今日も骸と夕飯を食べる約束をしているけど、家に帰るのが憂鬱だった。

知らずに吐精していたことを骸に気付かれているかもしれないから、顔を合わせるのが酷く恥ずかしかった。

気付かれているかもしれない、と言うよりは気付いているだろう。
綱吉は帰り道をのろのろ歩きながらかあと頬を熱くした。

骸は大人だから知らないふりをしてくれるだろうけど、居た堪れない。

俯いたままアパートの階段を一気に駆け上がる。骸の部屋の前を勢いよく通り過ぎて、部屋に飛び込んだ。
後ろ手に玄関を閉めたのと同じくらいにチャイムの音がして、綱吉は思わず小さく跳ねた。

そおっと覗き穴を覗くとやはりそこにいたのは骸で、骸から綱吉は見えないけど、恥ずかしくて思わず目を逸らした。

「沢田くん?」
音で帰って来たのは気付いているだろうから、返事がないのを不思議がる声色だった。

綱吉は朝の光景を思い出してまた頬を赤くした。

「あ・・・あの、ちょっと具合が悪くて、」

嘘を吐くのは後ろめたかったけど、どうしても顔を合わせるのが恥ずかしい。

「それなら何か食べやすいものを作ってきますね」

「あ!あの・・・!もう寝たいので」

「食べないと体によくありませんよ」

「あの・・・」

綱吉は頬を赤くして俯いた。
これ以上嘘を重ねるのも心苦しい。

扉越しに小さな沈黙が落ちた。

「分かりました。何かあったら電話をください」

いつもと同じ柔らかい声にはっと睫毛を持ち上げて、玄関から離れて行く足音を聞いた。

自分でそうしたはずなのに、酷く寂しい気持ちになった。


詳しい日程は決まっていないようだけど骸は引っ越してしまうのに、こんな状態のままは嫌だ。


でもどうしても恥ずかしくて、いざ骸が会いに来てくれると、玄関を開くことが出来なかった。


このまま避け続けていたら嫌われてしまうかもしれないと思うといてもたってもいられないけど、顔を合わせようと思うと白く濡れた手を思い出してしまう。

(どうしよう・・・)

今日もぐずぐずと定まらない思考のままアパートへ帰る。

ふと視界に郵便ポストが目に入った。
そう言えば最近見ていない。

201号室のポストに嵌っている鍵に指を掛けて、綱吉は動きを止めた。


鍵。


ダイアル式の鍵は番号を4つ合わせなければ開かない。

ふと視線を上げる。

投函口は細く、例えばそこから指を差し入れたとしても底に溜まっている郵便物は取れない。


綱吉は目を見開いた。


骸はしばしば郵便物を取ってくれていた。


どうやって?


「沢田くん」

はっとして顔を上げると、すぐそこで骸がいつものように微笑んだ。

「最近ポストを見ていなかったですよね」

言って渡されたのは綱吉宛の郵便物だった。
綱吉は反射的に受取ってから思わず鍵を見るが、きちんと施錠されていた。

「あ、あの、六道さん」

「どうしました?」

骸が柔らかく当たり前のように微笑むので、綱吉は思わず言葉を飲んだ。

「あ、の・・・ここまでして貰うと申し訳ないから」

「僕が邪魔ですか?」

感情が宿らないような初めて聞く骸の声色に、綱吉ははっと顔を上げて息を詰まらせた。

いつも柔かな色をしている骸の瞳に温かさがなかった。

無意識に足が竦む。

「僕のこと避けてますよね?気付いていないと思ってますか?」

責め立てるでもない静かな声色がひんやりと胸に落ちてくる。

綱吉は思わず泣き出しそうになって、でも誤解をされても仕方のない避け方をしていたのは事実だった。

「・・・嫌で避けていた訳じゃ・・・ないんです・・・」

微かに震えるような指先で、持っていた封筒を握った。

「・・・ただ、恥ずかしくて」

口籠るように言うと、骸はとても意外そうにぱちりと瞬きをした。

「そんなこと、気にしなくていいのに」

あっさりと言った骸が視界の中で優しく微笑む。

「今日も夕飯作ってあるんです。一緒に食べましょうね」


いつもと変わらない優しい声に、綱吉は思わず微笑む。

けれど欠片ばかりの違和感が心の隅に落ちた。



骸と話していると楽しい。時間が経つのを忘れてしまうくらい。
骸は色々なことを知っているし、そんな骸からしたら面白くないだろう綱吉の話も耳を傾けてくれる。

本当に何事もなかったように過ごして、骸はいつも通り「戸締りはきちんとしてくださいね」と優しく言って帰って行った。

これからもまた骸と楽しい時間を過ごせる。
別荘にだって遊びに行っていいかと尋ねたら、きっとおいでと言ってくれるだろう。

(・・・鍵、どうやって開けたんだろう・・・)

別に大したことじゃないのかもしれない。
骸は気に掛けてそうしてくれているだけだろうから。

けれど思い返してみれば、話していないようなことも骸は知っていた気がする。

(・・・考え過ぎだな)

綱吉は自分に苦笑してベッドに潜り込んだ。

けれどどこかに残っていた違和感が思考を刺激して、綱吉は浅い眠りの中にいた。

どれだけ時間が経ったのか、頬に触れるものがあってふと睫毛を持ち上げた。

「おや、起してしまいましたか?」

居る筈のない骸の声に急激に意識が覚醒して、見開いた目で見上げると、骸がベッドの縁に腰を掛けて微笑んでいた。


いつもと同じ、優しい笑顔。

大きな掌が柔らかく綱吉の頬を撫でている。


「いつもは何をしても起きないのに」

骸が楽しそうに笑う。

「安心して眠ってください。僕がずっと、傍にいますから」


普通過ぎる違和感。


鍵は確かに締めた。

骸に言われて。


綱吉は何とか小さく頷くと、瞼を落とした。

掌はずっと綱吉を撫でていて、綱吉は眠れぬままでいた。


骸が出て行ったのは明け方だった。


骸が出て行った後、玄関の鍵が締まる音がした。


2010.10.31
答えまで辿り着けませんでした(吐血)