「・・・骸、欲しいものある?日本だと二十歳が節目なんだよ。記念に何か贈るよ。」
「それなら、君が欲しいです。」
アンバーの瞳は大きく瞬きをして、みるみる内に表情を崩して頬を赤く染めた。
「な・・・!何だよ、いつも好きにしてるくせに・・・!!」
骸は小さく首を振った。
顔に掛かる深い夜の色の髪が揺れて、
その表情は今にも泣き出さんばかりの懇願を乗せた。
「君が欲しい。」
こつりとぶつけた額をそのままに、綱吉は一度瞼を落としてから
顔を包む大きな手に、そっと手を添えた。
「・・・そんなの、いつでもあげるのに。」
光の元から流れて来た白く淡い光を灯す花がひとつふたつと数を増し、
時折緩やかに回りながら横を擦り抜けていく。
目も眩むほどの花の波に、光を孕む花弁が舞う。
「お前何考えてるか分んないんだもん・・・、」
大きな目にじわと滲む水に、光がきらきらと反射してきれい。
「訊いたらもう骸が、会いに来てくれない気がして・・・」
そっと背中に回された腕の確かさに、すべてを忘れたくなる。
気付くと腕の中の綱吉は現と変わらぬ年齢になって緩やかに水を湛えた瞳で骸を見上げた。
見上げた先の骸も今日で二十歳を迎える青年に変わっていた。
叶わぬものに胸を灼き付かせるくらいなら「ごっこ」のままでいい。
「だから、骸がそう言ってくれるのずっと、待ってたんだぞ・・・」
都合のいい夢なら尚更、
醒めなければいい。
目覚めれば覚えている必要のない夢なのだから。
目覚めれば彼は、何もかも忘れているだろうから。
*
部屋に足を踏み入れる前から違和感はあった。
そんな粗雑な気配を持つ人間は、骸の周りには一人しかいない。
どういう訳だろうと、呆れもしたし苛立ちもした。
けれどもそんな中に微かな期待がなかったと言ったら嘘になる。
部屋の中の不法侵入者に気付かないふりをして寄り付かなければ済む話しなのに
薄暗い部屋に足を踏み入れた時点で、迷いがあるのだ。
寝室の扉を押し開けると、天井から勢い良く何かが落ちて来た。
うわ!と声を上げてベットの上で一回体を跳ね遊ばせると、
蛙が潰れるような声を上げて床にべちゃりと落ちた。
床に落ちた体を追うように、オレンジの花弁が緩やかに宙を舞った。
ぱっと顔を上げた人物は予想通りの人間で、骸は無言で扉に寄り掛かった。
「何だよ、驚かせようと思ったのに・・・」
まるで骸が急に帰って来たのを責めるような口調で拗ねる綱吉を
骸は扉に寄り掛かったまま眺めて腕を組んだ。
「ええ、十分驚きましたよ。あなたがこの場所を突き止めた事も、
挙句勝手に寝室にまで入り込んでいる事も。」
身を翻して部屋を出て行こうとした骸は腕を強く引かれて、些か驚いて振り向いた。
綱吉にしては珍しく、悪戯が上手くいった子供のような顔でにっと笑って
そのまま引き摺るように骸をベットに座らせて、自分も横に腰掛けた。
骸は小さく溜息を吐いて、ベットに散らばった花を一輪拾い上げた。
「棺桶のようにしてくださってありがとうございます。良い趣味ですね。」
「お前なー棺桶に入れる花は白いのだろ?」
棺桶に入れるにしてはあまりにもカラフルな花を、綱吉も手に取ってくるくる回した。
「口利くのいつぶりだっけ?」
「さあ。別に話す必要もないので。」
「そうだよな。夢の中でしょっちゅう話してるからな。」
骸は控え目に瞬きをしてから、手にしていた花を綱吉の耳に掛けた。
「それはあなたの夢ですよ。僕は関係ない。」
素っ気なく言って立ち上がろうとした骸の腕にほとんどぶら下がるようにして元の位置に戻してしまう。
骸は怒るでもなく溜息と一緒に些か背中を丸くした。
「!」
何ですか、と問い掛ける前に綱吉の手が顔に掛かる骸の夜色の髪を掬い上げて
手にしていた花と一緒に耳に掛けた。
現実にどんな場所であれ綱吉と二人きりになる事が一切なかったから
うっかり戸惑って、対応が遅れた。
気付くと事もあろうに綱吉は、骸に体ごと圧し掛かってきたから、二人してベットに沈んでしまった。
「・・・退きなさい。」
完全に骸の体に乗っかって、綱吉は楽しそうに笑って顎を骸の首元に乗せた。
「骸が観念するまで退かない。」
小さく溜息を落とした骸の視線は薄暗くネオンが照らす天井ばかりを見据えていて
ただ視界の端にはほわほわとした柔らかい茶の髪が映り込んでいる。
いくら綱吉が華奢だからと言ってその体は確かな重みがあって
圧迫される肺が、体温が、夢の中にいるような気さえした。
けれど今は夜が空を覆う現実。
うっかり背中に回しそうになった手を自らの意思でベットに押し付けた。
退きなさい、ともう一度告げると綱吉は怯まず柔らかく笑った。
「いつも、こうやって遊んでるだろ?」
「だからそれは、」
「ぜんぶ覚えてるぞ。」
骸はふわりと睫毛を瞬かせた。
ぜんぶ、とはどこまでなのだろう。
確かに夢でも少しは残るかもしれない。
だが、そんな筈はない。
綱吉は特殊な能力の持ち主だから、もしかしたらそれを頼りにしているのかもしれない。
まさか、と言うのはあまりに肯定的だから、一応「ぜんぶ?」と訊き返す。
綱吉は満足そうに頷いて、「ぜんぶ。」と言い切った。
「お前が俺を何て呼んでるか、何を言ってくれたか、どうやって俺に触るかとか、
風景も、五年前初めて骸が俺の夢に入って来た時の事も、ぜんぶ。」
骸は再度ふわりと睫毛を瞬かせた。
でもまさかと思う。
言葉を控えた骸の視界の中に、大きな瞳が映り込んできた。
「昨日の夜、正確には20時間くらい前会って、その前は三日前で、その前は、」
骸は視界を遮るように綱吉の顔の前に手を据えた。
「もう結構です。」
深い溜息を追うように、掌の向こうでくす、と小さな笑い声が聞こえた。
少々「綱吉」を侮っていたのかもしれない。
けれども綱吉のその能力と、夢の関連性を見出せない。
「お前はね、俺を侮り過ぎなの。」
ほんの少し前に思った事を見透かすような言葉を紡いで綱吉は、
骸の掌を握ってどけた。
天井ばかりに注がれる目を、じっと見上げてくる視線を感じる。
とんだ大失態だ。
五年もの間、茶番を繰り広げていた事になる。
「・・・・君も悪趣味ですね。」
愚痴のように零した言葉に、今度は綱吉が小さな溜息を落とした。
「だってお前本当に何考えてるか分かんないからさ〜・・・。
たま〜に顔合わせたって、目も合わせてくれなかっただろ?
あれは俺の妄想なのかなって、何度思った事か・・・」
「そのまま妄想だと思っていればいいものを。」
「そんな訳にはいかないな。」
「・・・すべて忘れているものかと。覚えていても夢と思い込んでいるものと思ってました。」
「いくら俺でも、忘れたくない事は忘れないんだよ。」
「え?」
すっと伸ばされた細い指が、骸の顔に掛かる髪を柔らかく撫でた。
何度も繰り返し指先は、髪を梳く。
「忘れないよ、あんな幸せな夢・・・」
ようやく下ろした視線の先に、あまりにも柔らかく微笑む綱吉がいて
淡く染まる頬も、愛おしく細められる目も、水に揺れて光を弾くアンバーの瞳も
何もかもすべて夢の中と全く同じだった。
「いつもいつも、幸せだった・・・」
これこそが、都合のいい夢なのではないかとさえ思った。
伏せられた綱吉の目は恥じらいをもって逸らされていて、
ずっと髪を滑る指先に注がれていた。
受け止めきれずに下ろした瞼に、囁くように問われた声。
「・・・骸は?幸せだった?」
花の咲き乱れる場所で馬鹿みたいにじゃれ合って
星降る宵に静かにただ寄り添って
絡めた指先に、触れ合わせた唇に、重ねた肌に体温に。
そんなの骸だってぜんぶ覚えてる。
それどころか、いつも遠い横顔だって手の届かない背中だってぜんぶ覚えてる。
夢だと分かっていても、届かないと分かっていても
虚しさよりもずっとずっと、ずっと
「・・・いつもいつも、幸せでしたよ。」
観念して呟かれた言葉にひょこと顔を上げた綱吉は、
心底安堵して大きく息を吐くとへにゃと笑った。
「・・・よかった。骸も同じ事思ってくれてて。」
さらりと頬を掠めた指に視線を上げると、綱吉は柔らかく微笑んだ。
「誕生日おめでとう、骸。骸を俺にちょうだい。」
きょとりとオッドアイを瞬かせた骸はようやく薄い唇に小さな笑みを乗せた。
「それではどちらの誕生日か分かりませんね。」
ふふ、と笑った綱吉をひっくり返して、今度は骸が綱吉を体の下に敷いてしまった。
「お返しに俺をあげるよ。」
「お返し、ですか。」
こつりと合わせた額の間で笑い合って、綱吉は骸の白い頬を両手で包んだ。
「ケーキ、買って来たんだ。後で一緒に食べよう。」
花が綻びるように笑った綱吉とキスをした。
綱吉と笑った口のままでキスをするのが好きだった。
とても幸せな気持ちになれるから。
合わせた唇は、夢の中と何ら変わらぬ想いを乗せていて、
骸は恋の甘やかさを知り、醒める夢の悦びを思い知る。
09.06.08
おめでとう骸!綱吉と幸せになってください!!
現実で冷たくしてしまった反動で夢の中ではデレる骸。
その反動で現実で冷たくしてまたその反動でデレデレする骸(笑)
その度に綱吉はあれ・・・?って思い悩みます(笑)
しあわせになってね!!!