今年も残すところ30分。
いつもなら勉強をしながら過ごすので、年が暮れるとか明けたとか気にしたことがなかった。
なかったけど、今年は引き攣る顔面を押さえるのに目一杯だった。
「年越し蕎麦って年越しながら食うの?」
「知らねー!」
「ホモ寺って雑学ありそうよね。知らないの?」
「ホモ寺じゃねぇよ。」
何でこんなにぎゅうぎゅうにひしめき合っているのだろう。
つい30分前まで更になぜかどういう訳か笹川と山本と
本気で意味が分からないのだけれど、学年主任の雲雀までいた。
本当に意味が分からない。
更にその30分前まで商店街の人たちが人の部屋を行ったり来たりと
師走という言葉を生まれて初めて体験した気分だった。
思い出し顔面引き攣りをしている骸の腕に、小さな手がぽん、と置かれる。
見下ろせばツナヨシが大きな目を潤ませていた。
「骸、ジャンが祖国に帰ったからってそんなに悲しまなくていいんだからな!
ジャンはちゃんと帰って来るからな!!」
「そこ心配してませんよ・・・!」
「じゃあ骸さん、私たちはこれで・・・」
年末も元気に顔面を引き攣らせる骸をよそに、クロームが荷物を手に取ると、
犬と千種もコートを着始めた。
「え?帰るんですか?」
「俺は帰らねぇぐ・・・っ」
断固として居座る姿勢を見せ掛けた獄寺の口を、千種は掴んだ。
掴んで黙らせた。
鷲掴んでいるからちょっと痛そうだ。
ツナヨシが顔面蒼白になっている。
「俺たちは山本の家に寿司食いに行って来ます。」
「それならこの子も、」
「駄目。」
骸がぐいとツナヨシを押すが、クロームがぐい、と押し返す。
ツナヨシは骸とクロームの間をぷらぷらしている。
「骸しゃんは、」
ねぇ、とまるで井戸端会議のおばさんのように三人の視線が交わって、
その下で獄寺の顔色が悪くなっている。
よく見たら千種の指先が獄寺の鼻も摘んでいる。大丈夫かそれ。
「骸さんはお布団の中でツナヨシくんと新年を迎えるんですよね?」
「何ですかそれ・・・!?」
「何ってセッむぐ」
犬が静かにクロームの口を手で塞ぐが、すぐに顔面を殴打されて床に吹っ飛んだ。
「そういう訳なの、頑張ってね骸さん。」
「どういう訳ですか・・・!?」
「・・・ホモ寺は仕方ないから俺たちと一緒に来ればいいよ。」
「ホモ寺、じゃ、ねぇよ・・・」
酸素不足でぐったりとした獄寺とクロームに顔面を殴打されて気絶し掛けている犬を引き摺るようにして「よいお年を、」なんて言いながら
部屋を出て行く級友たちをぽかんと見送るしか出来なかった。
(一体何なんだ、布団の中で新年を迎えるとはどういう意味なんだ)
悶々とする骸の視界にさっきから淡い色の髪がひょこひょこちらちらしている。
反射的にその頭を殴ると、ツナヨシがううとぐずったので少し気を持ち直す。
「・・・布団の中で新年を迎えるとは、どういう意味だと思いますか?」
「うーん・・・寝っ転がって年越し・・・?」
「頑張れとか言ってましたよね?」
「眠っちゃわないように頑張るとか?」
何だかモヤっとするがそのままにしておく。
ろくでもないことなのだろうということは何となく分かるから。
一気に人が減った部屋はどこか寒々しく思えたが、
ツナヨシがこたつ布団に絡まってどっかんとひっくり返った音で元に戻った。
「・・・君ねぇ・・・」
ツナヨシはぐずりながらも何とか起き上がってこたつに入ると大好きなテレビを消した。
「消すんですか?」
「うん、除夜の鐘聞きたいんだ!」
「聞こえますかね。」
ツナヨシはぐずぐず鼻をすすりながらも耳を澄ました。
途端にパンパンパンと爆竹の音が響き始めて、若者らしき馬鹿笑いが聞こえたり
子供の泣き声が聞こえ出したり、初詣に向かうのかどやどやと人の話し声が聞こえたりした。
「ど、どれが除夜の鐘・・・?」
「全部違いますよ・・・!」
ある意味タイミングが良過ぎて顔面を引き攣らせた骸はテレビを点けた。
「あ!」
「そうですよ、これが除夜の鐘。」
鐘を鳴らすところを中継しているチャンネルがあったことをふと思い出したのだが
ツナヨシは映像でも大満足なようでおお!と興奮気味にテレビを見詰めている。
こんな調子だと今年も色々あったなーなんて振り返ってしまう。
けれども骸の”色々あった”の”色々”はぜんぶツナヨシ絡みだったりもする。
本当に、心底、本気で、有り得ないくらい、騒がしかった。
ひく、と口元を引き攣らせた骸はツナヨシの大きな瞳がじいと自分を見詰めているのに気付いて
もっと口元を引き攣らせた。
「・・・何ですか?」
痙攣する骸の口元にびくびくしながらもツナヨシは
テーブルの上にそう、とポスターを出した。
「はつもうで、ここ、いく。」
恐怖でカタコトになりながらもツナヨシは大きな瞳でびくびくと骸を見詰めた。
ポスターには大きな神社の写真と、学業成就の言葉が躍っていた。
「・・・聞いたことない駅名ですね。」
話題を切って捨てられなかったことにツナヨシはぱあと顔を輝かせて、体を乗り出した。
「ここからだと電車で一時間くらいなんだって!参道がハイキングコースになってるから
アクティブなカップルにぴったりのデートコース、初詣はここで決まり!だって!」
「アクティブでもなければカップルでもないですよね、僕たち。」
「じゃ、じゃあ貫禄ある夫婦・・・?」
「違う・・・!!」
「それにさ、学業成就だし!」
ツナヨシがここを選んだ理由なんてまあそんなものだろうとは思っていたが。
骸は初詣の習慣がない。
行った記憶がないし、お守りもお参りも気休めでしかないと思っている。
願って叶うなら誰でも思い通りだ。
「・・・。」
でも息抜きくらいにはなるかもしれない。
「・・・いいですよ。」
「えぇえええええ・・・っ!?」
「驚き過ぎですよね・・・!?」
「え、だって本当に・・・!?」
「・・嘘でもいいですけど。」
「ううん!!行く!!俺、寝ないでお弁当作る・・・!!」
「寝てくださいね・・・!?」
ふと気付けば時計の針は十二時十分。
テレビの中ではもう祝賀ムードは過ぎていた。
まあそれくらいでいい。
時間に気付いたツナヨシは慌てて正座をして居住まいを正した。
「明けましておめでとう、骸!」
変に真面目腐った顔に少しだけ笑って、骸もおめでとうございます、と緩く頭を下げた。
2010.01.06