生徒×先生


登校してくる生徒たちにひとりずつおはよう、と声を掛けていく。

沢田先生今日は遅刻しなかったの、とからかわれながら。
そう、遅刻が多いからこうして罰を受けて眠い目を擦りながら校門の前で朝番をしている。
自業自得ということだけどでも、こうやって生徒の顔を見ながら過ごす朝は随分いいものだ。
綱吉は担任になるにはまだ経験が浅いから、尚更。


そろそろ始業のチャイムが鳴る。

校舎の時計を見上げたはずなのに、背中に衝撃を受けて気付いたら地面とこんにちはしていた。

「ふぐ・・・っ」

むぎゅ、むぎゅ、と尻を踏まれて背中を踏まれた。

どうやら普通に体の上を歩かれているようだ。

がばっと顔を上げたら、予想通りの背中が校舎に向って歩いて行っていた。

「六道・・・っ!!!」

六道骸、は気だるそうに少しだけ振り返って、酷くつまらなさそうに言った。

「・・・ああ、小さ過ぎて気付きませんでした。」

「んなあ・・・!!」

確かに小さいよ、小さいけどさぁ!!と綱吉は勢い込んで立ち上がって追い掛けようとするが
足の長さが違うのか、骸は余裕で歩いているようにしか見えないのに全然追い付けない。

廊下を走る訳にはいかないので、物凄く早足にするが本当に追い付けない。
ちょっと息が切れてきた。

「六道!!今日が進路調査の締切だからな!ちゃんと担任の先生に提出しろよ!!」

仕方がないので大声で叫ぶが、骸はやっぱりちょっと振り返っただけだった。

「今日も背中が格好いいですね。」

「な・・・!」

淡々と言われたのだが、綱吉は思い掛けない言葉に思わず立ち止まってしまった。


そうか、骸は自分の背中を見てくれていたのか。


じわじわと嬉しさが込み上げてきて、ひとりでうふふと笑い始めたときに後ろから
「沢田先生。」と声を掛けられて、体をぴょんと跳ね上げてしまった。

「うわおおおお・・・っな、何でしょうか・・・っ!?」

ひとりで盛大に動揺したが、声を掛けてきた先生はしらっとしているので
何だかとっても恥ずかしい。

「六道は進路調査のことを何か言ってましたか?」

「え!?あ、一応今日が締切とは言いました。」

「進路希望を出していないのは六道だけなんですよね、この時期に・・・
六道なら進学校に行くことも夢じゃないのに、高校に行くとも言ってないんですよね?」

「はぁ・・・俺は聞いてません・・・」

「そうですか・・・それより背中気を付けてくださいね。」

「え!?」

呆れた顔をされて慌てて背中を探ると、白衣の上にガムテープで画用紙が貼ってあった。

画用紙には『彼女激しく募集中』とでかでかと書かれてあって、綱吉は目をまんまるくさせてぷるぷると頬を染めた。

「なぁ・・・!」

そういえば背中をぽんぽん叩かれた気がするけど、それは生徒たちが親しみを込めてしてくれているのだと思っていて
というか、こんな紙を貼られたのは一度や二度じゃなかったな。
いい加減学習しろよ、という意味で骸は今日「も」と言ったのか。

なるほど骸が格好いいと言ったのは揶揄なんだな。
そうだよな俺なんかの背中見て育ってる訳ないよな、とうふふと遠い目で笑い出した綱吉に
六道の進路指導しておいてください、と言って踵を返した先生こそが骸の担任だった。


綱吉は頬をぽり、と掻いた。



骸は不良、とは少し違う。

と、綱吉は思っている。


授業に出ないこともあるし、喧嘩もよくする。
でもいつもひとりでいて誰ともつるまない。

喧嘩だって綱吉からしてみると、売られるから買っているようにしか見えないのだ。
強いとか弱いとか、いいとか悪いとか、そういったことにすら興味がないように見える。


中学生とは思えないほど、すべてを乾いた目で見ている。


周囲から浮いた存在の骸は異質で、得体が知れないからみんな怖がってしまうけど
確かに乱暴だしニコリともしないし、うん、怖いんだけどでも、綱吉とは口をきく。

だから先生たちも、骸に関してはその綱吉を頼らざるを得ないのだろうけど。


「はい、じゃあ教科書開いて。」

授業が始まってちら、と骸の方を見る。

骸は窓側の一番後ろの席で、頬杖を突いて外を眺めていた。

骸は、どうするつもりなのだろう。
進路の話しをすると、いつも以上に無口になる。

「センセー彼女いないのー?」

不意に生徒から声が掛かってどっと教室が沸く。
その反応を見て、みんな背中に貼られた画用紙に気付いていたんだなと暗い気持ちになる。

「彼女いない歴が年と同じなんじゃね?」

「なぁ・・・!バカにし過ぎだぞ!!」

笑い声が起こる教室の中、骸は席を立った。

「あ、六道、」


声を掛けても、教室に満たされる明るい声に消されてしまって
骸はひとり教室を出て行ってしまった。


「・・・。」


放って置けないのは、いつものことだった。


「ごめん、今日は自習な!」


やったー!と喜ぶ声を背に、綱吉は教室を出た。




一度理科準備室に行って、ココアを淹れた。

実はこれは骸が持ち込んだもので、日本ではあまり手に入らないような銘柄のものだったし
味がとってもいい。

だから骸が何も言わないのをいいことにたまに頂いている。
でも貰ってばかりは悪いから、綱吉も普段買わないようなちょっと高級なマシュマロを買って浮かべてみた。


その時の骸が、口にも顔にも出さなかったけれど
何だか照れているように見えて、それ以来浮かべるようにしていた。


二人分のココアを持って屋上に上ると、案の定、そこには長身を横たえた骸がいた。

「骸。」

呼び掛けると骸は長い睫毛を揺らした。

二人の時は名前で呼んでいる。
その方が骸が、素直な気がするから。

「はい、ココア。」

骸の隣に腰を下ろすが、骸はねそべって空を見上げたままだった。

「進路、どうする?」

骸は今度は瞬きもせずにごろりと体の向きを変えて綱吉に背を向けた。
そして呟くように、けれどはっきりと言った。

「留年します。」

「そうか。留年・・・ってそれは駄目だよ・・・!!!!骸は・・・確かに出てない授業もあるけど
そもそも義務教育は留年出来ないんだぞ!」

「知ってます。」

「知ってんの!?それに骸は十分高校にも行けるし、先生たちだってみんな心配してんだぞ!」

「じゃあ高校も行かないし、働きもしません。」

「じゃあって・・・!?」


さらさらと髪の毛が揺れる。


どこか拗ねているような、駄々っ子のような背中に、綱吉は分からないように小さく笑って
それから真摯な声を出した。


「悩み事でもあるのか?俺で力になれるなら、なるよ。」

「・・・。」

そこで骸はようやく体を起こした。


深い藍を帯びる髪がさらさらと揺れて、白い頬に掛かった。
少し俯くような骸の表情は伺えなくて、とても珍しく沈んでいるようにも見えた。


心配の色が濃くなってきた綱吉は、呟くように名前を呼んだ。


「骸・・・」

「セックスがしたいです。」

「そうか。セ・・・えええええええええ・・・・っ!?!?」

絶叫が青い空に吸い込まれて反響して、綱吉は慌ててばっと口を押さえた。

何を言ってしまっているんだ。
綱吉なんて単語を聞いただけで心臓がばくばくするのに、何でそんなことさらっと言えるんだ。

しかし骸だって健全な男子なのだから、そういったことに興味がない方がおかしい訳で
でも大人になったらとか、そんな迂闊なことも言えない。

じゃあ大人になったら出来るのかと言われたら、綱吉は経験上
とても元気ハツラツにそうじゃない大人もいます、と胸を張って言わなければならなくなるからだ。

それでは骸に絶望しか植え付けられない気がして悶々としていると、
骸は、まだ俯いたまま、だった。


「むくろ、」


思わず呼び掛けるが、骸は俯いたまま、唇だけが動いた。


「キスして、抱き締めて、僕のことだけ見て欲しい、僕のことしか見て欲しくない、」


まるで独り言のように言って、そして呟く。


「でも、あと、三か月しかない・・・」


卒業まであと、三か月。
綱吉は瞳を揺らした。


「それが、理由なのか・・・?進路決めない理由って・・・」

答えない骸は、それでもそれこそが肯定そのものだった。

「・・・骸は、その子のことが本当に好きなんだな。」

「・・・好きですよ。」


そろりと伸びた指が、アスファルトの上の綱吉の指に触れて、緩くその指先を握る。


はっと顔を上げた先には、じっと見下ろしてくる赤と、青の瞳。


いつも乾いた色しか浮かべないその瞳は今は、深い色を乗せ揺らめき綱吉だけを見詰め、


冷たい風に緩やかに靡いた髪は、それでも目一杯の温かな日差しを受けて揺れる。



「好きです、」



例えば、例えばだけど


綱吉の授業だけ出席率がよかったり、課題もちゃんと出したり、
柄の悪い生徒に絡まれたとき何かと理由をつけて助けてくれたり、
誰とも口をきかないくせに綱吉のいる準備室には入り浸ったり、


今まで不思議に思っていたことのすべてが、その一言でぜんぶ上手く片付いてしまうような。



立派な社会人になったらね、とか子供にはまだ早いよ、とか
大人として上手い言い方はいくらでもあるのかもしれない。



でも、骸の瞳があまりにも真剣だから、




だから綱吉は、自分の指を握る震えるような指先を、握り返すことしか出来なかった。




09.12.09
年下攻め、大好きですv
とても楽しく書かせて頂きました!!!!
塩也さまに捧げますvvv
塩也さまのみ宜しければお持ち帰りくださいvvv