骸が風邪を引いた。


そう言えば昨日寒気がしてたな、と思い返す。

けれど風邪なんてそれこそ幼稚園以来引いた記憶がないので、
そんなだからもちろん常備薬もない訳で、けれどもまぁ大丈夫だろうと高を括っていた。

が、夜中にあまりのダルさと熱さと寒気とで目が覚めたのだ。

あまりにも体が言うことを聞かないので、これはおかしいと思って
記憶を辿って体温計を探し当て熱を測って本気で眩暈がした。


人の体温ってここまで上がるんですか?


体温計が壊れているんじゃないかと思い込んでみるが、
体が睡眠を拒むほど疲弊している。

これは参ったなと、汗ばんで気持ちの悪いシャツをまさぐってから
はっと横を向いた。

すやすや眠っていたはずのツナヨシがいつの間にか目を覚ましていて
大きな目を見開くようにしてぷるぷるしていた。
心成しか顔が青褪めている。

何か言ってやろうと思うのだが、思考が纏まらない。

酷く近い距離でツナヨシの瞳がゆらゆらしている。

ツナヨシは珍しく何も言わずにベットを出たかと思うと、おもむろに冷凍庫を開けた。

どうしたのかと逆に心配になるくらい静かな動作だったが、
氷を取り出して水を張った洗面器に落としていくだけなのに氷が床にすこーんと落ちてくるくる回ったりしている。


見れば綱吉は大きな目をうろうろとさせていて、動揺が手に取るように分かる。

骸が具合が悪いのに気付いているのかもしれない。

何をしているのかと問い掛けようとしたが、上手く声が出なかった。

骸のぼんやりとした視界の中で、ツナヨシは泣きそうになりながらタオルを洗面器に入れていた。
ひんやりと冷たいタオルが額に当てられて、心成しか少し楽になった気分だった。


何でそんなに泣きそうな顔をするんだろう、と思いながら骸の意識は途切れた。



ほんの少し眩しくて目を開ければ、空が白み始めていた。

熱を出したのは夢だったのだろうか、とも思ったが
やはり体はじっとりと汗ばんでいて重かった。

ふと額に当てられたタオルに手を添えると、まだ冷たかった。

はっとして横を見ると、ツナヨシが大きな目でじっと骸を見詰めてぷるぷるしていた。

もしかしてずっとそうしてタオルを取り替えてくれていたのだろうか。


でも見過ぎだから。


夜中に目を覚ましたときよりはいくらかよくはなっていたが、突っ込む気力はあまりない。

辛うじて持ち上げた手がぱちんとツナヨシの額を叩いて、
ツナヨシがぴょんと跳ね上がった。

「む、むくろ・・・大丈夫か・・・?」

不安そうな瞳はどういう訳か泣き腫らしたような色をしていて、
まったく馬鹿だなと思った。

大丈夫だと言ってやりたいが、今のこの状態で言っても説得力はないだろう。
かえってツナヨシの不安を煽りそうな気もする。

「体の熱が上がるのはよくないんだろ・・・?とりあえず冷やせばいいのかと思ってタオル乗せたんだけど・・・」

ツナヨシはじわと滲んだ目元をごしごしと擦った。

「・・・たかが風邪ですよ、」

大袈裟です、と乾いた喉で言ってから、骸は思わずえぇ!?と小さくはあるが声を上げてしまった。

ツナヨシの顔がみるみると青褪めて、絶望的な様子でぶるぶると震え始めたのだ。

「風邪、を・・・!?引いたのか・・・!!」

ツナヨシはガタガタつ震えだして、
動揺のあまり手に持っていた替えのタオルをばたばたと忙しない動作で取り落とした。


あれ?風邪ってそんなに悪い病気だっけ?


更に慌てた綱吉はがたどたと物凄い音を立てながらベットから落っこちた。


え?風邪って死ぬの?
不治の病なの?


自分の知識に疑問を感じ始めた骸をよそに、ツナヨシはぴょこんと体を起こした。

「おお俺!ちょっと初詣行ってくる・・・!」

「・・・は、あ・・・?」

「神社って上への入り口なんだろ・・・!?創始者様がいるかもしれない・・・!
骸の風邪を治してくれるように頼んでくる・・・!」

こたつの布団に引っ掛かって前に進めてないのにツナヨシは一生懸命玄関に向かって這って行こうとした。


全然進んでない。


「・・・よく分かりませんが、絶対いないと思いますよ・・・」

ツナヨシはショックを隠しもせずに振り返った。

「いないの・・・!?」


知るか。


突っ込みたいけど突っ込めないこのもどかしさ。

天使と言うのなら神社より教会じゃないのか。

でもどんな基準で何を決め手に何がどうなって天使だとか何とかだとか言ってるのか知らないし
知りたくもないし、ツナヨシに聞いても絶対分からないだろうし、まあ要は果てしなくどうでもいい。

ますます動揺し出したツナヨシは忙しなくテーブルを拭き始めて
その勢いで上に乗っていたティッシュの箱やらリモコンやらが弾かれて飛んでいった。


少し落ち着け。


こうやって元気がないようにしているからいけないのかと思い至った骸は、
とにかく体を起こして、いつものように落ち着け、と一喝すればとりあえずは落ち着くだろうと体を起こした。

起こしたはいいけどやっぱり力が入らなくて、上半身だけべろりとベットから落ちた。

「おち、つけ・・・」


死にそうな声が出た。


「うわあああああ!!むくろぉおおお!!!」


逆効果だった。


「じゃ、じゃあ悪魔に魂売ってくる・・・」

混乱のあまりツナヨシはへらっと笑った。

「・・・っ」


凄いこと言ってる。


悪魔が本当にいるのか知らないし興味もないけど、
ツナヨシが言うと冗談に聞こえない。

もぞもぞと変な動きをして玄関に向かおうとしているツナヨシの髪の毛を何とか引っ張った。

ツナヨシは泣き出しそうな顔で振り返る。

「俺に何が出来る・・・!?俺はどうすれば・・・!」

「・・・とりあえず静かにしなさい・・・」

自力で起き上がろうとした骸に手を貸しながら、
ツナヨシはぐずぐず鼻を鳴らしながら何度も頷いた。

「寝てれば治ります、」

ツナヨシは泣きそうになりながら何かを言ったようだったけど、
骸はそれよりも先に眠ってしまった。



再び目が覚めたときは、日が大分高かった。

どこからかいい匂いがする。
ふと視線をずらすと、ツナヨシがひょこっと視界に入り込んだ。

「目、覚めた・・・?」

ツナヨシは綺麗に畳んである部屋着とタオルを骸に差し出すと、こたつの中に顔を突っ込んだ。

「ああああの、手伝いたいんだけど、その、あの、ね、だから・・・き、着替えて!」

確かに汗で気持ちが悪かったので、骸はのろのろと体を起こして服を脱いだ。

洗濯物はそこに置いといて、とツナヨシが籠った声で言うので、
遠慮なく丸まっているツナヨシの上に乗せていく。

「き、着替えた・・・?」

「・・・ええ、」

何とか着替えを終えると、ツナヨシがこたつからごそごそ出て来て、
体に乗っかっている洗濯物にびくっとした後、急いで洗濯機に洗濯物を入れに行った。

部屋に戻って来たツナヨシは相変わらず泣き出しそうな顔で、鍋を持っていた。

「沼田さんに聞いておかゆ作ったんだ。とろとろにしてあるから、食べて。」

「いえ、食欲がないので、」

「だめ!」

ツナヨシは大きな目に涙を溜めて、でもきゅっと眉を吊り上げた。


(あ、)


初めてツナヨシに怒られた、と思った。


「食べないと治るの遅くなるって、沼田さんが言ってたから、」

ツナヨシはぐしぐしと涙を拭きながら、茶碗におかゆをよそって
ベットの上にぼんやりと座っていた骸の手に持たせた。

「ご飯食べたら薬飲んでね。買って来たから。あと、スポーツ飲料も買ってきたんだ。
ちゃんと水分取って、夕飯のとき起きていられたらシーツ取り替えるね。」

「・・・はい。」

ツナヨシは笑って大きく頷いた。

ほとんど米の形が残っていないほど煮詰められたおかゆは、
するすると口の中に入っていって、薬もツナヨシが出してくれた分だけ飲んだ。

骸が横になると、ツナヨシが骸の額の汗をタオルでそっと拭った。

「マスターに骸が風邪引いたから休むって言ってきたから、安心して寝ててな。」

「・・・え?よく場所が分かりましたね・・・?」

ツナヨシはくっ付いて来たがったが、一度も連れて行った覚えはない。
ツナヨシははっとしてもじもじ頬を染めた。

「骸が働いてるところ見てみたくって・・・」

尾行したのか!と突っ込んでやりたかったが、生憎そこまで体力はなかった。
ランボがいつか感じた熱い視線はツナヨシの視線なんじゃないかとふと思った。

「むくろ・・・手、握っててもいい・・・?」

何でそんな泣きそうな顔をするんだ。これじゃどっちが病人か分からない。
風邪くらいで大袈裟だと思いながら差し出した手を、ツナヨシは大切そうに握った。

「むくろ、早くよくなって、」


頬擦りをするように寄せられた頬も手も温かくて、骸はすぐに眠りに落ちていった。



ほとんど覚えてなかったけど、何となく、小さな頃の夢を見た気がした。




「骸しゃぐ、」

千種が人差し指を立ててしぃ、と言うと、
クロームも犬を引っ叩いた手の人差し指を立ててしぃと言った。

暴力に理不尽を感じながらも犬もこくこく頷いて人差し指を立てた。

しぃと言い合いながら、廊下をそろそろと歩いて行くと、
ベットの脇にちょこんと座っていたツナヨシと目が合った。

「あ・・・!来てくれたんだ!」

「・・・骸さん、具合どう?」

ベットを覗き込むと、骸は眠っていた。

「夕飯も食べたし、熱も下がってきてるんだ。大分いいみたい。」

「・・・よかった。」

「骸しゃんが具合悪くなってるとこ見たことなかったから驚いたびょん。」

よかったよかったとみんなで一安心した後、クロームがおもむろに携帯を取り出した。

「・・・いいこと思い付いた。ツナヨシくん、骸さんの横に寝てくれる?」

「え!?」

「・・・何となく分かった。」

「え!?」

千種に手伝われて、ツナヨシはちゃっちゃと骸の横に寝させられ、
挙句骸に少し乗りかかるようにさせた。

「うう・・・は、はずかしい・・・」

「・・・そうそう、そんな感じ。」

骸の肌蹴た胸元にツナヨシは寄り添うような格好で手を添えさせられた。

ツナヨシは恥ずかしさのあまり頬が真っ赤に染まった。
クロームは携帯でぱしゃりと写真を撮った。

「ほら、事後っぽい。これをネタに骸さんを脅してツナヨシくんと結婚させればいいのよ。」

「・・・骸さんは奥手だから、これくらいの理由付けがないとプロポーズ出来ないと思う。」

「なるほろ!」

そうだそうだと言いながら三人でぱしゃぱしゃと写真を撮っていると、突然玄関が勢いよく開いた。

「六道、元気か!」

「げ、煩いのが来たびょん。」

どしどしと廊下を歩く音が聞こえてきて、姿を現したのは笹川だった。

「む?」

ベットの上で寄り添って寝ている骸とツナヨシに目を留めた笹川は、
すぐに満面の笑みになった。

「プロレスだな!」

「・・・メルヘン。」

「よし!次は俺が相手だ!」

狭い部屋なのに全力で走り出した笹川は跳躍するようにベットに飛び乗った。
ベットの上の二人(主にツナヨシ)が体を何度もバウンドさせた。

「ほらこい六道!」

「何れこの人こんなに馬鹿なんら?」

「・・・この寒さで半袖の意味が分からない。」

「・・・センセー、私とプロレスしてください。」

「その発言際どいびょん。」

「・・・大丈夫、絶対分かってないと思うよ。」

「すまんな、クローム!筋力の差を考えると女子とプロレスはフェアじゃない!故に出来ん!」

「・・ね?」

「うん。あ・・・!ちょ、骸しゃんの眉間すげー!!」

あまりの騒々しさに骸の眉間には深い皺が刻まれ、魘されていた。

「楊枝が挟まるんじゃないか?」

どこから出したのか、笹川がしゃがんで骸の眉間に楊枝を乗せた。

「は、挟まったびょん・・・!」

「ムービー撮ろう。」

「おい!うっせーぞ!」

隣のベランダからひょこっと顔を出した獄寺は、
眉間に楊枝を挟んで魘されている骸を見てぶーっと吹き出した。

「何してんだよコイツ!つか、風邪引いてんのか?マジ?だっせー!!」

「ベランダから入って来る姿が様になっててキモイ。」

「ああ!?やんのか眼鏡!」

「ホモ寺。」

「ホモ寺じゃねぇよ。」

「山本が見舞いに特上寿司持って来てくれるから、獄寺も食べて行け!」

「げ、何で笹川がここにいるんだよ!?」

「見舞いの品で寿司ってどうなの?」

「あれ?ここ六道ん家でいいんだよなー?」

「凄い人数ですね。」

「下睫毛が濃い二人が来た・・・」

「何か濃い・・・」

濃いと言われた二人はランボとディーノで、確かに何か濃かった。
何がと言われるとよく分からないが、何か濃い。

そんなランボとディーノは、二人で大きな箱を抱えていた。

「六道に元気出して貰おうと思って五段ケーキ作ってきたぜ!」

「見舞いの品で五段ケーキってどうなの?」

「六道、具合どうだ?寿司持って来たぞ!」

「群れてるね。」

「げぇ!!何でヒバリ連れてくんだよ・・・!!」

広くもない部屋にぎゅうぎゅうと人が押し寄せている中で、
どういう訳か不穏な金属音なども聞こえつつ、薬で眠っている骸の眉間の皺は深くなる一方だった。


けれど、眠っている骸の中でくす、と柔らかい笑い声が落ちてきた。




ほらね、骸はみんなに愛されてるだろ?




そして、優しい声が聞こえた気がした。




緩やかに目を覚ました時には夜が明けて間もなくて、
隣で骸の手をしっかりと握ったツナヨシが眠っていた。

そして骸はすぐに引き攣る顔面を抑える羽目になった。


だって色んな人たちが人の部屋で勝手に雑魚寝している。
凄い人数だし。


2010.03.03