透明な瓶に詰められた色の綺麗な菓子を日に透かして、綱吉は微笑んだ。
日の光を通して、綱吉の白い腕に桃色や黄色や黄緑の柔らかな光が落ちる。

「綺麗ね、ボス。」

「うん。他にもあるんだよ。」

「骸さまに貰ったの?」

「うん。凪も一緒に食べよう。」

「ありがとう。」

言って菓子を並べる綱吉に、凪は目を細めて微笑んだ。

「ボス、嬉しそう。」

「え!?あ・・・!お菓子が嬉しいだけだよ!」

「うん。」

くすくす笑う凪に、綱吉は頬を赤くして少し口を尖らせた。

「お茶淹れて来ます。」

「ありがとう。」

凪が部屋を出て行くのを見送ってから、綱吉はテーブルの上に菓子を並べた。
珍しい菓子はどれも異国のもので、華やかでバターの香りがした。綱吉は嬉しそうに微笑む。

特に瓶詰めの菓子がとても綺麗で、綱吉はまたその瓶を取って日に透かせた。

(何だろう・・・飴かな?)

初めて見るものだ。興味深そうに瓶の蓋を取った。
ふんわりと柔らかな砂糖の香りと一緒に、果実のような甘い香りがした。

桃色の粒をひとつ指先で摘んで、そっと口の中に入れると、
舌の上でじゅわりと薄い砂糖が割れて、中から溢れ出した液体は鼻腔の中に果実に良く似た香りを満たした。

(・・・おいしい)

じんわりと頬を染めた綱吉は、もうひとつ口の中に入れた。


「戻りました。」

家の中に入ると目の前を、何個も毛糸の玉を抱えた凪が慌てるように横切った。

「・・・。」

編み物でもするのだろうか。初夏の今に編み物は暑い気がするが、編み物をする綱吉を見てみたい。

けれど凪の急ぎようと言ったらなかった。どんな勢いで編み物をしているのだろう。
後を追って行くようにすると、凪が廊下に散らばせてしまった毛糸の玉を拾い集めていた。

「どうしました?そんなに慌てて。」

「あ!骸さま、お帰りなさいませ。」

拾った毛糸を渡してやると、凪は立ち上がってぺこと頭を下げた。

「あの・・・!ボスが猫になっちゃった・・・」

「はい!?」

意味も分からずテラスに行って、骸は呆然とした。

(猫、だ・・・)

綱吉は日溜りの中、着物のまま床に座って手(猫で言うと前足)で、ソファの飾りにじゃれていた。

頬は林檎のように赤く熟れていて、瞳はとろりとして楽しそうに笑っていた。
凪が毛糸の玉をゆっくり転がすと、飛び付くようにしてじゃれ出した。

「・・・。」

骸は口元を手で押さえた。
可愛いが、

「骸さま。」

「・・・。」

骸の思考を遮るように、手厳しい凪の声がした。

「確かに可愛いですが」

「骸さま、」

「・・・今のは失言です。忘れなさい。一体これはどういうことですか?」

真摯な表情をした骸の足元を、毛糸にじゃれついた綱吉が駆けて行った。

「分からないんです・・・一緒にお菓子を食べようと、お茶を淹れて戻って来たらこんなことに・・・」

凪はテーブルの上の菓子を見てからはっとした。骸も釣られるようにテーブルに視線を向けた。

「・・・まさか骸さま、」

「何も入れてませんよ?」

凪の足元に、毛糸にじゃれついた綱吉がころんと転がった。
骸は再びテーブルの上に目を向けて、封が開けられたビンを見てはっとし、その瓶を手に取った。

「綱吉はアルコールに弱いですよね?」

「はい。ブランデーのたくさん入ったお菓子を食べるとベロベロになるくらい・・・」

言って凪ははっとした。骸は頷いて瓶を持ち上げた。

「これはウイスキーボンボンと言って、砂糖菓子の中にウイスキーが入っているフランスの菓子です。」

凪は口元を押さえた。綱吉が手で(猫で言うと前足)で毛糸をつつく。

「怪我をする前に、綱吉を保護しましょう。」

「はい!」

綱吉はぴくんと反応をすると、ぴゅっとソファの陰に体を隠して様子を伺っている。

「・・・。」

「骸さま、」

「・・・分かってます。」

骸は綱吉を保護すべく腰に携えていた短鞭を抜き取りしゃがむと、短鞭を猫じゃらしのように揺らした。

「・・・骸さま、」

「・・・凪も同じことをしてましたからね?」

「私、ボスに飲ませるお水持って来ます!」

「お願いします。」

走って行く凪に視線を移したときに、綱吉が骸に飛び付いた。

「!」

体勢を崩して後ろに座り込みはしたが、油断していたとは言え綱吉の力では押し倒されはしなかった。
綱吉を保護しようとして、骸は思わず目元を手で覆った。

綱吉は猫だったらごろごろと喉を鳴らしていそうな表情で、骸の胸に擦り寄っているのだ。
林檎のように赤い頬が艶っぽく、着物から覗く項が妙に白く見える。

どうしたものかととりあえず手を外すと、思いの他綱吉の顔が近くにあって目を見開いた。
鼻先が触れそうな距離で、綱吉は更に顔を近付けてくる。

「!」

骸は反射的に後ろへ体を引くと、綱吉はすすと寄って来てまた顔を寄せる。

「綱吉、」

また体を引くが、綱吉はすすと顔を寄せてくる。

まさかとは思うが、キスをしようとしているのか?
頬を赤く熟れさせて濡れたような唇を薄く開く綱吉は、顔を寄せるたびに瞳を閉じる。

何ということだろうか。
これでは絶対に人前で酒なんか飲ませられない。こんな顔を誰にも見せたくない。

また体を引いた骸に綱吉は泣き出しそうな顔でいやいやと首を振り、膝立ちになったかと思うと骸の肩に腕を掛けた。
緩く首を傾げる綱吉は目に涙を一杯溜めて、一度くすんとしゃくり上げると瞳を閉じた。


閉じた睫毛の縁から涙が一粒、つうと落ちた。


骸は目を見開いて無意識に綱吉の細い腰を抱き寄せた。

腕の中の綱吉は思った以上に儚く見えて、林檎の頬に伝った涙をそっと掌で拭う。

伏せられた睫毛に吸い寄せられるように唇を寄せて、そしてそれから、骸は顔を上げた。
そっと綱吉の体を引き離す。

「・・・綱吉が、酔っていないときにきちんと向き合います。」

む、とした綱吉だったが、すぐに何か思い付いたようにぱっと笑った。
かと思ったら帯に手を掛けて、嬉しそうに帯を解き始めた。
骸は目を見開いて固まってから、急いで帯を掴んだ。掴んだはいいが、着付けの仕方など分からないので緩く結び合わせる。

その隙に綱吉は胸元を開き始めてしまった。帯から手を離して胸元を合わせるが、その隙に綱吉はまた帯を解き始めてしまう。
完全にいたちごっこだ。

「綱吉、」

呼び掛けるが効果はない。どういう訳か嬉しそうに着物を脱ぎ脱ぎしてしまう。
なので両方の細い手首をやんわりと掴むが、綱吉はいつの間にか足袋の脱げた足先で、器用に腰襦袢を挟み引っ張って脱ぎ脱ぎしてしまう。

これはもう仕方がない。骸は意を決した。

「・・・少し、我慢してくださいね。」

言って骸は一呼吸置くと、腕ごと綱吉を柔らかく抱き締めた。

綱吉はしばらくもぞもぞしていたが、動けないと分かるとぴったりと動きを止めた。
ほっとしたのも束の間、腕の中からしゃくり上げる声が聞こえてぎょっとして体を離すと、綱吉は顔を手で覆って泣いているではないか。

骸が抱き締めたことで一気に酔いが覚めたのだとすると、少し悲しい。
悲しいのを堪えて骸は綱吉の顔を覗き込んだ。

「大丈夫です、何もしてません。だた、」

「・・・」

「どうしました?」

綱吉が何か呟いて、でも声が聞こえなくて耳を寄せた。
柔らかく先を促すと、綱吉はまた小さく呟いた。

「俺が、女の子ならよかったの・・・?」

「・・・え?・・・っ、」

綱吉の言葉に瞠目した骸だったが、後頭部に走った鈍痛に振り返ると、凪が箒を振り被っていた。

「待ちなさい、何もしてません。」

「・・・すみません、後ろから見たら襲っているように見えて・・・骸さまじゃなきゃ、水差しで殴っている所でした・・・」

「・・・。」

テーブルの上の水差しは厚手の硝子細工の水差しで、あれで殴られたらまぁ命はないかもしれない。少しは信用してくれているようだ。
凪が綱吉の顔を覗き込んで、同じように視線を落とすと腕の中の綱吉は、すやすやと眠っていた。



眠ってしまった綱吉をソファに寝かせるのは嫌だったし、かと言って自分の寝室に連れても行けない。

そっと綱吉を横抱きにすると、始めて出会ったあの夏の日のことを思い出す。
今でも、鮮明に思い出せる。


綱吉の手は、あの日と同じように冷たいままだった。


綱吉の部屋に勝手に入るのも気が引けたが、今は仕方ない。凪と一緒に綱吉の部屋に入った。

「・・・。」

柔らかな色調で揃えられた家具は綱吉らしくて、中央のテーブルには綱吉が活けた花が飾られている。
花の香りが部屋に満ちていて、凪がクローゼットの前に立ちはだかっていた。

「・・・開けませんからね?」

頷いた凪はベッドを整えて、上掛けを捲った。そこにそっと綱吉を寝かせる。
綱吉は赤い頬をそのままに、小さな寝息を立てていた。

「・・・こんなに弱いとは。今後は気を付けます。」

「私も気を付けます。」

小さく微笑み合った後、骸はふと口を開いた。

「綱吉が、自分を女性だったらよかったと言ったことがありますか?」

凪はすぐにふるふると首を振った。

「一度も聞いたことがありません。」

「・・・。」

それならやはり、酔った上でのことで深い意味はないのだろうか。

「骸さまは、ボスが女の子ならよかった?」

考え込むようにしていた骸が顔を上げると凪は真摯な表情をしていて、骸はすぐに否定した。

「そんなこと、一度も思ったことはありません。僕は、」

「その先は、ボスに聞かせてあげてください。」

言葉を遮るように、でも柔らかく告げられた言葉に、骸は静かに唇を引き結んだ。

「・・・そうですね。」

言って眠る綱吉を振り返ると、綱吉は寝返りを打って肌蹴た上掛けから白い足がはみ出した。
骸は動きを止めた。

「・・・骸さま。」

「・・・僕は何もしてませんよ?」

骸が顔を逸らしている内に凪が上掛けをぱぱっと直した。

「起きるまで傍にいてあげてください。」

「はい。」

振り返るとまたあらぬ疑いが掛かりそうなので、骸はそのまま部屋を出た。
後ろ手に扉を閉めて静かに瞼を落とす。

好きだ好きだとただ一方的に想っていても、当然だが伝わらない。
一度も綱吉に好きだと告げていない。思い返せば7年も前から、一度も。

好きだと言ったら綱吉はどんな顔をするだろう。7年も前からずっと、綱吉だけを想っていたと告げたら。

初めて綱吉と出会った日、綱吉はとても儚い人だった。

骸はあれから背丈も大分伸びて、体も鍛え上げているから、だから、余計にそう思うのかもしれないが、綱吉はあの日のまま、とても儚い人のまま。

必ずこの手で守る。

骸は改めて想った。


「・・・。」

それにしても。

本当に、細いままだった。
食事は残さず食べているから栄養の面では心配ないだろうけれど、とても、細かった。

(・・・細くて、柔らかかったな、)

「・・・っ」

凪が部屋の扉を勢いよく開けて、骸の後頭部に衝撃が走った。

振り返ると凪が扉の隙間から骸を見上げている。

「・・・僕の考えていることが分かるのですか?」

「・・・なんとなく・・・他人の気がしないので。」

そう言った凪の頭頂部で緩やかに房が揺れた。

「・・・僕もそんな気がします。」

骸の頭頂部でも、緩やかに、房が揺れた。

2010.07.25