無闇に動けば返って見付けられなくなる。
同じ屋敷の中にいるのだから根気強く待てば見付かるだろうと思って骸はまた口元を押さえた。

同じ屋敷にいるのだ。
この先もずっと。

食事を共にし、生活を共にする。

寝室も一緒だったりするのだ。

骸は堪らない気持ちになって思わず目元を手で覆う。

一緒の布団で寝るのはまだ早いと思っているし、
誤解が解けて想いを通わせるまでは綱吉に触れないと決めている。

「・・・。」

けれど、

(手を、握っても構わないだろうか)


指先はまだ、冷たいままだろうか。


一人で悶々としている骸の目の前で、ベットが吊り上げられていて思わず動きを止めた。
白くて可愛らしいベットは二階へと向かって上がっていく。

怪訝に思って庭へ出ると、業者の人間が骸の向かってぺこと頭を下げた。

「これは?」

「綱吉さまのご寝台です。小さい頃からお使いのものだそうで。」

小さい頃から、と思わず繰り返して感慨深くベット見上げてからはっとした。

寝室は和室をと考えていたが、綱吉は就寝のときこの使い慣れたベットを使うつもりなのだろうか。
もしそうだとしたら、夫婦は同じ寝室で寝るものだし骸もそこに寝ることになるではないか。

思い至ってまたはっとベットを見上げる。

二階の窓に辿り着いたベットは綱吉の背格好なら余裕のある造りだが、
背の高い骸には小さい。


そうなると体が触れてしまうではないか!


もちろん綱吉を抱きたくないわけではない。
むしろ今すぐキスして抱き締めて想いの丈をぶつけたい。
しかし綱吉が誤解したままそんなことをしたら、財産目当ての体目当てと思われ兼ねない。また綱吉を傷付けてしまう。
それだけは何が何でも避けなければならない。

けれど綱吉がそんな至近距離で寝ていたら、毎晩理性と本能の壮絶な戦いが繰り広げるられることになる。

でも一緒に寝たい。

もしかしたら綱吉は夫婦になることで覚悟を決めてここに来てくれたのかもしれない、と思ったが
すぐに心の中で首を振る。

覚悟で体を重ねるのと想いを通わせて体を重ねるのでは大違いだ。

すでに理性と本能の壮絶な戦いを繰り広げた骸の鬼気迫る表情に、
業者の人間たちも使用人たちも恐ろしさのあまり潮が引くようにいなくなるが、骸は気付いていない。

そんな中一人の女性が怖いもの知らずに骸へ近付いて行って、すみませんと儚い声を上げた。

ふと我に返った骸の目の前に、大きな目をした女性が骸をじっと見上げていた。

「・・・見ない顔ですね。」

「凪と申します。」

凪、は黒いワンピースのふんわりとしたスカートの裾をほんの少し持ち上げて、緩く膝を曲げた。

「ボス・・・綱吉さまが御小さい頃から御世話係を致しております。
綱吉さまのご転居に伴い私もこちらに御世話係として住まわせて頂きます。」

宜しくお願い致します、と凪は小さく会釈をした。

「ああ、そうでしたか。よろしく、っ」

擦れ違い際、凪のピンヒールが骸の小指の爪の上を踏んで行った。

小指は痛い。

綱吉と同い年くらいの凪は小さい頃から綱吉の傍にいるのだとしたらきっと、
兄妹のように育ったのだろう。

綱吉の妹のように育った凪に拒絶を露わにされると、綱吉に拒絶されているような気持ちになる。
ちょっと落ち込む。

色々な感情で悶々としながらも綱吉と話をするべく、二階へ向かった。
階段を上り切って先程ベットが運び込まれた部屋を目指すが、
途中でまた凪と出くわした。

「ここから先は男子禁制です。」

冗談を言っているようには見えず、骸はぱちりと瞬きをした。

「・・・綱吉も男、」

言い掛けると凪は言葉を遮るようにはっきりと言い切った。

「骸様禁制です。」

「・・・。」

そうですよね。

「綱吉の寝室はあの部屋ですか?」

「当然です。」

そうですよね。

ちょっと落ち込んだのを知ってか知らずか、凪はポケットから可愛らしい手帳を出した。

「御夕飯は何時頃になさいますか?ボスはいつも19時にはお召し上がりになってます。」

「そう、ですか。それなら19時にしましょう。」

畏まりました、とペンを走らせてから凪はぱたぱたと奥へと走って行った。

寝るときは別々だけど、食事は一緒に出来るのだ。

骸は思わずくふと笑い声を漏らしてから我に返って、周りに人がいないと分かると唇を綻ばせた。


2010.05.16