「そうです。一緒に帰りませんか。車で来てるんです」
「あ・・・でも」
もごもごと唇を動かす綱吉に、山本が笑った。
「俺のことなら気にしなくていいぜ。午後も授業あるし。ツナはもう終わりだろ?」
「気を遣ってくれてありがとう」
礼を言ったのは骸で、眼鏡の奥で目を柔らかく細めるとテーブルの上の伝票を手に取った。
「支払いは済ませておきますね」
「や、そういう訳には」
「そ、そうですよ、六道さん・・・!」
綱吉も慌てて伝票を取り返そうとしたが、ひょいと腕を上に上げられてしまえば当然のように届かない。
反射的にぴょんと跳ねてしまった綱吉に、骸は楽しそうに笑った。
「甘えていいんですよ」
柔らかく微笑んだ骸に、綱吉は頬を真っ赤にしてとうとう黙ってしまった。
さっさと会計を済ませに行ってしまった骸を、山本も珍しくぼうっと目で追うだけだった。
「大人の男って感じだな」
綱吉は山本の声に我に返って、ますます頬を赤くした。
「ほら、呼んでるぜ」
微笑んで小さく手招きする骸に頬を赤くして、綱吉は骸の元にぱたぱたと走って行った。
山本が骸にごちそうさまです、と頭を下げると、骸は小さく微笑んだ。
学校の駐車場に骸の車は止まっていた。
初めて乗せて貰ったので、ドキドキしながら助手席に収まった。ちょうどいいシートの傾き具合に、少し安心した。
車がゆったりと発進した時、骸が緩やかに口を開いた。
「僕が沢田くんの学校の校舎を手掛けて、沢田くんは僕の造った別荘を選んだ」
「え・・・!あの別荘も六道さんが・・・!?」
「ええ、そうですよ」
綱吉はとても幸せそうに笑う骸を助手席から見詰め、目を逸らせなかった。
骸はそんな綱吉の視線に気付いて、美しく笑った。綱吉は目を見開く。
赤信号でゆったりと車が停止して、エンジンの微かな音さえ聞こえずに、骸は綱吉にそっと顔を寄せた。
柔らかな甘い香りがした。
「僕たち、運命的だと思いませんか」
骸の艶やかな唇がゆったりと微笑んだ。
綱吉は見開いた目を更に丸くしてから、瞬きも忘れて頬を真っ赤にした。
「か、からかわないでくださいよ・・・!」
思わず言って逃げるようにダッシュボードに突っ伏すと、車が緩やかに発進した。
からかっている訳ではないんですけどねぇ、と不思議そうな声が聞こえて、骸の大きな手が丸まった綱吉の背を滑るから、綱吉はとうとう体を起こすタイミングを見失った。
背中を滑る優しい掌に、さわさわと心が波打つようで落ち着かない。
(俺・・・どうしちゃったんだろう・・・)
背中を滑る手に、安心している。
けれど、もっと違う感情が。
「沢田くん」
はっと睫毛を持ち上げると、いつの間にか車は停止していた。短いドライブが終わり、目の前には自分の住むアパートがある。
「寝てしまいましたか?」
くす、と笑う声が混ざり、綱吉は頬を淡く染めた。
「あ・・・寝てはないんですけど・・・気持ちよくて、その」
骸はそっと目を細めてからシートベルトを外した。綱吉も慌てて外す。
骸は後部座席の書類を手に取りながら、決めていたように口を開いた。
「今日の夕飯はピザでもとりませんか?」
「あ!はい、宅配ピザ好きです」
えへへと嬉しそうに笑った綱吉に骸は満足そうに微笑み、メニューの話しをしながらアパートへ向かった。
「あ、俺ポスト見て来ます」
「ああ、取ってありますよ」
「え?」
骸は手に持っていた書類の下から、綱吉宛の郵便物を差し出した。
何の事か分かっていなかった綱吉だが、反射的に郵便物を受け取ってから事態を把握し、みるみる頬を赤くした。
「いらない広告は破棄しておきました」
階段を上り始めた骸の背を、慌てて追い掛ける。
「わ・・・!そ、そんなことまで面倒掛けられないです、大丈夫です・・・!」
「ついでなので」
あっさりと言って微笑んだ骸に、綱吉は頬を赤くした。
2010.10.17