下手に動き回らない方が綱吉を捕まえられると思うものの、じっと待っていられずに追い掛ける。
逃げ疲れて縁側にちょこんと腰を下ろしている綱吉の可愛らしいこと。
怖がらせないようにじりじりと近付いて行くが、綱吉は骸に気付くとぷんと顔を逸らして走って行く。

「綱吉、話があります!」

綱吉は少し振り返って顔をくしゃっとして舌を出す。

(・・・可愛い。)

骸は思わず口元を手で覆った。
何だろう、この幸せな気持ち。
恋人同士が戯れに追いかけっこをしているような。

洋館に入り込んで尚逃げる綱吉を追っていると、不意に部屋の扉が開いて骸は顔面を強打した。

「ごめんなさい・・・」

扉の影から顔を出したのは凪だった。
故意なのか事故なのかは考えないことにする。

扉の先を見遣るとそこにはもう綱吉はいなくて、現実の厳しさを知る。

戯れの追いかけっこではなく、本気の逃げである。

「・・・っ」

落ち込む間もなく突然脈絡もなく頭部に剣山が刺さったような痛みが走って、
何が落ちて来たのかと視線を下げて骸は動きを止めた。

栗かと思った。

けれど栗にしては黒いし、蠢いている。
つらつらとした黒い光沢を放つ長い針がうぞうぞと動いている。

(ウニ・・・!?)

ウニだった。
間違いなくウニ。

何でこんなところにと思うまでもなく、見上げれば螺旋階段の上で綱吉がべっと舌を出して引っ込んだ。

凪はウニの棘を摘んで持ち上げた。

「・・・今日は空からウニが降るって、ラジオで言ってました。」

「・・・っ」

綱吉を庇っているのは分かるがいくらなんでも無茶だ。
けれども骸にはそれよりも気になることがあった。

「・・・綱吉はウニが好きなんですか?」

不思議そうに瞬きをした凪だったが、すぐにはいと答えた。
凪の指先でウニがうぞうぞしている。

「お魚も好きです。」

「・・・そうですか。」

いいことを聞いた。
それなら海の近くに別荘を構えるのもいい。
海が近いなら魚介が新鮮だ。綱吉が喜ぶ顔が見たい。

一人で別荘計画を脳内で練っていると、じっと見上げてくる視線に気付いた。

「・・・何ですか?」

「怒らないんですか・・・?」

「え?」

もうすでにそんなこと忘れていたが、きっと綱吉がウニをぶつけたことを言っているのだろう。

「中将の六道さまは鬼の面を被った般若だって聞いたことがあります。」

人ですらない。
般若が鬼の面を被る必要があるのか。

骸は若干遠い目になった。

「・・・確かに中将である僕はそうだと思います。軍では冷血とも言われてます。
ですが、それと綱吉は何の関係もありません。綱吉に怒ることは余程のことがない限りありませんね。」

きっぱりと言い切ると凪はまた瞬きをした。

「余程・・・例えばボスに他に恋人がいたりしたら?」

「・・・、」

何て胸の痛くなる例えなんだ。

例えと分かっていてもウニが刺さったように胸が痛い。

「・・・それなら相手を殺します。綱吉のことは怒る気もしない。その前に綱吉はそんな真似はしませんよ。」

凪は不思議そうにじっと骸を見上げたままだった。

「何ですか?」

「骸さまは・・・ボスのことが本当に好き?」

「・・・。」

好きと言ってしまいたいが、それは先にちゃんと綱吉に伝えたい。

けれど否定する理由もない。
だって間違いなく愛しているから。

「・・・分かりますか?」

凪はこっくりと頷いた。

「ボスのこと話してるとき目がニヤニヤしてる・・・」

「・・・、」

にこにこならまだしもニヤニヤか。
気を付けよう。

「財産を僕にください。命を懸けてお守りします。場合によっては綱吉さんを放棄しても構わないと考えております。とか仰るからてっきり・・・」

「そんなに忠実に再現しないでいいですからね。」

「ボスを政治に利用するおつもりではないですか?」

凪の真摯な瞳に、骸も真摯な表情をした。

「当たり前です。」

言ってから骸は少し戸惑うように付け足した。

「・・・利用するだけのつもりなら、もっとずっと上手く出来ますよ。」

凪は大きな瞳を瞬かせてから、小さく頷いた。

「分かりました。」

「え?」

「私、ボスに幸せになって欲しいんです。協力します。」

目を見張った骸に、凪はもう一度頷いた時に、至近距離からウニが飛んで来て骸の後頭部に刺さって落ちた。

「凪を変な目で見るな!」

振り返ると綱吉がすぐそこにいて、骸は思わず口元を綻ばせた。

「何でウニぶつけられて喜んでるの・・・!?」

いくらか顔色を悪くした綱吉に、骸ははっと我に返って正直な気持ちを述べた。
綱吉に嘘は吐かないと決めている。

「ウニをぶつけられて喜んでいる訳ではありません。綱吉の投げたウニだからこそです。」

「そうなの、ボス。骸さまは私を変な目で見てたんじゃなくて、ボスのこと考えてニヤニヤしてただけなの。」

しん、と間が空いた後、綱吉はざあと顔色を無くした。

「何それ気持ち悪い・・・!!」

「・・・待ってボス」

だっと駆け出した綱吉を、凪はちゃんとウニを摘むように拾ってから後を追い掛けた。

初恋の人に気持ち悪いと言われた。
でも仕方ない。事実を述べただけだから。

綱吉には真実しか述べないと決めた。例え気持ち悪いと言われようとも!
骸は若干遠い目になりながらも決意を固める。
力強い味方も出来た。

「骸さまはいつもニヤニヤしてボスを想ってるの。」

「どう言うことなの・・・!?気持ち悪いよ・・・!」

力強い、

うん、とても力強い。

骸は若干遠い目をした。


2010.05.26