきょろきょろするが、綱吉の部屋は一番端なので後ろに誰かいるはずもない。

「面白い人ですね」

柔らかく笑った声に、綱吉ははっとしてから頬を真っ赤に染めた。

「す、すみません・・・!あの、」

初対面の男に向かってとても綺麗なので言葉に詰まりました、なんて言ったら変人だろう。頬を赤くしたままあーとかうーとか言葉に詰まる綱吉に、男はまた笑った。

「僕は六道骸と言います。隣に越して来たのでご挨拶に伺いました」

ふんわりと笑った六道骸、に綱吉はまたはっとしてから恥ずかしくなって、隣の部屋の玄関に視線を向けた。

そこは何ら変わりがないように見えた。
隣には柄の悪い男が住んでいて、ごく稀に顔を合わせたときは睨まれたり因縁を付けられたり、果てはカツアゲされそうにもなった。
正直、引っ越したと聞いてほっとした。

それにしても、いつの間に引っ越したのだろう。

「今時の近所付き合いは希薄ですからねぇ」

考えていた事を当てられるように言われて、はっと顔を上げると骸が柔らかく微笑むから、綱吉は目が逸らせなくなった。

「僕は、せっかくなのでご挨拶をと思いまして。それにこの辺りに住むのは初めてなので、分からないことがあったら伺っても構いませんか?」

柔らかい笑みに、綱吉の心は解れていくようだった。

「あ・・・!はい、もちろん!」

「ありがとう」


言って差し出された大きな掌。
綱吉は頬を赤くしてから掴まるようにして差し出された掌を握った。


握手を交わす掌、長い指先が綱吉の手を柔らかく捕まえる。


「よろしく、沢田くん」


橙の光りの中で骸が長い睫毛を揺らし微笑む。



綱吉は頬を赤くしたまま恥ずかしそうにはい、と辛うじて返事をした。


2010.10.02