骸の身に纏っている軍服は正装だった。
綱吉の実家の廊下で、骸と凪は向き合って佇んでいる。
「少しだけなら構わないでしょう?僕は綱吉の夫ですよ。」
「だから駄目なんです。式の前に花婿と花嫁が顔を合わせるのは縁起がよくないんです。」
まるで納得出来ないのだが、凪が「ボス着替え中かも」とぽそっと言ったので渋々引き返した。
引き返したはいいが、その途中で天敵と出会った。
相も変わらずの着流し姿で正装のせの字もない恭弥は骸と目が合うと、切れ長の瞳を細めてゆらりと口角を上げた。
「雨降って地固まるってやつ?良かったね。」
ぶわっと鳥肌が立った。恭弥を見遣れば恭弥も目元を陰らせて、鳥肌が立った首筋をぼりぼり掻いていた。
「鳥肌が立ったんだけど。」
「知るか。」
首筋から指を外した恭弥は、ゆったりと腕組みをして眉を持ち上げて微笑んだ。
「あの子供引き取るんだって?」
「・・・ええ。殴り倒したい衝動に駆られることが多いですが、頭は悪くないようなので六道の実家で引き取ることにしました。」
「あれが本当に君の子だったら、今頃君は土の中だけどね。」
「・・・。」
綱吉を溺愛している恭弥なら、過去もすべてを許さないだろう。それは分かる。
分かるけど分からないこともあった。それはもうずっと。
骸はほんの少し逡巡してから、口を開いた。
「・・・よく僕と綱吉の婚姻を認めましたね。」
庭先でししおどしが鳴った。恭弥はふと笑う。
「君が綱吉に変質的に思い詰めているのは知っていたからね。」
「貴様か。凪に妙なことを吹き込んでいるのは。」
何事でもないように恭弥が口角を上げて、けれど骸はそれよりも気になったことがあった。
「・・・知っていた?」
うん、と恭弥はまた何事でもないように頷く。
「奈々も家光も知ってるよ。綱吉に花を贈る命知らずを調べない訳ないだろう?本気みたいだったから様子を見てやったんだよ。」
「まさか。」
ほとんど反射的に言うと、恭弥は眉を持ち上げて笑った。
「まぁね。どこがいいのか理解出来ないけど、綱吉がこっそり君の後ろ姿を見送ったりしてたしね。相手が生ゴミでも弟が幸せになるなら、手を貸してやりたいじゃないか。」
色々引っ掛かるが、恭弥の一言で婚姻が決まったのだ。少しは我慢もする。
骸が綱吉の幸せを願うように、恭弥だって同じなのだろうから。
「いつも屋敷に来る君を二階から見て指差して笑っていたよ。」
「やはり殺そう。」
ししおどしが響き、二人はゆらりと向き合う。
「君が生きて居られるのは綱吉がいるからだよ。僕は我慢に我慢を重ねて更に我慢の上に我慢と我慢を重ねて我慢しているだけだから。」
「それなら僕だって同じですよ。綱吉がいるから我慢に我慢を重ねて更に我慢の上に我慢と我慢を重ねて我慢しているだけなので。」
空間が歪みそうな笑みを浮かべ合ったあと、二人はあっさりと擦れ違う。
いつもなら建物を破壊する勢いで手が出るが、機嫌がいいのは二人とも同じだった。
けれど骸は恭弥が足を向けた方向を敏感に察知して振り返った。
「・・・どこへ?」
「綱吉のところだよ。」
「式の前は、」
「僕は綱吉と兄弟だからね。関係ない。」
言ってスタスタを歩いて行く後ろ姿を、骸は薄暗い目で見ていた。
羨ましい。
たった二人の兄弟だし、恭弥の協力があったからこそ綱吉に一緒になれたのだから、恭弥が一番に綱吉の花嫁姿を見ても構わない、
とは思わない。
骸は恭弥に分からないように急いで中庭を横切り裏庭に回って、綱吉が控えている座敷を覗いた。
幸いなことに綱吉以外誰もいなくて、綱吉は鏡台の前の椅子に座っていた。
真っ白い、白無垢姿で。
骸は息を詰めてそして、そっと窓を叩いた。
振り向いた綱吉は骸の姿を見ると驚いて目を丸くして、駆け寄って来た。
骸は窓を開けて軽々と中に侵入し、後ろ手に窓を閉める。
「骸!?何してんだよ!式の前は、」
「そんな迷信より僕の想いの方が強い。」
言い切ると綱吉は瞳を揺らしてから、頬を淡く染めてそっと微笑んだ。
改めて二人きりになるとどこか気恥ずかしくて、骸もそっと睫毛を伏せたが、意を決して綱吉の手を取った。
はっと顔を上げた綱吉に、骸は不器用に微笑む。
向かい合って両手を握り合って、骸は思ったことを呟くように声にした。
「・・・綺麗ですね。」
綿帽子の下で綱吉が恥ずかしそうに俯く。
「・・・綺麗です。」
握り合った指先は体温を混ぜ合うように、伝え合うように、柔らかな温かさを帯びる。
いつも冷たかった綱吉の指先は仄かに桜の色に染まり、骸の体温が伝わって温かくなる。
「俺・・・凄く幸せだよ・・・ありがとう、骸。」
骸を見上げて笑った綱吉の頬に、涙が一粒伝った。
淡い頬を伝う涙は、歓びの涙。
骸は嬉しくて同じように涙を落とした。
「僕も幸せです。ありがとう。」
襖を叩く音に骸は舌打ちしそうになった。襖の向こうにいるのが誰だか分かるから。
「では、また後で。」
「うん。」
名残惜しく指先を離して窓から外へ出ると、入れ違いに入って来た恭弥の声がした。
「生ゴミ臭い。」
「え!?」
部屋に戻ってぶっ飛ばしたい気持ちにもなったが、今はとりあえず我慢した。
沢田の家は祝言は夜通し行うしきたりがあるそうで、朝から飲み始めているにも関わらず夕方近くなっても会場の騒ぎは収まらない。
むしろ勢いが増している。
凪は酒を浴びるように、むしろ浴びながら飲んでいるが給仕の仕事はきちんとしているので、ある意味尊敬に値する。
騒がしい中、隣の綱吉をちらと見る。
綱吉の打ち掛け姿も見ることが出来たし、7年も待ったから今更それが一日くらい伸びても何てことない。
朝まで待てばいいことだ、と思っていると、喧騒に隠れるように伸びて来た綱吉の指先が、骸の手にそっと触れた。
はっとして綱吉を見遣ると、綱吉は恥ずかしそうに俯いていた。
「・・・昔のことは気にしないでね。・・・俺は・・・ヤキモチ妬いちゃっただけだから・・・」
骸は目を見開いて、堪らず綱吉を抱き締めた。
真っ赤になった綱吉は声も出せなくて、会場にはあー!!という叫び声や悲鳴に似た声が響く。
飛んで来た杯やら皿やらは見事に骸だけに当たり、離れろだのキモイだの罵声も飛んで来た。
いつもなら怒るけどでも、骸はふと不敵な笑みを浮かべ会場に目を向けた。
「好きに言うがいい。愚か者どもめ。」
言い放って骸は綱吉を横抱きにした。
「わ!」
慌てる綱吉を抱き上げたまま庭へと飛び出す。
騒ぎながら追い掛けてくる人たちの声を背中で聞いて、骸は微笑んだ。
「もう十分でしょう。帰りましょう、僕たちの家に。僕が運転する車で。」
驚いていた綱吉は、けれど花が綻びるように笑った。
「うん!」
後ろで叫び声が重なって振り返れば、凪が物干し竿を足元に伸ばして追い掛けて来た人たちを蹴躓かせていた。
転んだ人たちが重なり合っている横で、凪がいってらっしゃいと手を振った。
骸と綱吉は笑顔を返して、綱吉は手を振り返した。
凪の横に並び立った恭弥が呆れたように腕組みをした。
「まさかとは思うけど、あの二人はまだ何もないの?」
「・・・そうみたいです。」
先が思い遣られるね、と溜息交じりに言うも、視線の先で車に乗り込む二人の幸せそうなこと。
2010.09.05
痛みの先にある幸せはとても眩しいと思います。
ロミジュ.リかムクツナかくらい障害の多いCPと思うのですが、最後に幸せになるのがムクツナならいいな・・・っ
長々とお付き合い、本当にありがとうございました><。。。