ショッキングピンクのもこもこ。


「・・・何ですかそれ・・・」

ただいまよりも早く、口癖のようになってしまった言葉を吐きながら、
骸はもうすでに生気のない目をしている。

「これね〜」と嬉しそうに笑ってツナヨシは足を持ち上げた。
ツナヨシの足にはスリッパと呼ぶにはあんまりな物が履かれている。

そう、まるでモップだ。しかも、ショッキングピンクの。

「こうやると、歩いてるだけで床が綺麗になるんだって!」

ツナヨシはぎこちないスケーターのように廊下をつーつーと滑って行って、
突き当たりで折り返すと、つーつーと骸の元に戻って来た。

「な!」

軽く息を上げて満面の笑みを浮かべる。

な!じゃなくて。

確かにそんな便利な物があるとかないとか聞いた事があるようなないような、
けれど曖昧な記憶でも何か違うような気がしないでもない。

もこもこし過ぎた。

くるぶしの辺りまでもこもこが押し迫っているそれは正しいのか。
くるぶしの高さのもこもこはどこを拭くんだ、床は拭けないだろうよ。

「沼田さんが作ってくれたんだ〜」

えへへ〜とツナヨシは照れたように笑った。

手作りなのか。だったら逆に凄いよ沼田さん。あんた一体誰なんだ。
そしてなぜこれを手作ろうと思ったんだ沼田さん。どこの誰なんだ。

もうどこから言っていいのか分からなくなって遠くを見ている骸に
、ツナヨシははっとした。

「そんな顔しないで大丈夫だからな!ほら、骸の分も貰ったから!」

流し台の下に置いてあった段ボールから、ショッキングブルーのもこもこが出てきた。

「・・・いや、そこではなくて、」

更に遠い目になった骸に、ツナヨシははっとした。

「大丈夫だぞ!俺は奥さんのお仕事はさぼってないから!
今日もフローリングは全部雑巾がけしたから!」

ますます遠ざかっていく。
靴も脱げずに脱力する骸をよそに、ツナヨシはいそいそと段ボールからもこもこを取り出し始めた。

ショッキングイエローのもこもこと、ショッキンググリーンのもこもこ。
沼田さんはショッキングな色が好きなのか。
縫っている時さぞかし目が痛かっただろう。

「これでお客さんが来ても大丈夫だな!あ、でも俺奥さんのお仕事はさぼらないから!!」

もこもこを抱き締めて必死なツナヨシに、とりあえず脳天チョップをかましておいた。

「ふぐ・・・っ」

涙目のツナヨシの横を擦り抜けて、何とか家に入る。

「あ・・・!骸、履かないのか?」

「履きませんよ。」

今は冬だからいいけれど、夏なんかどうするんだ。
家にいながらにして足が蒸れる。

「・・・履かないの?」

「履きません。」

言い切る骸に、ツナヨシはしゅん、と眉尻を下げた。

「そっか・・・でもせっかく沼田さんが作ってくれたから・・・そうだ!」

ツナヨシはぱっと顔を上げて、目を輝かせた。

「せっかくだから、ゴクデラにあげてくる!・・・うわっ!」

沼田さん作のもこもこを抱えて駆け出そうとしたツナヨシは、
腕を強く掴まれてぷらりとしてしまった。

衝撃で腕の中からもこもこが床に落ちて転がる。

「・・・骸?」

骸の手に掴まれて中途半端にぷらりとしてるツナヨシは不思議そうに骸を見上げた。

「・・・要らない、とは言ってません。」

「で、でも・・・履かないんだろ・・・?」

「・・・夏場は・・・履かない、かもしれません。」

自分が何を言っているか分からないのだけれど、
ただ隣の馬鹿寺が嬉しそうに頬を染めて
このモップスリッパを履いている姿が瞬間的に浮かんで来て、非常に不愉快だと思ったのだ。

思ったら考えるよりも先にツナヨシの腕を掴んでいて、現在に至る。

「履く・・・?」

そおっと青いのを差し出される。

骸は口元を引き攣らせた。


一体どうしたんだろう。

何がしたいんだ自分は。


骸は完全に自暴自棄な気持ちで青いもこもこに足を突っ込んだ。

「骸似合う!」

「・・・っ」


嬉しくない。


ツナヨシはうっとりと頬を染めて顔面を引き攣らせる骸の後ろをくっ付いて行った。

「絶対骸は青がいいと思ったんだ!それかレインボウ。」

「レインボウ・・・!?」

七色の物体を作らなかった沼田さんに感謝しながら部屋の扉を開けると、
ふわりといい匂いがした。

「・・・!?」


テーブルの上に何か乗っている。


ツナヨシが骸の陰からぴょこりと頭を出して骸の視線を辿ると、
照れたように笑った。

「オムライス作ったんだ!」

「オムライス・・・!?」

骸は口元を片手で覆って、ゆっくりとテーブルに近付いて行った。


黄色い光沢のある卵のベールはランダムに破け、赤く染まる米を覗かせている。


実にエキセントリックだ。


赤に染まる米に、橙や緑や透明な不揃いの野菜たちが散りばめられ、
白い皿の上にも弾け飛び、色を添えている。


実にアーティスティックだ。


骸は息を飲んだ。


このアバンギャルドさは、胃袋よりも写真に収めた方がいいんじゃないかと思う。


座って座って!と腕を引かれて促され、魂が抜けかけた骸に満面の笑みでずいとスプーンを渡す。

「食べろ、と・・・」

ツナヨシは嬉しそうに何度も頷いた。

これは食べ物ではなくて前衛的な芸術作品なのではないだろうか?

正直これは食べるのには勇気がいる。
けれど不思議な事に、匂いはオムライスでとても食欲をそそるような香りだ。

不思議だ。
何でこんな暴れん坊な姿をしているのに香りがいいのだろう。

「・・・。」

骸は勇気を出して銀色のスプーンに赤い米を乗せてみた。
スプーンの上で赤や緑や橙が元気に自己主張している。

正直全く美味しそうではないのだけれど、試しに一口だけ、と口に運んだ。

「・・・。」

「おいしい?おいしい??」

ツナヨシは身を乗り出して泣き出しそうな顔をする。
骸はちら、とそんなツナヨシに目を向けてから睫毛を伏せた。

「・・・まぁ、食べられなくは、ないですね。」

よかったぁ、とツナヨシはほっとして笑って、自分も食べ始めた。

食べられなくはないと言うより、実際美味しかったりした。

「・・・。」

不思議だ。

こんな見た目とのギャップのある料理は初めてだけれど、
どことなく懐かしいような、繊細な味だった。

「・・・テレビでも見て作ったんですか?」

「ううん!クロームがね、料理の本くれたんだ!」

ツナヨシはテーブルの下から料理の本を嬉しそうに出した。

『小悪魔料理  これで彼もメロメロ★胃袋を掴んで彼を虜にするのが悪魔的』

今すぐにツナヨシの手から本を奪い取って
窓から宇宙の果てまで投げ捨ててやりたい気持になったが何とか堪える。

クロームの真心だと思いたい物を無下には出来ないし。

小悪魔料理って何なんだ。
最後は悪魔になってるじゃないか、正しいのかそれ。
そもそもお前は天使じゃないのか。

クロームがひらがな振ってくれたんだ〜と嬉しそうにページを捲るその材料の欄には全て
『あなたの愛情★』と書いてある鬱陶しい仕様にも
言ってやりたい事は山ほどあったが、とりあえず堪える。

いちいち言っていたら切りがない。

遠い目をする骸をよそに、ツナヨシはきっちりと正座を始めた。

「なぁ、骸・・・これからは俺が夕飯作ってもいい・・・?」

「・・・。」

まぁ、悪い事はない、と思う。

台所は料理をしたとは気付かなかったほど綺麗になっていたから、
作った後にツナヨシが自分で片付けたのだろう。

骸は包丁を握るのは苦にはならないが、帰って来て夕飯がある方が楽と言えば楽だし
何より、味が好きかもしれない。

骸は元々食べ物にこだわりがないので、味さえよければ見た目がクレイジーでも気にならない。

意外な特技を見付けたような気もする。

「・・・火と包丁に気を付けると約束出来るなら、構いませんよ。」

ツナヨシはぱあ、と顔を綻ばせた。

「ありがとう、骸大好き!」

「・・・っ」

いちいち言わなくてもいいのに。

明日は何作ろうかな、と言って嬉しそうに本を見るから
食事中は見るなと取り上げる。

うん!とまた嬉しそうに笑う。

いつも楽しそうだななんて呆れながら、綺麗に畳まれた洗濯物なんか見付けてしまって
骸は遠い目をした。




何だかんだ言って、一番オママゴトに付き合っているのは自分なんじゃなかろうか。


09.08.25