*こんにちは、ボンゴレ」
「ぇ、あ…う」
「どうしました?」
悪びれた風もなく言った骸は綱吉の腕を掴むと、軽々と引いて綱吉を立たせた。綱吉はほんの少しよろけて地に足を付けると、またハッと我に返る。
「いやいや…! どうしたじゃないよ! お前、どこから入って来たんだよ…!」
忙しなく視線を部屋に滑らせるが、入って来られそうな隙はどこにもない。唯一の入り口とは逆サイドに骸は立っていたので、リボーンが部屋を出た隙に入って来た訳ではなさそうだ。
「まぁ細かい事は気にしないで下さい」
「細かくないだろ…!」
見上げると首が苦しくて、綱吉は思わず顔を下ろしてはぁと息を吐いた。
骸は色の違う瞳を細め、くすりと笑う。綱吉はどきりと睫毛を瞬かせた。
十年後の骸は、綱吉の知っている骸とは違う表情をする。
思わず視線を外してしまう。
骸は綱吉の見ていない所でくすと笑って、引き寄せた椅子に腰を落とし、足を組んだ。長い髪が肩からはらりと落ちる。
「ほら、座って」
骸は綱吉が今まで座っていた椅子を穏やかに叩いた。突っ立ったままぴしりと動きを止めた綱吉に焦れるでもなく、骸はもう一度「座って」と言った。
綱吉は視線をふよふよと彷徨わせた後そろりと足を床に滑らせて、そっと椅子の端に腰を下ろした。
「…」
「…」
ほとんどふんばった足で体を支えているだけの綱吉を骸はじぃと見るので、横顔に視線を感じている綱吉も思わずじぃと黙る。綱吉の心の中はどこか落ち着きがなく、そわそわとしているのが自分でも分かった。
「うわぁ!」
不意に椅子が傾いたので、綱吉は再び床に転がった。
「クハハ」
酷く楽しそうな笑い声にハッと顔を上げると、笑い声と同じ位楽しそうな笑顔の骸が見えた。綱吉はまたどきんと睫毛を瞬かせる。
骸はゆったりと目を細め笑う。机に頬杖を突いて、綱吉の顔を覗き込んだ。色の違う瞳に綱吉だけが映る。
「どうも落ち着かない様ですね」
綱吉がぴくんと体を揺らすと、骸は「分かりやすい」と言ってまた笑った。
「理由を教えて頂けますよね?」
流れる様な柔らかい口調に綱吉はじんわりと頬を滲ませる。けれども柔らかいながらも強引な色を隠さない所は骸らしくて、綱吉は少し緊張が解けた。
綱吉は自分で起き上って、のろりと椅子に腰を掛けた。ちらと睫毛の陰から骸を見遣ると骸はにこりと笑うので、綱吉は観念して口をそっと開いた。
「…オレの知ってる骸って、何ていうか…」
「君に冷たい?」
綱吉はぴくんと睫毛を揺らした。骸が横で口元を綻ばせた気配がする。
「う…ん。お前は…ちゃんと話してくれるし…」
口に出してみれば何とも情けない事で、綱吉は思わずううと小さく呻いた。骸が笑っている気配がするので居た堪れないのだけれど、その気配で緊張が解けていっているのも事実だった。綱吉はふよふよと瞬かせていた睫毛を伏せた。
「オレは骸の事も仲間だと思ってるから…ちゃんと話せるのは、嬉しい」
「おやおや」
綱吉は不安そうにちらりと骸を見遣ると、骸は頬杖を突いたまま、やっぱり楽しそうに笑っていた。
「それは君の時代の僕には言わない方がいいですね。殺されますよ、きっと」
「え、えぇええええ…!」
あっさりと言って立ち上がった骸を目で追った綱吉に、骸はにこっと笑う。
「僕もうっかり殺してしまいそうになりました」
綱吉は愕然と目を見開いて、顔を青くした。
「や、やっぱりオレの事嫌いなのか…」
がっくりと項垂れて独り言の様に言った綱吉に、骸の人差し指がゆっくりと伸びてきた。その指先を追って綱吉の大きな目が寄っていく。
骸の長い指の先は、綱吉の低い鼻をふにっと押した。


*外が今暑いのか寒いのか分からないけど、少なくとも部屋の中はうっすらと暑い。薄い上掛けに抱き付く様にして体を外気に晒した。
ふうと溜息を吐いた時、体の奥が震える様な独特の身震いを感じてバッと顔を上げるけど、骸はもうすでにベッドの端に腰を下ろして優雅に足を組んでいた。
「こんばんは」
にこりと骸が笑う。
「うわ、ああ!」
驚いてベッドから転げ落ちそうになった綱吉の体を、骸は容易く支えた。
「クフフ、そう驚いてくれると楽しいですね」
「オ、オレは楽しくないから…!」
「僕は楽しいですよ」
骸は笑いながらあっさり言って、支えた綱吉の体をベッドの上に転がした。その後を追う様に骸はベッドに乗り上げ、当たり前の様に綱吉の横に体を横たえた。転がった衝撃からようやく顔を上げた綱吉と、真正面から目が合う。綱吉は思わず睫毛をぴくんとさせた。
「お、お前…! 何してるんだよ…!」
「一緒に寝ようと思って」
「せめてブーツ脱げって…!」
「おや?」
淡い明かりが骸の眼球を滑る。
「どいて、とは言わないのですね」
綱吉は瞬時に頬を熱くした。
「いや…! えっと」
「下手に何か言うと墓穴を掘りますよ」
くすくす笑う骸に綱吉は思わず口籠る。
遠慮なく伸びてきた腕が、迷いもせず綱吉を抱き竦めたので、綱吉は堪らず息を詰めた。
薄い服越しに体温が滲み、交わる。その熱さに綱吉は耳の先まで赤くした。
「む、くろ」
心臓が強く胸を打ち始める。
「骸…、オ、レに用事って…なんなの…?」
骸の胸との間で声と熱がくぐもり、綱吉はまた頬を熱くした。骸がふと笑う気配がして、吐息が髪を揺らす。酷く近い距離に鼓動はますます速くなる。
「君とセックスをしにきました」
どこか楽しそうな声に綱吉は大きく瞬きをした。聞こえてはいるものの言葉の意味を理解出来ずにもう一度瞬きをしたが、骸が噛んで言い含める様に言葉を繰り返した。
「セックス、分かりますよね」
綱吉は弾かれた様に目を見開き、反射的に体を逸らして骸の腕から離れようとしたが、思っていた以上に強く抱き締められていて叶わなかった。
小さな橙の明かりが逆光の中でも骸の楽しそうな瞳を浮き上がらせた。不意に骸の腕に力が籠って、離れた分だけ体を抱き寄せられた。
「お、おま、お前なに…!」
上手く言葉を紡げずに恥ずかしくなって俯く。額が骸の胸に当たった。
「何って、だから」
「わ、待って! もう言うなよ…!」
心臓が強く脈を打つ度に耳の先が、指の先が脈を打つ様にじわ、じわと滲む。
「そ、いうのは…女の子と…」
「君は本当に無粋ですねぇ」