骸はとても機嫌が良かった。

にこにこと音が聞こえてきそうなほどの笑顔で真っ白い3段のケーキを切り分けている。

正直怖い。

そう思った瞬間、骸が睫毛の下から綱吉を見たので思わずびくっとする。
普段なら因縁を付けられる所だが、骸は機嫌がいいのでにこっと笑って切り分けたケーキをお皿に乗せた。
薔薇の形のクリームをケーキナイフで器用に取って、皿の上に乗せると指に付いたクリームをぺろりと舐める。

「さあ、食べましょう」

骸がにっこりと笑うので、綱吉はへへへと乾いた声を漏らして頬を引き攣らせた。

そんな事はお構いなしの骸は綱吉を横抱きにして膝の上に座らせると、ケーキの皿を手に取る。
そして細くて長いフォークでケーキを掬い上げ、綱吉の口に運んだ。

「はい、どうぞ」

綱吉は引き攣る頬で健気に笑い、促されるままぱくりとケーキを口にする。
はみ出したクリームが口の端に溢れ、骸はフォークを持つ手に皿を移動させて、空いた指先でそのクリームを掬い取り機嫌良く口に含んだ。

すぐ傍でその光景を見ている綱吉に、骸はにこっと笑う。綱吉の睫毛がぴくっと揺れる。

「まさか君の誕生日に君とこんな風に過ごせるとは思ってもいませんでした。まるでハネムーンですね」
「…ハネムーン」
「そうですよね」

途端殺意をぎらつかせた骸の瞳に、綱吉は頬を引き攣らせた。

「君も、そう、思いますよね」

まるで最終宣告のように発せられた言葉に綱吉は「……はい」と大人しく頷いた。

骸は「やっぱり」と言って嬉しそうに笑う。

やっぱりって何だ。って、凄く言いたかったけれど、綱吉は大人しく口を噤んだ。
せっかくご機嫌麗しいのでそれを壊す事もないだろう。

機嫌が悪くなったら何をされるか分かったものではない。


だって今、手足を拘束されているのだから。


ちょっと鼻と口を塞がれたらさようならだ。この世と。

綱吉は運ばれてきたケーキを口に入れながらへへへと乾いた笑みを浮かべる。


骸はとにかく監禁が好きだ。

機嫌が悪いと監禁され、機嫌がいいと監禁され、出張の前に監禁され、キスしたいからと言って監禁され、とにかく監禁される。

もう公認だ。

いないと「骸に監禁されてるんじゃね?」って話しになるらしい。


毎年誕生日にはお客人を招いてパーティーなんてやっていたのだが、今年から日程がずれた。
なぜなら骸に監禁されるだろうと予想したからだ。
だったら何か対策をしてくれてもよさそうなものだが、雲雀が「余計な手間を取るくらいなら、日程ずらせば?」と至極まともな事を言ってくださったお陰さまで、まんまと監禁されている。
あの時の雲雀の笑いを堪えた顔が今でも忘れられない。


更に言うとここ数日、骸以外の人間と話をしていない。いや、話していないと言うか姿すら見ていない。
時計はないし、骸は窓の外の風景を好き勝手に変えるので、ここに来て何日経っているのかも定かではない。

人を監禁しておいて人生最高のような笑顔を出せる辺り、さすがとしか言いようがないけれど、そんな男の恋人になったのは間違いなく自分の意思だから、頑張れと自分を励ます他ない。

「ちょ、むく、ぐふっ」
「おやおや、ケーキで窒息とは君らしいですね」
「ごふ」

人の口の中にケーキを詰めるだけ詰めておいて、その言い草はなんだ。
言ってやりたいけど、如何せん口の中はスポンジとケーキで一杯だ。

「汚れてしまいましたね。バスルームに行きましょう」

酸欠で涙目の綱吉をまるで気にせず骸は綱吉を横抱きに、すたすたとバスルームに向かった。

足で乱暴に蹴り開けた扉の向こうの白いバスルームは、教会の様に花で飾り付けられていた。
口の周りにクリームを付けたまま綱吉が思わず「あ」と声を漏らすと、骸は嬉しそうに笑った。
嬉しそうに笑って花びらが浮かぶバスタブの前に立つと、またにこっと笑った。

「この中にうつ伏せに落としてちょっと後頭部を押さえれば、君は死んでしまいますね」
「笑顔で言う台詞じゃないよね。ぶっ」

容赦なくぱっと落とされた体は勢いよくバスタブに沈んだ。ごぼりと耳の中で水音がして、必死に水面に顔を上げる。

「わ!」

やっと酸素に有り付けたと思ったのに、今度は骸がバスタブに飛び込んできて結局また沈む。

今度こそ顔を上げると、目の前に濡れそぼった骸が至る所に花びらをつけて嬉しそうに綱吉を見ていた。
綱吉はもうぽかんと口を開けてしまう。その唇に付いた花びらを、骸はぱくりと食べた。

鼻先を合わせて骸が笑う。

「服のまま入ると気持ち悪いですね」
「そりゃあね」
「ねぇプレゼントは?」
「あれ今日オレの誕生日…」
「君の誕生日なら僕がプレゼントを貰ってもいいのでは?」
「あー六道さん的にはそうだよね、うん、ごめんね」
「鼻と口押さえていいですか?」
「生意気言ってごめんなさい。止めてください」

それでも嬉しそうに綱吉を抱き締めて、骸は綱吉の濡れた胸元に頬を預けた。

「僕はね、今とても幸せなんです」

綱吉は目を見張った。

「世界で一番…いいえ、今まで生を受けた生物の頂点に君臨出来るほど幸せだと思ってます」

例えが骸らしいのはもう慣れているから、その言葉の意味がどれ程の事なのかも、綱吉には分かってしまった。

じわじわと耳の先が赤くなる自覚があって、綱吉は溜息のように後頭部をバスタブに預けた。
見上げた先の天井には、そこにはない筈のオーロラが揺れている。

「…好きにしていいぞ」

ふと視線を上げた骸の視界の中には、綱吉の顎しか見えない。

「もう、骸の望むようにしていいよ」

骸が嬉しそうに笑うのが分かった。

誕生日に駆け落ちとか、きっとロマンチック。

きっと連れ戻されて恐怖の家庭教師にぼこぼこにされるだろうけど、それはそれでもういいやと思えるほど、綱吉も幸せになってしまった。

顔を元の位置に戻されて、じっと瞳を見詰め合う。

「お誕生日おめでとう、僕の沢田綱吉」

ああ、なんて殺し文句。

きっとその後に続く言葉は

「君の命は僕のものだ」

愛を囁く顔でそんな物騒な事を言う、骸のキスを受け入れる。

「死んでも離しません」

そうしてください、と綱吉は花びらをくっ付けたままの頬で苦笑う。



2011.10.14
ちょっとフライングだけど14日にしておきます(笑)
おめでとう綱吉いいいいいいいい><骸と結婚してねぇええええええ 
この骸は大変そうだけどw