本当にどういう訳かツナヨシは週に一回、多い時は二回、一緒に授業を受けている。

もちろん内容なんかツナヨシには分からないから、骸の隣に座ってぽわんと骸を見ているので
骸からしたら大変落ち着かないし顔面が引き攣る。

なので、字でも覚えろと小学生用の教材を与えたら覚えるのが楽しいらしく
静かに隣で勉強するようになった。


だからツナヨシはひらがなを覚えた。


「骸!見て見て、書けた!」

「はいはいよかったですね。・・・って何ですかこれ。」

ノートにはひらがなで「むくこ」「つなお」と書いてあった。

「子供の名前。」

ツナヨシはぽっと頬を染めた。

「ネーミングセンスなさ過ぎですよ・・・!!」

「じゃあ、むくおとつなこ?」

「変わらない・・・っ」

顔面を引き攣らせる骸に、ツナヨシはしゅんと眉尻を下げた。

「でも俺、骸の顔の女の子がつなこで
俺の顔の男の子がむくおだったら分からなくなっちゃそう・・・」

「もっと手前で何かに気付け・・・!!」

「女の子だったら俺に似てた方がいいの?」

「・・・それはまぁそうでしょう。普通に考えたらそうですよ。
と言うよりそもそも子供なんて出来・・・」

はっと気付くと、いつも一緒にいる三人はもちろん、その奥に座っているクラスメイトたちまで
見守るような温かい目でこっちを見ている。

「・・・っ」


駄目だ。
もう完全にオママゴト会場だ。





「・・・骸さん、今日はツナヨシくんは来ないの?」

「ええ。」

「・・・これ、ツナヨシくんに。」

渡されたのは大きなショッピングバックだった。

「何ですか?」

不思議に思って覗き込むと、中にはクロームが着ていただろう服がたくさん入っていた。

「・・・着なくなった服。サイズ同じくらいかと思って。」

「・・・いいんですか?」

「・・・はい、もう着ないのだから。」

さすがは女の子、生活費をやりくりしてでも服は欲しいのだろう。
だから着なくなったと言ってもまだ新品のようなものもあった。

普段クロームはスキニーのジーンズやパンツスタイルが多いから
上に着るものもシンプルなものが多くて、多少女の子っぽい色や柄のものでも
ツナヨシが着るならまあ大丈夫だろう。


犬と千種にはこの寒空の下Tシャツ一枚で
公園のベンチに座っているというイカレた姿を目撃されているので
親戚だのという言い訳は出来ないから、一応家出して来た少年という事にしている。
あながち間違いでもない。


友達もいないし馬鹿だから、迎えが来るまで家に置いてやってると説明しているが
尾ひれが付きに付いて、ツナヨシが字を書けないのは記憶喪失で、それでも骸の事を覚えていたから
二人は愛を確認し合ったのだが、禁断の恋を親に反対されたツナヨシが家を飛び出して
駆け落ち同然にあのアパートで身を寄せ合うように生活している事になっている事実を、骸はまだ知らない。


二人の明るさを健気に思い、そっと涙を拭う生徒が出てくるほどこの噂は定着している。


「ありがとう、助かります。」

「・・・大変だものね。」

「ええ、大変です。」

ここでまたきっと、尾ひれが付くのだ。
骸はツナヨシの世話が、という意味で言っているのだが、
クロームは駆け落ち生活が大変だと思っている。

認識のズレに全く気付いていない骸は、何気なくショッピングバックの中の服を手に取る。

「・・・これは?」

たまたま手に取った革の素材の長方形の何か。

長方形だ、これは。
まさかとは思う、が。

「・・・勝負服。」

「・・・っ」

これはいわゆるマイクロミニというスカートなのだろう。


お父さんは泣きそうです。


絶望的な仕草で目元を手で覆った骸に呟く。

「・・・骸さん、泣いてるの?」

「泣きそうですよ・・・っ!」

学校にはもちろん穿いて来ているのを見た事がないから
これを穿いて遊びに行っているという事だろう。


お父さんは泣きそうです。


そしてその勝負の行方が知りたいけど知りたくないけど知りたい。

クロームは隠し事をしない子だからお父さんとしては嬉しいのだけれど
あまりにも包み隠さないからショックを受ける事もある。

ここはツナヨシを間に入れてワンクッションおくとしよう。
その方がダメージは少ない気がする。

「・・・たまには趣向を変えて、それを穿いたツナヨシくんとにゃんにゃんしてね。」

「しませんよ・・・!!」




もやもやと重い足を引き摺るようにアパートに辿り着くと
二階からツナヨシの話し声が聞こえた。

どうやら外で話しているようだ。

また何かの勧誘かもしれない。家に上げなくなっただけ成長したと思う。
それか最近家にまで野菜やら何やら届けてくれるようになった商店街の誰かかもしれない。

階段を上がり切った所で、骸に気付いたツナヨシがぱっと振り向いた。

「骸、お帰り!」

隣にいたのは銀髪の男で、見たところ同い年くらいに見えたが
大層目付き悪く骸を見遣った。

あまりの感じの悪さに骸も眉根を寄せる。

「これ、お隣のゴクデラ。」

「隣?」

隣に誰が住んでるかなんて知らなかった。
こんなのが住んでたのかと、骸は鼻を鳴らした。

「な・・・っいきなり呼び捨てっすか!」

そして隣人はなぜか頬を染めて叫んだ。

「いつもびゃーぎゃー煩いって。」

「ツナヨシさんは何も悪くないっすよ!悪いのはどうせこいつでしょう!」

呼び捨てにされて何だか嬉しそうなのは気のせいじゃなさそうだ。

試しに骸が獄寺、と言うと途端に目を吊り上げた。

「んだてめぇ!」

この隣人はどういう訳かツナヨシがいたくお気に召したようだ。

「馬鹿が馬鹿と話すと余計馬鹿になりますよ。早く部屋に戻りなさい。」

「うん!」

「なぁ・・・!てめぇコノヤロッ!」

「何か問題でも?」

はっと鼻で笑うと、
ツナヨシは慌てて骸の胸を押し遣って獄寺に向ってぺこぺこ頭を下げた。

「すみませんすみません、うちの主人が」

このセリフ回し、また変なドラマでも見たのかと骸が呆れていると獄寺の顔色がさっと悪くなった。

「ツ、ツナヨシさん・・・まさかこんなヤローと結婚されてるんすか・・・?」

何か最近馬鹿が集まって来るように思う。

「馬鹿か。よく見なさい。この子は男ですよ。」

「べ、べつにそういうんじゃねーよ・・・」

険しく眉根を寄せてぱっと目を逸らすが、その頬は心成しか赤い。


これは重症だ。


骸は片手でずい、とツナヨシを押し遣った。

「欲しいならあげますよ。邪魔だったので。」

「なぁ・・・!!」

目の前にツナヨシを押し出すと、獄寺は頬を赤くしてわたわたしたが
決して拒絶してない。

けれどツナヨシはそんな獄寺をよそに、骸の腕にしがみ付いた。

「やだ骸・・・!捨てないで・・・!」

本気でがたがた震えているあたり骸を何だと思っているのか甚だ疑問だが
この重たいセリフ回し、昼間の連続ドラマを鑑賞しているだけある。

獄寺は骸の腕にぎゅうぎゅうしがみ付いて泣きそうになっているツナヨシに
顔色を失くして完全に動きを止めた。

獄寺が骸の視線に気付いて目を上げた時、
骸は顎を軽く上げて、は、と鼻で笑った。

獄寺はみるみる眉を吊り上げて死ね!と叫ぶと部屋へ駆け込んで言った。


「・・あれ?ゴクデラは?」

ぐずぐずと鼻を啜りながらツナヨシが振り返った頃には獄寺はもうそこにいなくて
骸に捨てられると思って必死になっていたツナヨシは気付かなかったらしい。

「死にたいらしいですよ。」

「え、ええ・・・!?だ、大丈夫なのか・・・!?」

「ええ。言ってるだけでしょうから。」

ちらちらと隣の部屋を気にしているツナヨシを部屋に入れて
テーブルの前に座った時、隣の部屋からどか、がつ、いてぇちくしょう!と音が聞こえてきた。

恐らく腹を立てながら歩いていて何かに躓いて、
躓いた何かを蹴り上げたら思いの外痛くてちくしょうなのだろう。


骸はく、と口の端を吊り上げた。


大きな音と叫び声に驚いてぴょんと体を跳ね上げたツナヨシは
ガタガタ震えながら骸に助けて貰おうとしたが、
骸の笑みがあまりにも凶悪でぞお、と身震いした。

けれど骸は頼りになるので骸の顔にも怯えながらしがみ付くが、
骸は口の端を上げたまま動かず、ツナヨシが見えていないようだった。


ツナヨシは焦った。


何かしらの形でも構ってくれないと怖くて仕方ない、骸の顔を含め。

ツナヨシは尚も体を震わせて骸によじ登った。
骸の額に押し付けられる柔らかい腹がぶるぶる震えていて、骸はふっと薄暗い笑みを浮かべた。

浮かべてからふと我に返る。

(何をしてるんだ僕は・・・!!)

ツナヨシをぺりっと引き剥がして床に転がしてはぁ、と重い溜息を吐いた。


何をむきになっていたんだろう。
馬鹿寺か何か知らないが、隣の男がツナヨシを気に入ったからと言って何なんだ。


骸が暗い気持ちになっている横でツナヨシはころころ転がっていって
ショッピングバックにぶつかって、ぴょこんと体を起こした。

中を覗いておお!と声を上げた。

「これ誰の服?」

「え・・・?ああ、君のですよ。」

「え!?俺!?」

ツナヨシは大きな目を丸くしてぱちぱち瞬きをした。

「クロームが着なくなった服を君にと持ってきてくれたのですよ。」

「クロームが!?・・・うれしい、」

ツナヨシは頬を染めて小さな手をちょいちょい、とバックの中に入れてみる。

「サイズが合うか着てみてください。ちゃんとクロームにお礼を言うんですよ。」

「うん!」

ツナヨシは嬉しそうにジーンズを手にしたが、頬を赤くして眉尻を下げた。

「み、見ないで・・・」

「・・・っ」

引き攣る口元を押さえて背中を向ける。
見たい訳あるか!と言ってやりたかったが、口が引き攣って言葉が出てこない。

(何なんだこれは・・・!)

骸の後ろでツナヨシがジーンズを穿いている。
本当に何なんだ。
ウブなカップルか!

「穿けた!」

「・・・足短いですよね。」

確か身長はそんなに変わらない筈だが裾が余っている。

「うん!」

貶されたと思ってないらしい。
別にもうどうでもいいけど。


裾を上に押し遣ればまぁ、おかしくないか。
そうやって穿くものだろうし。

裾をいじっている骸をよそに、ツナヨシはショッピングバックの中の長方形のものに目を止めた。

「これは?」

「・・・っ」

ツナヨシが手に取ったのは勝負服だ。

「・・・それは男が穿いたら胴体が食い千切られる危ないものですよ。」

「・・・・!?」

ツナヨシは顔色を完全に失くしてぽい、とスカートを放った。
骸はすかさず回収するとショッピングバックの一番奥に押し込んだ。

「これは後で捨てましょう。」

クロームには申し訳ないが、ツナヨシに穿かせる訳にはいかない。

「・・・骸、」

「!?」

か細い声に顔を上げると、ツナヨシは何故か瞳を潤ませて感動しているようだった。

「・・・何ですか!?」

「骸は、本当に頼りになるよな・・・」

「・・・!?」


信じたのか!!


ツナヨシはうっとりと頬を染めて骸に寄り添った。

隣の部屋からすすり泣く声が聞こえてきて、
玄関から「お邪魔しますよー!」と勝手に入って来たジャンニーニの声がした。


骸は遠い目をしている。


ツナヨシと初めて会った頃、それは本当に最近の話だが
他人と関わりたくないと言っていた尖っていた自分はどこへ行ったのだろう。


気付けば周りには馬鹿が溢れ、今では商店街はみんな顔見知りだ。


ツナヨシが来てからというもの、周りが騒々しくて仕方がない。


09.08.06