「昨日は一緒に味噌汁作ったんだ〜」

学食で昼食を取りながら、綱吉は楽しそうに言った。

「へぇ!今度のお隣さんいい人そうで良かったな!」

「うん」

えへへと嬉しそうに笑う綱吉に、同級生の山本も嬉しそうに笑った。

「女の人だっけ?」

「ううん。男の人なんだけどさ、料理が凄く上手くてしかもモデルみたいに格好いいんだよ。日本の人じゃないんだって」

「ふ〜ん・・・それってさぁ・・・」

山本はふと思い付いたように睫毛を瞬たいた。

「ん?」

「あの人?」

「え!?」

山本が指し示した方をばっと見遣ると、食堂の硝子の向こうに骸が立っていた。

綱吉と目が合うとにこりと笑って、何の躊躇いもなく食堂に足を踏み入れた。

骸がコートを翻して歩けば女子学生たちがさわさわと騒ぎ始めて、綱吉はそんな中で椅子から腰を浮かせて頬を真っ赤に染め上げ骸を見ていた。
すぐ傍まで来ると、骸は改めて微笑んだ。

「こんにちは」

「あ・・・う、あの・・・どうしてここに・・・?」

思いも寄らない場所で会ってしまったので、綱吉は頬を赤くしたままぱくぱくと唇を動かす。
そんな綱吉を見て、骸はくすと笑った。

「沢田くんを迎えに来ました」

「なぁ・・・!?」

「冗談ですよ」

顔を赤くして目をまんまるく見開いてしまった綱吉に、骸は楽しそうに笑った。

「こんど校舎を改築するでしょう?」

あ、そういえば、と呟いた山本に、骸は微笑んだ。

「僕はこれでも建築家なので、その打ち合わせに」

「あ!だからここに・・・」

「そうです。一緒に帰りませんか。車で来てるんです」

「あ・・・でも」

もごもごと唇を動かす綱吉に、山本が笑った。

「俺のことなら気にしなくていいぜ。午後も授業あるし。ツナはもう終わりだろ?」

「気を遣ってくれてありがとう」

礼を言ったのは骸で、眼鏡の奥で目を柔らかく細めるとテーブルの上の伝票を手に取った。

「支払いは済ませておきますね」

「や、そういう訳には」

「そ、そうですよ、六道さん・・・!」

綱吉も慌てて伝票を取り返そうとしたが、ひょいと腕を上に上げられてしまえば当然のように届かない。
反射的にぴょんと跳ねてしまった綱吉に、骸は楽しそうに笑った。

「甘えていいんですよ」

柔らかく微笑んだ骸に、綱吉は頬を真っ赤にしてとうとう黙ってしまった。

さっさと会計を済ませに行ってしまった骸を、山本も珍しくぼうっと目で追うだけだった。

「大人の男って感じだな」

綱吉は山本の声に我に返って、ますます頬を赤くした。

「ほら、呼んでるぜ」


微笑んで小さく手招きする骸に頬を赤くして、綱吉は骸の元にぱたぱたと走って行った。
山本が骸にごちそうさまです、と頭を下げると、骸は小さく微笑んだ。

学校の駐車場に骸の車は止まっていた。
初めて乗せて貰ったので、ドキドキしながら助手席に収まった。ちょうどいいシートの傾き具合に、少し安心した。

車がゆったりと発進した時、骸が緩やかに口を開いた。

「僕が沢田くんの学校の校舎を手掛けて、沢田くんは僕の造った別荘を選んだ」

「え・・・!あの別荘も六道さんが・・・!?」

「ええ、そうですよ」

綱吉はとても幸せそうに笑う骸を助手席から見詰め、目を逸らせなかった。

骸はそんな綱吉の視線に気付いて、美しく笑った。綱吉は目を見開く。

赤信号でゆったりと車が停止して、エンジンの微かな音さえ聞こえずに、骸は綱吉にそっと顔を寄せた。

柔らかな甘い香りがした。

「僕たち、運命的だと思いませんか」

骸の艶やかな唇がゆったりと微笑んだ。

綱吉は見開いた目を更に丸くしてから、瞬きも忘れて頬を真っ赤にした。

「か、からかわないでくださいよ・・・!」

思わず言って逃げるようにダッシュボードに突っ伏すと、車が緩やかに発進した。

からかっている訳ではないんですけどねぇ、と不思議そうな声が聞こえて、骸の大きな手が丸まった綱吉の背を滑るから、綱吉はとうとう体を起こすタイミングを見失った。
 
背中を滑る優しい掌に、さわさわと心が波打つようで落ち着かない。

(俺・・・どうしちゃったんだろう・・・)

背中を滑る手に、安心している。

けれど、もっと違う感情が。

「沢田くん」

はっと睫毛を持ち上げると、いつの間にか車は停止していた。短いドライブが終わり、目の前には自分の住むアパートがある。

「寝てしまいましたか?」

くす、と笑う声が混ざり、綱吉は頬を淡く染めた。

「あ・・・寝てはないんですけど・・・気持ちよくて、その」

骸はそっと目を細めてからシートベルトを外した。綱吉も慌てて外す。
骸は後部座席の書類を手に取りながら、決めていたように口を開いた。

「今日の夕飯はピザでもとりませんか?」

「あ!はい、宅配ピザ好きです」

えへへと嬉しそうに笑った綱吉に骸は満足そうに微笑み、メニューの話しをしながらアパートへ向かった。

「あ、俺ポスト見て来ます」

「ああ、取ってありますよ」

「え?」

骸は手に持っていた書類の下から、綱吉宛の郵便物を差し出した。
何の事か分かっていなかった綱吉だが、反射的に郵便物を受け取ってから事態を把握し、みるみる頬を赤くした。

「いらない広告は破棄しておきました」

階段を上り始めた骸の背を、慌てて追い掛ける。

「わ・・・!そ、そんなことまで面倒掛けられないです、大丈夫です・・・!」

「ついでなので」

あっさりと言って微笑んだ骸に、綱吉は頬を赤くした。

2010.10.17